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引き継ぎノートの勇者 ―異世界コンビニ五年目、世界のシフトを受け取れ―  作者: もしものべりすと


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第20章 調子に乗りすぎ、そして真の標的

謁見の間の巨大な扉の前で、透は立ち止まった。


扉は、もう開いていた。


内側から誰かが彼らを、招き入れていた。


招き入れているのはガルディアだった。


謁見の間は彼が想像していたよりもずっと、広かった。


天井は高く磨かれた石柱が左右に十二本ずつ、並んでいた。床は、黒い大理石。中央の玉座へ向かう通路は長く広く誰の足音も、響くようになっていた。


玉座の上に皇帝が、座っていた。彼は黒い豪奢な衣を、着ていた。年齢は、五十代後半。痩せていて目が深く彼の顔の中に、沈んでいた。


皇帝の玉座の左横に、ガルディアが立っていた。


彼は相変わらず長身で背筋がまっすぐで灰の上着を、着ていた。


ガルディアの足元の床に七つの銀色の鍵が円を描いて、並んでいた。


七つ。


透はそれを見た瞬間息を、呑んだ。


古代封印の、鍵だった。


彼が宿屋で殺された商人の机から拾った図面に描かれていた第一から第七までの、封印鍵。それが全部ガルディアの足元に、揃っていた。


「マジマ」


ガルディアが声を、かけた。


「来たな」


彼の声は、静かだった。


「想定の通りだ。お前は引き継ぎ同盟の方法で王都を、奪い返した。よくやった」


「私は」


「だがな」


ガルディアの目が薄く笑った。


「お前はここまでだ」


彼は足元の七つの鍵に手を、翳した。


七つの鍵が同時に青く、光り始めた。


光は円を描いて合流し円の中央に巨大な紋様を、形作った。


紋様は透がノートに写した古代の儀式の文字を、組み合わせたものだった。


ガルディアは儀式を、起動していた。


「俺は、考え直したよ」とガルディアが言った。「俺の役目は最初は引き継ぎを破壊することだった。だが最後の最後で気づいた。引き継ぎを乗っ取れば俺自身が世界の支配者に、なれる」


透の喉が止まった。


「七つの封印鍵を全部俺が握っている。儀式を逆転で起動すれば世界の魔力収支は全部俺ひとりに、集中する。俺は、神になる」


彼は薄く、笑った。


「そしてもう一つ。お前が原作世界に戻る経路。俺は、塞ぐ気だ」


透の手が震えた。


「塞ぐ?」


「お前の魂は二つの世界の間で引き継ぎ作業中だ。引き継ぎ儀式の機構がその経路を保っている。俺が機構を乗っ取ればお前の経路は永久に、閉じる。お前は永遠にこちらに、閉じ込められる。お前の原作世界の身体は、静かに死ぬ」


「葵」


透の口から無意識に名前が、漏れた。


「葵だったか、お前の妹は」


ガルディアが目を、細めた。


「妹を五年放置した男が最後の最後で妹のところに、戻ろうとする。笑える話じゃないか」


「あなたは」


「俺はそういうの許さない。お前が過去から逃げた人間だからだ。俺と同じだったお前が最後に過去と、向き合おうとするのが許せない。俺は過去から永遠に逃げ切る側で、いたい」


「ガルディア」


「黙れ」


皇帝が玉座の上で初めて口を、開いた。


「ガルディア」


彼の声は、しわがれていた。


「やれ」


たった一言だった。


皇帝はその後もう口を、開かなかった。彼の目は深く奥に、沈んでいた。透はその目を、長く見た。


皇帝の目の奥に別の存在が、いた。


皇帝の身体を別の意識が、借りていた。


古代王の意識。


継承を断たれた、初代の支配者。


透はそれを半透明の翻訳で、確認した。皇帝の頭の周りに薄く古代の文字が、漂っていた。〈第七代皇帝肉体は皇帝、意識は古代王の宿主〉。


ガルディアはその古代王の現代の代行人だった。


透の戦うべき相手は、ガルディア一人ではなかった。


彼の背後にもう一つ長く逃げ続けた継承を断たれた魂が、いた。


それを知った瞬間透の中で戦いの構造がもう一段、深く見えた。


ガルディアの儀式が、最終段階に入った。


七つの鍵が円の中で回転を、始めた。


回転は空気を、引き寄せた。


謁見の間の空気が玉座の周りに渦を、作った。渦はガルディアの身体に向かって流れ込んだ。


ガルディアの身体が変容を、始めた。


彼の長身が、さらに伸びた。


彼の灰の上着の下から漆黒の装甲のようなものが皮膚を、覆い始めた。


彼の目の中で瞳孔が縦に、細くなった。


彼は人の形を保ちながら人ではない別の何かに、変わっていった。


「マジマ!」


ヴィオラが叫んだ。


「先に、攻めるよ!」


彼女は矢を、放った。


矢はガルディアの装甲に当たって跳ね返った。


バランドが剣を、抜いた。彼は走ってガルディアに突進した。


ガルディアは片手で彼の剣を、止めた。


止めた瞬間バランドの剣は彼の手の中で、折れた。


ガルディアのもう片方の手がバランドの胸を、押した。


バランドは十メートル後ろに、吹き飛んだ。


床に激しく、叩きつけられた。


彼は立ち上がろうと、もがいた。


だが立ち上がれなかった。


「マジマ」


ガルディアの声が変質した。


低く響き、人間のものではなくなっていた。


「お前のノートをこちらに、寄越せ」


透は首を、振った。


「お前のノートに儀式の最後の鍵が書かれている。俺の儀式を完了させるには、お前のノートが必要だ」


透はノートを、握りしめた。


「これは私の、引き継ぎです」


「引き継ぎ?」


「あなたが欲しいのは儀式の外形でしょう。私がここに書いたのは儀式の中身です。中身は私の五年と十一日と両親の死と、妹の声で書かれています。あなたには、写し取れません」


ガルディアの目がわずかに光った。


彼はまた薄く笑った。


「お前変わったな、マジマ」


「変わりました」


「だがもう遅い」


彼は片手を、振った。


片手の動きで謁見の間の床が、揺れた。


床から黒い触手のようなものが十数本、伸びてきた。触手は透たち全員に向かって伸びた。


ヴィオラが矢で二本を、切り落とした。


リシェルが隣の柱の影に、身を伏せた。


透は覚書ノートを、抱えたまま後退した。


後退した瞬間彼の足がもつれた。


床に、転んだ。


転んだ膝の上で、覚書ノートが開いた。


開いたページに彼の前世の最後の引き継ぎの一文が、見えた。


〈相方欠勤につき外周巡回は、店内モニター視認に変更〉


彼はそれを見た瞬間息を、止めた。


あの夜のカウンターの上のノートのページの最後の一文が今ここに彼の手の中で、開いていた。


触手が彼の頭上に、伸びてきた。


彼の隣の柱の陰からリシェルが飛び出した。彼女は柱の脚元に置かれていた儀礼用の槍を両手で握って触手を、薙いだ。槍の刃が触手を二つに、切った。切られた触手は煙を上げて、消えた。


「マジマ、立って!」


彼女の声は五年前辺境を回っていた頃の、低くよく通る声だった。


透は立ち上がった。


立ち上がる瞬間もう一本の触手が横から彼の腕を、掴んだ。


ヴィオラが瞬時に矢を、放った。


矢は触手の根元に突き刺さり触手はぐらりと、揺らいだ。


「あんた、走って!」


ヴィオラが叫んだ。


「儀式の中央に、入って!」


透は走った。


走りながら彼は革袋からフィオナの結晶を、取り出した。


彼はノートを左手で強く、抱えた。


右手で革袋からフィオナの青い魔力結晶を、取り出した。


結晶は彼の掌の中で、温かかった。


温かさは彼の手のひらに広がり彼の腕を伝って胸に、届いた。


胸の真ん中で温かさは五年間奥にしまってきたいくつもの感情と、混じり合った。


父の二つ目の口癖。


母の最後の言葉。


葵の卒業式の、自分の薄っぺらさ。


ガレスの誇り。


リオンの十二歳の決意。


ヴィオラの半エルフの引き継ぎ。


フィオナの魔力。


バランドの、剣。


リシェルの五年の盟約の旅。


それら全部が結晶の温かさの中で、束ねられた。


透は立った。


立った瞬間彼はガルディアの方へ向かって歩き始めた。


歩きながら彼は左手の覚書ノートを強く握った。


ノートの上で〈葵〉と〈ごめん〉の二文字が、震えた。


だがノートを握る手は、もう震えなかった。


バランドが立ち上がった。


彼の右の肩は外れかけていたが彼はもう一度剣を、握った。


今度は片手で。


「マジマ、行け」


彼はガルディアの足元の七つの鍵に向かって突進した。


ガルディアが片手で彼を止めようとした。


だが止めた瞬間ヴィオラの矢が彼の手首を、貫いた。


ガルディアの手が瞬間緩んだ。


バランドがその隙に鍵の円の外周を、走った。


彼は走りながら自分の剣を円の上に、置いた。剣の柄に彼が革袋から取り出したギルドの公文書の束を、結びつけた。文書はギルドの五年分の、シフトログだった。透が五年かけてギルドに導入した、引き継ぎの全部だった。


文書が円の内側に向かって風でぱらぱらと、開いた。


ガルディアが咆哮した。


彼の咆哮で文書が、燃えた。


だが燃えるまで十数秒、あった。


その十数秒で、文書は、円の中に、引き継ぎの「内容」を、流し込んだ。


透はその十数秒のあいだに円の中央に、入った。


入った瞬間彼の覚書ノートとフィオナの結晶とギルドの五年分のシフトログが彼の周りで、束になった。


束は引き継ぎの、全部だった。


ガルディアの「外形」だけの儀式に対して、透は「中身」を、円の中に、流し込んだ。


「マジマ!」


リシェルが叫んだ。


「あなたが、最後よ!」


透は円の中央で両手を結晶とノートに、当てた。


ガルディアが彼に向かって最後の触手を、伸ばしてきた。


触手が彼に届く前に。


透は声を、上げた。


ガレスの剣を、彼はもう持っていなかった。


だが彼の口から出たのは剣の代わりの、言葉だった。


だがその言葉はまだ彼の喉の奥で形を、整えている途中だった。


形を整える前に彼の中でまず葵の声が聞こえた。


「お兄ちゃん私、待ってるよ」


五年間葵が毎日繰り返してきた、最後の一文。


透はそれを自分の口の中で、復唱した。


「待ってる」


言葉は囁き、になった。


囁きを彼は息に、変えた。


息を彼は結晶の中に、吹き込んだ。


結晶が、青く強く光り始めた。


光は彼の身体を、包んだ。


彼の周りのノートとギルドの公文書と結晶の三つがひとつの引き継ぎの束として形を、取り始めた。


形は彼の中の五年分の葵への未送の言葉と、共鳴した。


共鳴の音が低く謁見の間の石柱を、震わせた。


ガルディアがその音を、聞いた。


聞いて初めて彼の目に迷いが、走った。


迷いは、一秒だった。


だがその一秒のあいだに透は声を、整えた。


そしてガルディアの方を、まっすぐ見た。


ヴィオラとリシェルと立ち上がったバランドが透の周りでそれぞれの位置を、保った。


三人とも剣も矢も、もう構えていなかった。


彼らはただ透の声が出るのを待っていた。


彼らの目は、透に集中していた。


透は深く息を、吸った。


ガルディアが再び咆哮しようとした。


咆哮の前に。


透の口が、開いた。


そこから彼の五年分の声が出始めた。


彼の最後の戦いが、ここから始まろうとしていた。


剣でも魔法でも、なかった。


彼の最後の戦いは、引き継ぎ完了の儀式だった。


そしてその儀式の最後の触媒は彼自身の五年分の未送の、引き継ぎの言葉だった。


彼の左手のノートの最後のページに〈葵〉と〈ごめん〉が、書かれていた。


彼はそのページをガルディアに向けて、開いた。


ガルディアがページを、見た。


彼の目の中で何かが、わずかに揺らいだ。

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