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引き継ぎノートの勇者 ―異世界コンビニ五年目、世界のシフトを受け取れ―  作者: もしものべりすと


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第19章 王都奪還戦

王都の城壁が明け方の薄霧の中に黒い線として現れた時透の手は革袋の中の覚書ノートを、握っていた。


握っていなければ、震えていた。


手の震えは覚書を握ることでノートに、移った。


ノートは、震えなかった。


引き継ぎ同盟の奇襲作戦は二段構えで、組まれていた。


第一段は東門と西門への、同時陽動。シャヴリエの領主軍が東門に主力を、見せかける。リオンの自警団と商人組合の運送部隊が西門に囮の馬車を、走らせる。帝国軍の主力を城壁の二箇所に、引きつける。


第二段は北門の地下水路からの、潜入。ヴィオラの斥候の腕で地下水路の入り口を、特定済み。透フィオナバランドそれに選び抜かれた斥候の十人で、地下水路から王城の地下倉庫まで入り込む。地下倉庫は王宮の中庭の、すぐ下。そこからリシェルが捕囚されているはずの塔へ最短距離で、向かう。


作戦の支柱は、三つの「引き継ぎ」だった。


一各部隊の、交代の引き継ぎ。前線が疲れたら後方の予備部隊に、引き継ぐ。引き継ぎは紙の合言葉と火の信号で、行う。


二、情報伝達の引き継ぎ。各所の状況を伝令兵が紙に書いて要所に、置いていく。誰がいつどこを、見たか。後から来た部隊が紙を読んで状況を、把握する。


三、補給線の引き継ぎ。マルテの商人組合が馬車を戦線の後ろに、配する。鍛冶屋のホルガが修理拠点を戦線のすぐ後ろに五か所、置く。各拠点に、紙の補給リスト。誰が何をいつ、補給したか。


帝国軍はこれらの引き継ぎプロトコルを、知らない。


彼らは個人の力に、依存してきた。


強い指揮官が強い兵を、動かす。


だが強い指揮官が倒れた瞬間その下の兵は次の指揮官を、知らない。


帝国軍が強さで抑えてきた十年の歴史が今日引き継ぎの欠落として、露わになる。


透はそれを見越して作戦を、組んでいた。


夜明け前東門で最初の鬨の声が上がった。


シャヴリエの領主軍四百騎が一斉に、城壁に向かって突撃した。彼らの旗の中で最も大きいのはシャヴリエ家の、銀の鷹の紋章。残りの旗は東辺四領の、それぞれの紋章。彼らは声を上げて、突撃した。


帝国軍の城壁の上から矢が雨のように降ってきた。


だがシャヴリエの軍は距離を保ちつつ城壁の手前で円を描いて、走った。彼らは攻めるのではなく引きつけるための、走りをした。


円の動きは紙に、書かれていた。先頭の馬は何分後に、円のどの位置にいるべきか。後続はどの間隔で、続くべきか。前夜のうちに各騎の指揮官に紙が配られていた。紙のとおりに馬が、走った。馬の足が乱れず矢の落ちる場所を避けることができた。


帝国軍の城壁の上から見ていた指揮官は首を、傾げた。


「あの動き」


「整いすぎてる」と副官が、言った。「いつもの、王国軍の動きじゃない」


「主力か」


「東門に、主力です」


「西門は」


「西門にも馬車の列が見えます。布で武装を、隠しているように見えます」


帝国軍の指揮官は東門と西門の二箇所を、見比べた。


彼の判断は、早かった。


「主力を東門に、回せ」


帝国軍の城壁の中で移動が、始まった。


それをヴィオラの斥候が北門の地下水路の入り口の脇から確認した。


「動いた」と彼女が言った。「東門に、主力。今が、入り時」


透の頭上でフィオナが軽く、頷いた。


彼女は入り口の鉄格子に手を、当てた。


「〈緩む鉄〉」


彼女の囁きで鉄格子が薄く煙を上げて、ねじ曲がった。


透が先頭で地下水路に、潜り込んだ。


水路の中は、湿って暗かった。


透の腰にはガレスから預かった剣ではなくリオンから貸し与えられた布の家紋章が革のバンドの中に、納まっていた。


代わりに彼の手の中には覚書ノートが握られていた。


彼の武器は、ノートだった。


ノートを彼は強く、握った。


地下水路は王宮の中庭の真下で広い貯水槽に、繋がっていた。貯水槽の壁には古代の文字がかすかに、残っていた。


ヴィオラが囁いた。


「ここ、古い」


「古代の」


「うん。古代の引き継ぎ儀式の痕跡が、残ってる」


透は壁に、近づいた。


古代の文字の周囲に彼の視界に半透明の翻訳が、浮かんだ。


〈第七番、貯水。守護者は王家の、第二後継。引き継ぎ周期、十年〉


彼はその文字を、長く見つめた。


これは彼が西部の古代遺跡で見た祭壇の文字盤と、同じ構造だった。


王宮の地下にも引き継ぎ儀式の機構が、埋まっていた。


ガルディアはこれを、知っていた。彼が王宮の最深部を最終目的にしているのはこの機構を、使うためだった。


透はノートを、開いた。


彼は貯水槽の壁の文字をすべてノートに、写した。


写しながら彼はフィオナに、囁いた。


「これ儀式の鍵に、なるかもしれません」


「なります」と彼女は頷いた。「マジマさん貴方の写しが最後の鍵になる可能性が、高い」


地下倉庫から王城の二階へ、上がる階段。


階段の途中で、警備兵が二人立っていた。


ヴィオラが無音で彼らを、無力化した。


彼女の手の動きは夜風の中の、葉のようだった。動きが止まる時には警備兵はもう声を、出せなかった。


透は階段を、登った。


彼の足音は半拍、遅れなかった。


登りきった先の廊下を彼らは塔のほうへ、走った。


塔の最上階にリシェルが捕囚されているとヴィオラの情報網が、告げていた。


塔の階段は、長かった。


登る途中何度か警備兵と、遭遇した。バランドが前に出て剣で、無力化した。彼の剣の腕はギルドマスターの、それだった。


透は後ろから覚書ノートを握ったまま登った。


登りながら彼は五年前の自分の前世のコンビニの裏階段を、思い出した。


あの裏階段を、彼は毎日登っていた。


登り切ったところに、ロッカールームがあった。


ロッカールームには彼の制服と引き継ぎノートがいつも置かれていた。


今彼が登っているのは別の階段だった。


だが登り切った先で彼を待っているのは五年前と同じ構造の、引き継ぎ業務だった。


構造が同じであることに彼はもう一度誇りを、感じた。


塔の最上階の扉をフィオナの魔法が、開いた。


中でリシェルが椅子に、縛られていた。


彼女は痩せていた。だが目はまだ青と緑のあいだの色を、保っていた。


「リシェル殿下」


透が声を、かけた。


リシェルが顔を、上げた。


「マジマ」


彼女の声は、しわがれていた。


「来てくれたの」


「お救いに、参りました」


透は彼女の縄を、解いた。彼女は立ち上がった。立ち上がった瞬間彼女の足がわずかに震えた。透が肩を、貸した。


「歩けます?」


「歩けるわ」


「ご無事で」


「ええ、ご無事よ」


彼女は薄く、笑った。


笑った瞬間彼女の頬を涙が一筋、伝った。


透はそれを見ないふりを、しなかった。


見ないふりを、しないことが彼の変化だった。


塔を下りる途中フィオナが矢に、撃たれた。


矢は彼女の左の脇腹を、貫通した。


帝国軍の増援部隊が塔の下で、待ち伏せていた。


バランドが彼らを剣で、引き受けた。透はフィオナを抱えて階段の踊り場に、退いた。


「フィオナ」


「マジマさん」


彼女の声は、もう薄かった。


「私の魔力結晶を受け取ってください」


彼女は震える手で自分の懐から青く光る結晶を、取り出した。


小指の第一関節ほどの、大きさだった。


「これは」


「私の修道院での十日間の修行の、成果です」


「フィオナこれは、あなたが」


「私にはもう必要ないです。あなたが世界の引き継ぎ儀式を再起動させるときこの結晶が最後の触媒に、なります」


彼女の指が結晶を透の手の中に、押し込んだ。


「マジマさん」


「はい」


「私の魔力をあなたに、引き継ぎます」


「フィオナ」


「いいんです。あなたの引き継ぎ同盟の考え方が正しいと私は知った。私は私の魔力を後任に、渡す。あなたが私の、後任です」


透の指が結晶を、握った。


結晶は、温かかった。


温かさはフィオナの生きている血の、温度だった。


透はその温度を五年ぶりに感じた家族の手の温度に、近いと思った。


フィオナはそこから戦線を、離脱した。


バランドが彼女を抱えて、地下水路まで引き返した。商人組合の馬車が彼女を後方に、運んだ。


透はリシェルとヴィオラと残った数人と、王宮の中央に向かって走った。


作戦は、まだ終わっていなかった。


リシェルの奪還だけでは世界は、救えなかった。


彼らは最深部の謁見の間に向かわなければ、ならなかった。


そこに皇帝と、ガルディアが待っているはずだった。


王宮の中庭を、横切る時透は一度立ち止まった。


中庭の中央の噴水に見覚えのある彫刻が、立っていた。


それは、初代王の像だった。彼の右手は剣を、握っていた。だが左手は巻物を、握っていた。


透の視界の中で巻物の文字に半透明の翻訳が、浮かんだ。


〈受け継ぎを、絶やすなかれ〉


彼はそれを、長く見つめた。


初代王は剣だけでなく巻物を、握っていた。


巻物が、引き継ぎだった。


彼は噴水の縁に片手を、当てた。


冷たい石の感触が五年前の彼の前世のコンビニの冷蔵棚のガラスの感触に、似ていた。


彼は噴水から離れた。


離れて、もう一度走り始めた。


彼の脚はもう半拍、遅れなかった。


リシェルが走りながら透の隣に、並んだ。


「マジマ」


「はい」


「あなたがここまで来てくれるとは、思わなかった」


「私も、思っていませんでした」


「私の父は」


「療養中と、聞いています」


「無事ね」


「無事です。フィオナの修道院の薬で、ご回復されています」


「マジマ」


「はい」


「あなた最後に自分の世界に、戻るのよね」


透は答えなかった。答えなかったが頷きで、答えた。


「分かったわ」


「リシェル殿下」


「最後に見送らせて」


「はい」


「最後の一日まで隣にいるわ」


透は深く頷いた。


頷きの中に彼はまだ言葉にできない感謝を、込めた。


塔の階段をもう一度降りる時透の革袋の中でフィオナの魔力結晶が、わずかに振動した。


振動は、彼の腰に軽く伝わった。


彼はその振動をフィオナの心臓の鼓動の続きだと思うことにした。


鼓動は、まだ止まっていなかった。


鼓動を絶やさないことが彼のもう一つの、引き継ぎだった。


彼の脚は、地下水路へ向かって駆けた。


地下水路の暗闇の先で王宮の最深部の謁見の間が、彼を待っていた。


東門の戦線ではシャヴリエの軍が円の動きをもう一巡、繰り返していた。彼らの紙のとおりに馬は、走った。負傷者が出るたび戦線の後ろの修理拠点に、運ばれた。鍛冶屋たちが修理拠点で傷を縫い武具を直し紙に修理の記録を、書いた。書いた紙は馬上の伝令が本陣に、届けた。本陣でシャヴリエが紙を読み次の指示を紙に書いて伝令に、持たせた。


伝令の馬の蹄が地面を、刻んだ。


紙の上の文字が戦場の動きに、変わった。


戦場の動きがまた紙の上に、戻った。


帝国軍はその紙の往復が彼らの城壁の中で何が起きているかまったく、知らなかった。


知らなかったから彼らは東門の城壁の上に主力を貼り付けたまま半日、動けなかった。


半日のあいだに、北門の地下水路からリシェルが奪還された。


半日のあいだに王宮の地下倉庫の古代の儀式の文字が透のノートに、写された。


半日のあいだにフィオナの魔力結晶が透の手に、引き継がれた。


半日のあいだの動きの全部が紙の上で、回っていた。


紙が戦場の、見えない指揮官だった。


紙の指揮官の名前は引き継ぎ、と書かれていた。

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