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引き継ぎノートの勇者 ―異世界コンビニ五年目、世界のシフトを受け取れ―  作者: もしものべりすと


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第18章 チーム招集

ヴェルダンを離れて七日目透は王国西部の小さな町フィスケに、辿り着いた。


町の宿屋の二階煤けたランプの下に五人の人間が、集まっていた。


集まっていたと言うべきか彼らはそれぞれ別の場所から別の道を経てここに、たどり着いた。


透がヴィオラに連絡を頼んでそれぞれをここへ、呼んだのだった。


最初に立っていたのはバランドだった。冒険者ギルドのギルドマスターは王都が陥落した後地下の隠し倉にギルドの公文書を、すべて移していた。彼は帝国軍の検問を四度くぐってフィスケまで来た。彼の頬には五日分の無精髭が、伸びていた。


「マジマ」


バランドの声は変わらず、低かった。


「お前、生きてたか」


「はい」


「ギルドの全業務記録地下に隠した。お前のシフトログ方式の全部だ。帝国軍が王都を抑えても業務の流れは地下で、生きてる」


「ありがとうございます」


「礼は後だ。お前何を、やる気だ」


「奪還です」


「人数は」


「これから増やします」


二人目は、フィオナだった。彼女は行方不明になっていたがヴィオラの斥候の腕で北の山中の古い修道院で、見つかった。彼女は十日間その修道院で、修行を続けていた。彼女の魔法は二週間で見違えるほど、強くなっていた。


「マジマさん」


彼女の声は初めて会った時より、低くなっていた。


「私、覚醒しました」


「と、言うと」


「古代封印の引き継ぎ儀式の構造の半分が私の頭の中に降りてきました。封印は儀式で保たれている、というのは正しい。でももう一つ大事な事実が、あります」


「教えてください」


フィオナは深く息を、吸った。


「あれは世界と世界の間の魂の橋渡しの機構でも、あるんです」


透の指が止まった。


「世界と、世界の」


「マジマさんあなたは、転位者ですよね」


「はい」


「あなたの魂は完全にこちらの世界に転生したわけではありません。あなたの身体は原作世界で、まだ息をしている。あなたは二つの世界の間で引き継ぎ作業中の魂、なのです」


透は頷いた。彼自身隠れ家の鏡でそれを、見ていた。


「あの鏡」


透が口を開いた。


「あなたが、撤退の前に置いていったものですか」


フィオナの目がわずかに見開かれた。


「ええ。私の魔導具です。山中の隠れ家にだけ、もう一枚、対の鏡が安置してあります。儀式に近い場所にいる転位者の魂を、向こう側と一瞬だけ繋ぐ。私が研修の時に作って、捨てるに惜しくて持ち歩いていました。あの夜、置いていったのも、無意識でした」


「光りました」


「そうですか」


「私は、向こうを、見ました」


フィオナはしばらく無言で、頷いた。それから低い声で続けた。


「あなたが見たのが、あなたを呼び戻すきっかけになったのなら、あの鏡は今、役目を終えました」


「世界の引き継ぎ儀式を、再起動させたら」


「あなたは戻れる可能性が、あります」


「可能性」


「ただし」フィオナの声がわずかに震えた。「その時はこちらの世界に留まる選択肢はなくなります。儀式の完了は一方通行です。あなたは戻るか留まるかどちらかを、選ぶ必要があります」


透の隣でヴィオラがわずかに目を、伏せた。


透は頷いた。


「分かっています」


「マジマさん」


「妹が、待っているんです」


「分かりました」


フィオナは頷いた。


彼女の頷きには惜しみと了解の両方が、混じっていた。


透はその頷きの中の惜しみのほうもちゃんと、受け取った。


三人目は、リオンだった。


十二歳の彼はヴェルダンの北の丘の屋敷を家令に任せ村の自警団二十人と馬で、フィスケまで駆けてきた。彼の腰にはガレスの家紋入りの剣が彼自身の身長に対してまだ少し大きかったがしっかりと、提げられていた。


「マジマ様」


彼の声はまだ変声を、迎えていなかった。だが声の芯は十一日前の透の前で発した時よりも、強くなっていた。


「兄の家紋をお返ししに、来ました」


「お返し?」


「いえもう一度お貸しに、来ました」


リオンは笑った。


「私の自警団も私の指揮の下で引き継ぎ同盟に、加わります」


「リオン様あなたは、まだ十二歳です」


「兄は十二歳の私に家督を託しました。家督は村と村人と自警団を、含みます。私は家督を継ぐと、決めました。家督を継ぐ人間として私はここに、来ています」


透は深く頭を、下げた。


リオンも深く頭を、下げた。


二人の頭が同じ高さで、向かい合った。


バランドが横で、低く笑った。


「子どもの方がよっぽど覚悟が、できてやがる」


四人目と五人目は各地の商人組合と職人組合の、代表だった。


透が王都でフード店とギルドのシフトログ改革と王宮倉庫の整理を手がけたとき彼の改革で生計を立て直した者たちが各地に、何百人といた。商人組合の代表は東部の織物商人組合の長で五十代の女、名はマルテ。職人組合の代表は西部の鍛冶屋組合の長で四十代の男、名はホルガ。


マルテは東部の三つの町から織物商人と運送業者を合わせて百二十人、連れてきていた。


ホルガは西部の四つの村から鍛冶屋とその徒弟を合わせて八十人、連れてきていた。


彼らは、武装ではなかった。だが彼らの手はそれぞれ自分の仕事の道具を、持っていた。商人は馬車と紙と、計算の腕を。鍛冶屋は鉄と火と、修理の腕を。


「マジマ様」マルテが、低く言った。「私たちは剣は、振れません」


「はい」


「だが軍を動かす後ろの仕事は、できます」


「補給線を、お願いします」


「お任せください」


「軍の補給は引き継ぎプロトコルで回します。誰が何をいつどこへ運ぶか。全部紙に、書きます。書いた紙は十枚複製して要所に、置きます。一つが燃えても残りで、回ります」


マルテは、頷いた。彼女の頷きは、商売人の頷きだった。


「面白いことを言うね、あんた」


「コンビニのやり方です」


「コンビニ?」


「私の前世の職場です」


「変わった名前だね」


彼女はそれだけ言って笑った。


ホルガが隣で口を、開いた。


「マジマさんおれの方も、聞いてくれ」


「はい」


「鍛冶屋ってのは武器を作るだけじゃない。修理が本業だ。戦の最中剣が折れる盾が割れる馬の蹄鉄が外れる。それをすぐに直せる場所が戦線のすぐ後ろにないと軍は半日で、潰れる」


「分かります」


「おれの組合の八十人を戦線の後ろに五か所配する。各所に、十六人ずつ。火と鉄と修理の道具を、持って」


「それぞれの場所の責任者を、決めましょう」


「もう決めてある」


ホルガはベルトに挟んだ紙を、取り出した。紙には五か所の責任者の名前と彼らの担当する地域それに火を扱う際の安全規則が、書かれていた。


透は紙を、見た。


「これ、書かれたんですね」


「あんたが王宮の倉庫で貼ってた札をおれは、覚えてる。あれを、真似た」


「真似ていただけて、ありがたいです」


「真似てもらえる程度にはあんたのやり方はちゃんと、できてる」


ホルガはそれだけ言ってまた無精髭を、撫でた。


辺境の領主たちも五人、来ていた。彼らは東辺四領の盟約に基づいて騎士団の出兵を、約束していた領主たちだった。リシェルが夏のあいだ辺境を回って再確認した、あの盟約の続きだった。


五人の領主はそれぞれ騎士団を五十から百、連れてきていた。合計四百騎。彼らは宿屋の中庭に馬を並べ部下に武具の点検を、命じていた。


最年長の領主は、シャヴリエ伯爵。六十代の老人で白髭を蓄え目つきだけが、若かった。


「マジマ殿」彼は透の前で、片膝を、ついた。


「ご老体どうぞ、お立ちください」


「いえ。立ってからは立ちっぱなしでまいる。今だけ、座らせてくだされ」


シャヴリエの目が透をまっすぐ見上げた。


「殿下が夏の終わりに私の館にお見えになった。あの折殿下はこう、おっしゃった。『父祖の代の盟約を、もう一度確認したい。お祖父様が私の祖母を救ってくださったあの夏の話を私は、知っている』と」


透は頷いた。


「殿下はあの折私の屋敷の玄関先で二時間話された。私の祖父の話を彼女自身の祖母の話として繰り返してくださった。私は五十年忘れていたその話を、あの夜もう一度思い出した。盟約は紙の上ではなく私の腹の底に、戻ってきた」


彼は深く息を、吸った。


「マジマ殿殿下は今捕囚の身です。私は殿下をお救いに、参ります。これは、盟約のためではない。私自身の祖父の名誉のためです」


透は頭を、深く下げた。


「ありがとうございます」


「礼は不要。私は私の引き継ぎを、私の手で完了させたいだけです」


シャヴリエはそう言って立ち上がった。立ち上がる動作の中で彼の腰が、わずかに震えた。だが彼の目は、震えなかった。


その夜宿屋の二階で透は引き継ぎ同盟の覚書を、書き始めた。


表紙はヴェルダンを出る時に革袋に入れた、彼の覚書ノート。〈引き継ぎ同盟・覚書 第一冊〉と表紙に、書かれていた。


最初のページに彼は参加者の名前を、書いた。


バランドフィオナリオンマルテホルガヴィオラ、そして自分。七人。


それから各人の引き継ぎを、書いた。


バランド:ギルドの公文書、シフトログの方法。


フィオナ:古代封印の儀式の知識、修道院で得た魔法。


リオン:兄の家紋村の自警団、家督を継ぐ覚悟。


マルテ:商人組合の補給線。


ホルガ:鍛冶屋組合の修理と武装の供給。


ヴィオラ:斥候の目、半エルフの情報網。


そして彼自身。


彼は自分の欄に何を書くべきか、しばらく迷った。


迷ってから彼は書いた。


真島透:両親から自分への、引き継ぎ。葵への、引き継ぎ。そして店員のマニュアル。


書いてから彼は最後の一行を、もう一度見つめた。


コンビニの店員の、マニュアル。


彼が五年間毎日磨いてきたもの。


それが今世界を救うための組織運営の基礎に、なろうとしていた。


彼はそれを笑わずに、認めた。


笑わずに認めるということが彼の最大の引き継ぎだった。


ノートの最後のページに彼はもう一行、書いた。


〈最終目的:王都奪還リシェル殿下の救出、世界の引き継ぎ儀式の再起動〉


そしてその下に、もう一行。


〈個人的な目的:原作世界に戻り葵に五年分を、引き継ぐ〉


書いた瞬間彼の指がわずかに震えた。


彼は震える指でノートを、閉じた。


閉じてからノートを、革袋にしまった。


窓の外で月が二つ、薄く光っていた。


彼は月を、長く見つめた。


見つめてから机の上で片手をもう片手の上に、重ねた。


「葵」


口の中で、囁いた。


「もうすぐ行く」


返事は、なかった。


だが彼の中で初めて行くという動詞が未来形ではなく現在進行形で、動き始めていた。


夜半宿屋の二階の窓辺に透はヴィオラと、二人で立っていた。


窓の外で月が、二つ薄く光っていた。


「マジマ」


「はい」


「あんた戻る、と決めたね」


「決めました」


「迷いは、ない?」


「あります」


「あるのに決めたんだね」


「迷いがあるから決めるんです」


ヴィオラは頷いた。


彼女の頷きは、長く深かった。


「私はこちらに、残るね」


「はい」


「私は半エルフの引き継ぎをこれから書く側に回る。あんたが私に教えてくれたから私には、書けるものがある」


「ヴィオラ」


「うん」


「あなたから引き継ぐべきものを私はまだ何も、書けていません」


「いいよ」


「いえ、書きます」


透は革袋からノートを、取り出した。


〈引き継ぎ同盟・覚書 第一冊〉の最後の白紙のページに、彼は書いた。


〈ヴィオラ・トレディンより真島透への引き継ぎ:そういう泣き方をする人を、信じること〉


書いてから彼はノートを彼女のほうへ向けて、見せた。


ヴィオラの目がわずかに光った。


彼女はノートを、指で撫でた。


「マジマ。私はそれ、覚えとく」


「ありがとうございます」


彼女はそれから低く笑った。


笑い声は半エルフのいつもの、低い声だった。


だが笑い声の中にいつもよりひとつ温かい音色が、混じっていた。


朝宿の前で透は集まった全員の前に、立った。


四百騎の領主軍商人組合の百二十人鍛冶屋組合の八十人リオンの自警団二十人覚醒したフィオナ、ギルドのバランド。総勢千人近い混成の引き継ぎ同盟が彼の前で、整列していた。


透は深く息を、吸った。


吸ってから声を、張り上げた。


「皆さん」


彼の声は、コンビニの店員の角度ではなかった。


「私は剣も魔法も、使えません」


「だが私は引き継ぎを、信じています」


「皆さんがここまで運んできてくれたそれぞれの引き継ぎを私はもう一度束ねて王都の城門の前に、運びます」


「四日後王都を、奪還します」


彼の声は、震えなかった。

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