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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第二部 聖王国編

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第95話 巫女の神託

 大聖堂の広場に、静寂が満ちていた。


 数千人はいるはずだった。


 だが、ざわめきはない。


 人々は整然と並び、静かに前を見つめている。


 まるで、同じ方向を向くことそのものが儀式であるかのようだった。


 壇上には、白い衣を纏った巫女が立っている。


 ヨーコだった。


 姿勢は正確。


 視線は揺れない。


 余計な感情は見えない。


 ただ、象徴としてそこに存在している。


 その姿を見て、人々は安心する。


 今日も神の言葉が示される。


 今日も正しさが与えられる。


 そう信じて疑わない。


「……すごいもんだな」


 ユージが小さく呟いた。


「ここまで“当たる前提”で聞かれてると、外せないだろ」


「期待というより前提です」


 ナーチャンが静かに答える。


「この国では、神託は“必ず意味を持つもの”として受け止められています」


「天気予報みたいな扱いか」


「いいえ」


 ナーチャンはわずかに首を振った。


「むしろ天気予報よりも、神託の方が正確だと信じられています」


「外れるという可能性そのものが、ほとんど意識されていません」


「……それはすごいな」


 ユージが小さく息をつく。


「予測じゃなくて」


「予言って扱いか」


「はい」


「この国では、神託は“未来の指針”として受け止められています」


 ヨーコがゆっくりと目を開いた。


 周囲の聖職者たちが一歩下がる。


 壇上の中央に、完全な空間が生まれる。


 ヨーコが静かに口を開いた。


「……神の言葉を、お伝えします」


 よく通る声だった。


 張り上げているわけではない。


 それでも、広場の隅まで自然に届く。


 訓練された発声。


 整えられた抑揚。


 計算された間。


 すべてが、信仰として最適化されている。


「人は、正しき道を求めるものです」


「迷いは苦しみを生み」


「迷いは争いを生みます」


 静かな言葉。


 だが、不思議と耳に残る。


 誰もが、自分のことを言われているような気になる。


「……あー、あれだな」


 ユージが小声で呟いた。


「占いとかでよくあるやつだ」


「“あなたは真面目ですが悩みやすい性格ですね”とか言って」


「誰にでも当てはまるやつ」


「バーナム効果ですね」


 ナーチャンが即座に補足する。


「曖昧で一般的な内容ほど、人は自分に当てはまると感じやすい傾向があります」


「それっぽく聞こえるんだよな」


「否定しづらい形で提示されています」


 ナーチャンが続けた。


「個別性がないため、誰も違和感を覚えにくい構造です」


「なるほど」


 リシュンが小さく笑う。


「土台作りとしては優秀だな」


 ヨーコの言葉が続く。


「正しさとは、選ばれるものではなく」


「見出されるものです」


「人は、自らの限界を知り」


「より高き視点から導きを受け入れることで」


「より良き未来へと進むことが出来るのです」


 広場の人々は、静かに耳を傾けている。


 疑問はない。


 反論もない。


 ただ、受け入れる。


 それが正しい態度だからだ。


 リシュンが端末を軽く操作する。


 しんた君1号。


 神託再現システム。


 ヨーコの言葉に合わせて、内部の予測モデルが更新されていく。


 一致率が表示される。


 81%


 86%


 90%


 リシュンの口元がわずかに緩んだ。


「いい感じだな」


「教会のエゴと独占欲ってスパイス、効いてるだろ?」


「黙ってください」


 ナーチャンが小声で制止する。


 周囲の信徒は誰もこちらを見ていない。


 すべての視線が巫女へ向けられている。


「与えられた役割を受け入れることで」


「人は調和の中で生きることが出来ます」


 ヨーコの声は、どこまでも整っている。


 揺らぎがない。


 迷いもない。


 そこにあるのは、完成された言葉だけだった。


 リコは、その姿をじっと見つめていた。


 かつて、よく笑っていた妹。


 焼き菓子を取り合って、言い争った日のこと。


 寒い夜に、同じ布団に潜り込んできた少女。


 その面影は、もうほとんど見えない。


 今そこにいるのは。


 正しさを語る象徴だった。


 ヨーコの声が、わずかに間を置いた。


 次の言葉を告げる準備。


 その、ほんの一瞬。


 リコの指先が、小さく震えた。


 ユージは静かに息を吐く。


「……さて」


 小さな声。


「そろそろだな」


 リシュンが頷く。


 アルノルトが装置を調整する。


 まだ、何も起きていない。


 誰も気付いていない。


 均衡は、まだ保たれている。


 だが。


 次の瞬間。


 その均衡に、わずかな亀裂が入ろうとしていた。

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