第83話 なんか思ってたのと違うんですけど
「見つけたぞ」
やけに真剣な顔で、タケシトが言った。
その声のトーンが妙に低い。
いつもの軽口とは違う。
まるで、敵の本拠地でも突き止めたかのような雰囲気だった。
「何をだ?」
ユージが聞く。
タケシトは周囲を警戒するように視線を巡らせ、小さく手招きをした。
「こっちだ」
その仕草まで妙にそれっぽい。
ユージとナーチャンは顔を見合わせる。
「……拠点でしょうか」
「可能性はあるな」
ナーチャンが静かに頷く。
ここ数日、タケシトはやけに真面目だった。
普段なら真っ先に酒場を探す男が、地図を片手に裏路地を歩き回っている。
情報収集の様子も妙に本格的だ。
路上の物売りや、露店の店主にさりげなく声をかけ、
自然な会話の流れで何かを聞き出している。
普段の軽さからは想像できないほど手際がいい。
「意外と有能なんだな、あいつ」
「元々、人の懐に入る能力は高いですから」
ナーチャンが分析する。
「諜報適性は、むしろ高い部類かと」
「なるほど」
ユージは納得したように頷いた。
やがて、タケシトは一本の細い路地へと入っていく。
大通りから少し外れただけなのに、急に人通りが減った。
建物の壁には余計な装飾がない。
看板も少ない。
表向きは、ただの住宅地のように見える。
「この先だ」
タケシトは声を潜めた。
しばらく進むと、古びた木の扉が現れた。
目立たない場所にある。
気づかなければ通り過ぎてしまいそうな位置だ。
扉の横には、小さな金属板が取り付けられていた。
文字は刻まれていない。
ただの板にしか見えない。
「ここだ」
タケシトが言った。
「……普通の家じゃないのか?」
「違う」
妙に自信満々だった。
タケシトは扉を軽く三回叩いた。
間を置いて、もう二回。
少し待つ。
内側から小さな覗き窓が開いた。
中の人物と、短い会話。
声はほとんど聞こえない。
やがて扉が開いた。
中は、薄暗い階段になっていた。
「行くぞ」
タケシトが先に進む。
ユージとナーチャンが続く。
階段を下りるにつれて、外の空気が遠ざかっていく。
地下だった。
控えめな照明。
足音が反響する石の床。
奥に、もう一枚扉がある。
そこには、小さな看板が掛けられていた。
控えめな装飾文字。
店名らしい。
タケシトが振り返る。
真剣な顔。
「やっと見つけた」
「だから何をだ」
ユージが聞いた。
タケシトは、ゆっくりと言った。
「キャバクラだ」
沈黙。
「……は?」
「この国にもあったんだよ」
妙に感慨深そうだった。
「健全な交流施設ばっかりでさ」
「全然それっぽい店が見つからなくて」
「苦労したんだぞ」
ナーチャンが、ほんのわずかに目を細めた。
「あなた、拠点を探していたのでは?」
「探してたよ」
「心の拠点をな」
「帰れ」
ユージが即答した。
だが、ここまで来てしまった以上、引き返すのも何となく悔しい。
「……まあ、情報収集ってことで」
ユージが言った。
「文化調査です」
ナーチャンも即座に補足した。
扉を開ける。
店内は、落ち着いた雰囲気だった。
照明は柔らかい。
席の配置も整っている。
内装は上品だ。
騒がしさはない。
音楽も控えめ。
空気は清潔。
そして。
完璧だった。
「いらっしゃいませ」
女性が丁寧に頭を下げる。
笑顔。
角度。
声のトーン。
すべてが美しい。
完璧な接客だった。
席に案内される。
椅子の引き方も正確。
距離感も適切。
メニューが差し出されるタイミングも完璧。
「おすすめは?」
ユージが聞く。
「本日のおすすめは、バランスを重視した軽めのカクテルでございます」
説明も分かりやすい。
だが、妙に教科書的だった。
タケシトが小声で言う。
「なんか面接みたいだな」
「わかる」
ユージも小声で答える。
女性が隣に座る。
自然な距離。
適切な姿勢。
表情も柔らかい。
「本日はどのような一日をお過ごしでしたか?」
会話も自然だ。
自然すぎる。
「普通かな」
「それは何よりでございます」
肯定。
肯定。
肯定。
話が広がらない。
「趣味とかあるの?」
タケシトが聞く。
「読書でございます」
「どんな本?」
「教養書を中心に」
ブレない。
隙がない。
だが。
盛り上がらない。
沈黙。
気まずくはない。
だが。
楽しくもない。
酒が運ばれてくる。
温度も適切。
香りも良い。
味も悪くない。
だが。
「なんか…」
ユージがグラスを見つめる。
「健康になりそうだな」
「ですね」
ナーチャンが頷く。
「極めて健全です」
タケシトが天井を見上げた。
「安心感しかないぞ…」
「それはそれでどうなんだ」
ユージが苦笑する。
女性は笑顔を崩さない。
完璧な角度。
完璧なタイミング。
完璧な相槌。
だが。
予想できてしまう。
次の言葉が。
次の反応が。
次の沈黙の長さが。
「……なんか味気ないな」
ユージがぽつりと言った。
タケシトが深く頷く。
「わかる」
「安心なんだけどさ」
「なんかこう」
「記憶に残らない」
リコが静かに言った。
「この国では、“間違い”が好まれないの」
その言葉は、冗談のようでいて、
どこか重かった。
「間違えない会話」
「間違えない距離」
「間違えない笑顔」
「安心できるけど」
少しだけ視線を落とす。
「楽しくはないのよ」
しばらくして。
一行は店を出た。
地下の空気から地上へ戻る。
夜風が、少しだけ心地よく感じた。
タケシトが肩を落とす。
「ユージア国の店の方がいいな…」
「だろ?」
ユージが笑う。
「健全性という意味では、こちらの方が優れていると思われます」
ナーチャンが冷静に言う。
「それはそう」
三人の意見が、珍しく一致した。
聖王国の夜は静かだった。
安心できる。
安全で。
正しくて。
そして。
少しだけ、物足りなかった。




