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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第二部 聖王国編

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第80話 揺れる思い

 扉が閉まり、足音が遠ざかったあと。


 部屋には再び静寂が戻っていた。


 整えられた机。


 整えられた椅子。


 整えられた空気。


 何もかもが、あるべき位置に収まっている。


 先ほどまでの出来事が、


 まるで最初から存在しなかったかのように。


 ヨーコは、しばらく動かなかった。


 机の上に置かれた紙に、視線を落としたまま。


 文字を見ている。


 だが、読んではいない。


 指先が、かすかに震えていた。


 やがて、ゆっくりと息を吐く。


 胸の奥に溜め込んでいたものを、


 少しだけ外に出すように。


 手に取った紙には、


 整った文字が並んでいる。


 明日の神託。


 告げるべき言葉。


 順序。


 間。


 強調する部分。


 沈黙を置く位置。


 すべてが、細かく指定されていた。


 ヨーコは椅子に座り直す。


 姿勢を整える。


 紙を両手で持つ。


 そして、小さく口を動かした。


 声には出さない。


 唇だけが動く。


 言葉をなぞる。


 順番を確認する。


 区切りを覚える。


 同じ箇所を、何度も繰り返す。


 途中で止まる。


 少し考える。


 最初からやり直す。


 また途中で止まる。


 今度は別の箇所。


 指で行を追いながら、


 ゆっくりと、


 確実に、


 記憶へ刻み込んでいく。


 だが。


 文字が、頭に入ってこない。


 さきほどの出来事が、


 思考の邪魔をしていた。


『久しぶりに会えて嬉しいんだろ、二人とも』


 胸の奥が、わずかに揺れる。


 その揺れに触れてしまいそうになり、


 ヨーコは小さく首を振った。


 考えてはいけない。


 今は、役目を果たすことだけを考える時間だ。


 神託の内容を誤ることは許されない。


 言葉を間違えることは許されない。


 順序を入れ替えることは許されない。


 それが、自分の存在理由なのだから。


 それでも。


 記憶は、止まってくれなかった。


「……お姉ちゃん……」


 自分でも気づかないほど小さな声が、


 唇からこぼれていた。


 ヨーコは、幼かった頃のことを思い出していた。


 思えば、姉はいつも自分の側にいた。


 見守って。


 助けてくれて。


 近所の男の子たちにからかわれて泣かされた時も、


 女だてらに木の棒を振り回して追い払ってくれた。


 結局、騒ぎを起こしたのはリコの方だと大人に叱られて、


 本人は少しだけむくれていたけれど。


 焼き菓子が一つしか無かった日。


 どうしても食べたいと駄々をこねた自分に、


 「仕方ないな」と笑って全部くれたこともあった。


 寒い夜には抱きしめてくれて、


 寂しい時には、くだらない冗談を言って笑わせてくれた。


 そんな記憶が、


 次から次へと浮かんでは消えていく。


 ヨーコは、ゆっくりと目を閉じた。


 ほんの一瞬だけ。


 その時間に触れてしまいそうになって。


 だが、


 すぐに視線を紙へ戻した。


 覚えなければならない。


 考えなくていい言葉を。


 選ばなくていい言葉を。


 自分で迷わなくていい言葉を。


 それが、


 ここで求められていることだから。


 気が付くと、


 頬に一筋の涙が伝っていた。


 拭うこともせず、


 ヨーコは再び文字をなぞり始める。


 何度も。


 何度も。


 同じ一文を繰り返す。


 夜の聖王国は静かだった。


 迷う余地のない、


 正しさに満ちた静寂だった。


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