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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第二部 聖王国編

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第75話 段取り通りに行くことの方がめずらしいよね

 夜の聖王国は、昼間以上に静かだった。


 街灯は、等間隔に並んでいる。


 まるで測量士がミリ単位で調整したかのように、

 一切のズレがない。


 光の強さまで揃っている。


 建物の影の濃ささえ、

 計算された舞台演出のようだった。


「……ここまで来ると照明設計の資料が欲しくなるな」


 俺は、整いすぎた通りを見回した。


「元の世界の再開発エリアでも、

 ここまで徹底してるのは見たことないぞ」


「肯定します」


 ナーチャンが即答する。


「犯罪率の低下や心理的安定を狙った、

 都市管理の一環である可能性が高いです」


「安心できる光ってことか」


「夜道のストレスを、

 国が肩代わりしてくれてるわけだ」


「はい」


「人は“すべて見えている”と感じる環境では、

 不安を抱きにくくなります」


「ですが」


 ナーチャンは街灯を見上げた。


「それは同時に、

 監視を意識させない設計でもあります」


「視覚的なノイズを排除することで、

 管理されている感覚そのものを消している」


「さらっと怖いこと言うな」


 俺は小さく息を吐いた。


 大聖堂の尖塔が、

 夜空を突き刺している。


 昼間とは違い、

 周囲に人影はほとんどない。


 白い法衣の聖職者が、

 一定の歩幅で巡回しているだけだ。


 立ち止まる者はいない。


 雑談もない。


 ただ役割を果たしている。


「勤勉だなぁ」


「逸脱が極めて少ない社会です」


 ナーチャンが周囲を観察する。


「感情より役割が優先されている可能性があります」


 少し後ろを、

 修道女姿のリコが歩いている。


 ハミータの変装だ。


 もはや別人だった。


 雰囲気そのものが変わっている。


「知り合いに会うと面倒って言ってたが、

 これなら気づかれないだろ」


「ええ」


 リコは静かに頷いた。


「自分でも、

 自分の顔だと思えないくらいよ」


 声色まで変わっている。


 完全に別人格だ。


 大聖堂の裏門が見えてきた。


 昼間と同じ警備が立っている。


 姿勢は崩れない。


 だが夜は人の出入りが少ない。


 ハミータが前に出た。


 迷いのない歩き方。


「大司教様より指示を受けました」


 落ち着いた声。


「巫女様へお届けする書簡です」


 警備の男が顔を上げる。


 一瞬だけ確認。


 疑う様子はない。


「ご苦労さまです」


 それだけだった。


 身分証も確認しない。


 封も見ない。


 手続きが正しければ通す。


 それがこの国のやり方らしい。


 俺たちは自然に中へ入った。


「チェック甘くないか?」


 小声で聞く。


「信頼ベースの運用です」


 ナーチャンが小さく答える。


「効率は良いですが、

 なりすましには弱い構造です」


「産廃の不法投棄と同じだな」


「書類が揃ってれば、

 中身までは見ない」


「監視が不要だと思われてる場所ほど狙われる」


 白い回廊を進む。


 足音がよく響く。


 装飾は少ない。


 だが質は高い。


 無駄がない。


 だが生活感もない。


「モデルルームみたいだな」


「同感です」


 ナーチャンが頷く。


「生活空間というより、

 象徴維持のための空間です」


 前方の角から、

 一人の聖職者が現れた。


 白い法衣。


 年配の男。


 迷いのない歩き方。


「大司教だ」


 ハミータが小さく言う。


 すれ違う。


 自然に頭を下げる。


 相手も軽く頷く。


 それだけだった。


 顔も見ない。


 確認もしない。


 役職だけを見ている。


 人格は関係ない。


 大司教はそのまま奥へ消えた。


 ハミータが小さく合図する。


 計画通り。


 数分後。


 大司教が巫女の部屋に入る。


 原稿を渡す。


 その隙に入れ替わる。


 単純な作戦だ。


 だがこの国では成立する。


 疑う文化がないからだ。


「ほんとにいけるのか?」


「問題ありません」


 ナーチャンが即答する。


「想定より容易です」


「段取り良すぎると、

 逆に怖いんだよな」


 角を曲がったところで、

 ハミータが止まった。


「ここから先、巫女区画」


 空気が変わる。


 さらに静かだ。


 生活の気配がない。


 時間が止まっているような空間。


 リコが小さく息を飲んだ。


「……変わってない」


 かすれた声。


 記憶と同じ光景なのだろう。


 やがて重厚な扉の前に着いた。


 装飾は少ない。


 だが素材は一級品。


 一人の少女のための部屋。


 象徴のための空間。


 ハミータが小さく言う。


「ここ」


 その時だった。


 奥の回廊から足音が聞こえた。


 規則的な歩幅。


 迷いのない速度。


 大司教が戻ってくる。


 予定より早い。


 ハミータの目が細くなる。


 一瞬だけ考え、


 静かに言った。


「段取り変更」


 その瞬間。


 扉の向こうから、


 紙をめくる音が聞こえた。


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