第72話 会えない人
聖王国の街は、どこを歩いても過剰なほどに整っていた。
道は塵一つなく掃き清められ、建物は白と淡い金の色調で統一されている。
看板の大きさも、街角の植栽の高さまで、どこか節度があった。
「景観ガイドラインでもあるのか? 昔の港湾地区の再開発エリアみたいだな」
ユージが、産廃現場時代に役所とやり取りした記憶を掘り起こしながら周囲を見回す。
「あるのかもしれません」
ナーチャンはいつもの事務的なトーンで応じた。
「意匠の徹底した統一は、統治者の秩序を視覚化し、民衆に『正しさ』を刷り込むオペレーションとして非常に効率的です」
「難しいこと言ってるけど、要するに『お揃い』じゃないと落ち着かないってことだよな」
「まあ、そういうことです」
ナーチャンはあっさりと認めた。
大通りを外れ、一行は大聖堂の裏手へと出た。
正面の華やかさとは対照的に、そこには静謐な緊張感が漂っている。
白い法衣を纏った聖職者たちが、規則正しく行き来していた。
「関係者専用の搬入口って感じだな」
ユージが呟く。
入口には控えめながらも重厚な装飾の門があり、その前には警備兵が立っていた。
武装は軽微だが、その立ち姿には一点の隙もない。
「ここから先は、聖域につき関係者のみとなります」
丁寧な口調だった。
だが、そこには一切の私情を挟まない「マニュアルの壁」のような拒絶があった。
「あのさ、巫女さんに会いたいんだけど」
ユージが、現場の詰所に顔を出すような気軽さで言った。
ナーチャンが一瞬だけ眉を動かす。
警備の男は、表情一つ変えずに穏やかな微笑を浮かべた。
「巫女様への拝謁は完全許可制となっております」
「誰でも会えるわけじゃないのか」
「はい。巫女様は、神の言葉を降ろされる尊きお役目。その身は常に祈りと浄化のために捧げられております」
澱みのない回答だ。
あらかじめ用意された完璧な答えだった。
「お忙しいんだろうな」
「はい。日々のスケジュールは神託の準備によって、分刻みで管理されておりますので」
ユージは顎をさすった。
「申し込みとかはあるのか?」
「特別な事情がある場合は、大司教様を通じて申請書を提出していただく形になります」
「大司教……。一番偉い管理職を通せってことか」
要するに、飛び込み営業は不可能。
そういうことらしい。
「ずいぶん厳重だな。アイドルでも、もうちょい隙があるぞ」
「巫女様は聖王国の『象徴』ですから」
警備の男は迷いなく言った。
「象徴?」
「はい。皆を導くための、揺るぎない道しるべです」
その言い方に、ユージは小さな引っかかりを覚えた。
「人」を説明しているのではない。
「役割」を説明しているのだ。
門の奥へと続く回廊は、白一色の世界だった。
あまりの静けさに、自分たちの足音さえ場違いに感じる。
「人気ないな」
「立ち入りが制限されているのでしょう。情報の純度を保つための『クリーンルーム』のような状態です」
ナーチャンが戦略的視点で分析する。
リコは、変装した顔のまま、門の奥をじっと見つめていた。
何かを探すように。
あるいは、かつての自分をそこに重ねるように。
「……知り合いでもいるのか?」
ユージが小声で尋ねる。
「……昔ね。あそこに、心を置いてきた子がいたの」
リコは短く答えた。
それ以上は、言葉にならなかった。
警備の男は終始穏やかだった。
疑う様子も、急かす様子もない。
ただ、そこにある「正しさ」に従って、こちらを通さない。
それが宇宙の真理であるかのような態度。
「まあ、いきなり来て会える相手じゃないか」
ユージはあっさり引き下がった。
「象徴って言ってたしな」
「はい。徹底して『管理』されています」
ナーチャンが同意し、視線を建物の構造へと走らせる。
「自由に出歩いている形跡どころか、個人の意思が介在する余地すら見えません」
「多忙なセレブか、それとも――」
「それ以上でしょう」
ナーチャンは独り言のように言った。
その時だった。
少し離れた回廊の柱の陰で、地味な法衣を着た人物が読書をしていた。
特徴のない顔、どこにでもいそうな佇まい。
ハミータだった。
彼女はページをめくる手を止めず、ユージたちと視線が合う直前、わずかに指を動かした。
それは「状況確認、開始」を意味するサイン。
「早いな。さすがはプロの隠密だ」
ユージが小さく笑う。
「潜入ルートの策定に入ったようです。ハミータさんに任せれば、大司教の目を盗むのも容易でしょう」
ナーチャンも、信頼を込めた視線で応えた。
リコは、もう一度だけ建物の奥を見つめた。
そして、小さく息をつく。
「……相変わらずなのね、ここは」
その声は、とても小さかった。
誰にも聞こえないくらいに。
ただ、少しだけ。
寂しそうだった。




