第71話 迷いのない国
大聖堂を出ると、人の流れは自然と街へ散っていった。
誰も立ち止まらない。
感想を言い合う者もいない。
ただ、それぞれの持ち場へと戻っていく。
まるで、日課が一つ終わったかのように。
「すごいな」
ユージが周囲を見回した。
「イベント終わりって、普通もうちょいざわつくもんだろ」
「余韻とか、感想とか」
タケシトも頷く。
「ライブのあととか、みんなテンション上がるしな」
「ライブではありません」
ナーチャンが即座に訂正した。
「宗教儀礼です」
「似たようなもんだろ」
「違います」
淡々とした返答だった。
通りを歩く人々の表情は穏やかだった。
焦りも、不満も見えない。
それぞれが、やるべきことを分かっているかのように動いている。
広場の一角では、先ほどの神託について話している人々がいた。
「南側の水路、やはり拡張するそうですね」
「これで収穫も安定するでしょう」
「争いも減りそうです」
「助かります」
自然な会話だった。
だが、誰も疑問を挟まない。
検討する様子もない。
すでに答えが決まっているような話し方だった。
「意思決定が早いな」
ユージが呟く。
「ええ」
ナーチャンが頷く。
「判断のプロセスが単純化されています」
市場へ向かうと、同じ傾向が見られた。
「今年は西側の品種が推奨されているそうです」
「神託でも触れられていましたね」
「では、仕入れを調整しましょう」
商人たちは迷わず決めていく。
議論がない。
比較もない。
すでに方向性が共有されているようだった。
「便利だな」
ユージは率直に言った。
「判断が早い」
「考える手間が減る」
「ええ」
ナーチャンも同意した。
「意思決定の負担は軽減されます」
合理的ではある。
無駄も少ない。
効率も良さそうだ。
通りの端では、若い夫婦らしき二人が話していた。
「引っ越しの件、どうします?」
「神託では北側の区域が勧められていましたね」
「では、そちらにしましょう」
「ええ」
決断は早かった。
迷いがない。
「人生の方針まで出るのか」
ユージが小さく言う。
「生活指針として機能しているのでしょう」
ナーチャンが答える。
歩きながら、リコが周囲を静かに観察していた。
変装しているため、誰も気に留めない。
だが、その視線はわずかに硬かった。
「どうした?」
ユージが聞く。
「……いえ」
リコは軽く首を振る。
「相変わらずだなって思っただけ」
「何が?」
少しだけ間を置いてから答える。
「みんな、迷わないの」
短い言葉だった。
ユージは少し考える。
「迷わないのはいいことじゃないのか?」
「そうね」
リコは小さく笑った。
「普通なら」
その言い方に、少しだけ含みがあった。
誰も困っていない。
誰も揉めていない。
すべてが円滑に進んでいる。
それは理想的なはずなのに。
「優秀だな」
ユージは率直に言った。
「とても効率的な社会です」
ナーチャンも同意する。
効率的。
合理的。
秩序的。
問題は見当たらない。
だが、ユージは釈然としない顔で呟いた。
「……でもさ」
「はい」
「うまく言えないけど」
ユージは言葉を探す。
「なんか、味気ないな」
誰も悩まない。
誰も迷わない。
誰も立ち止まらない。
まるで。
あらかじめ道が決まっているかのように。
リコは、その言葉にわずかに視線を伏せた。
だが、何も言わなかった。




