第70話 神託の言葉
大聖堂は、街の中心にあった。
白い石で造られた建物は高く、遠くからでもよく目立つ。
装飾は多くない。
だが、無駄がなく、美しい。
「シンプルだな」
ユージが見上げながら言った。
「もっと金ピカしてるのかと思ってた」
「質素であることが美徳なのかもしれません」
ナーチャンが観察する。
大聖堂の前には、すでに多くの人が集まっていた。
だが、混乱はない。
整然と並び、静かに待っている。
誰も騒がない。
誰も割り込まない。
「すごいな」
タケシトが小声で言う。
「ライブ前とは思えない静けさだ」
「ライブじゃない」
ユージが小さく突っ込む。
やがて鐘が鳴った。
澄んだ音が空気を震わせる。
大聖堂の扉がゆっくりと開く。
中へと案内される人々。
流れは滑らかだった。
押し合いも、ざわめきもない。
内部は広かった。
高い天井。
色ガラスから差し込む光。
壁には簡素な紋様が刻まれている。
中央には演壇があった。
人々は自然と席につく。
誰も指示していない。
それでも、整然と収まっていく。
「慣れてるな」
「日常なのでしょう」
ナーチャンが答える。
しばらくして、空気がわずかに変わった。
奥の扉が開く。
一人の女性が現れた。
白い衣。
無駄のない所作。
ゆっくりと歩く姿に、迷いがない。
若い。
思っていたよりも若い。
「……あの人か?」
ユージが小声で聞く。
「おそらく」
ナーチャンが頷く。
女性は演壇の前に立つ。
視線をゆっくりと巡らせる。
人々は静かに待っている。
咳払い一つない。
やがて、女性が口を開いた。
よく通る声だった。
大きすぎない。
だが、はっきりと聞こえる。
「本日、示された言葉を伝えます」
短い前置き。
装飾の少ない言い方。
その内容は、
生活に関わるものだった。
水路の整備。
農地の使い方。
取引の優先順位。
争いを避けるための判断。
政治でもなく、
道徳でもなく、
生活に近い指針。
「具体的だな」
ユージが小さく呟く。
「生活指針として機能しているのでしょう」
ナーチャンが答える。
人々は黙って聞いている。
驚きも、疑問も、見せない。
当たり前のこととして受け取っている。
言葉が終わる。
女性は一礼した。
その動きも、無駄がなかった。
完璧だった。
人々は静かに立ち上がる。
拍手はない。
歓声もない。
ただ、自然に受け入れている。
「……なんというか」
ユージが小さく言う。
「完成されてるな」
「ええ」
ナーチャンも同意する。
完成され過ぎている。
それが、少しだけ気になった。
その時だった。
女性の視線が、わずかに動いた。
一瞬だけ。
人の流れの中を見た。
そして、すぐに戻る。
ほんの一瞬だった。
だが。
リコの足が止まっていた。
変装している。
気付かれるはずはない。
それでも。
ほんのわずかに、
空気が揺れた気がした。
「行くか」
ユージが言う。
「ええ」
ナーチャンが頷く。
人の流れに沿って外へ出る。
外の空気は、少しだけ軽かった。
「どうだった?」
ユージがリコに聞く。
リコは少しだけ考えてから答えた。
「……変わってないわね」
「何が?」
「全部」
短い答えだった。
だが、それで十分だった。
ユージはもう一度、大聖堂を振り返る。
「なんかさ」
「はい」
「芝居みたいだな」
「芝居、ですか?」
「うまく言えないけど」
少し考える。
「完成度が高すぎるっていうか」
「予定調和っていうか」
「……そんな感じだ」
ナーチャンは何も言わなかった。
だが、その視線は鋭くなっていた。
違和感は、まだ小さい。
だが。
確かに、存在していた。




