第68話 西の国へ
「正しい、ねえ……」
ユージは椅子の背にもたれながら、ぼんやりと天井を見た。
リコの話を聞いてから、頭の中に妙な引っかかりが残っている。
誰も迷わない国。
誰も疑問を持たない国。
理想のようにも聞こえる。
だが――
「なんか、逆に怖いな」
「同感です」
ナーチャンが即答した。
「価値観の統一は統治において有利ではありますが、自然発生的にそこまで揃うことは通常ありません」
「教育が行き届いてるって可能性もあるんじゃないか?」
「可能性はあります」
一拍置いて、続ける。
「ですが、短期間で形成されたと考えると、不自然です」
「まあ、考えてても分からんか」
ユージは軽く肩を回した。
「見に行くか」
「聖王国へ、ですか?」
「実物見た方が早いだろ」
「百聞は一見に如かず、ですね」
ナーチャンも頷いた。
そこへ、タケシトが割り込んでくる。
「リーダー、遠征か?」
「観光なら任せろ」
「違う」
「調査だ」
「調査という名の観光だな」
「違う」
ユージは真顔で否定した。
そして、ふと思い出したように言う。
「聖王国に行くなら、リコちゃんに案内してもらった方がいいな」
「なあ、タケシト」
「リーダー、それ名案だ」
「すぐ連絡する」
タケシトが素早く立ち上がる。
動きが早すぎる。
ナーチャンがじっと見ている。
「どさくさに紛れて、かわいい女性に会いたいだけでは?」
「違う違う」
ユージは慌てて手を振る。
「彼女は聖王国から来たんだ」
「現地事情を知っている」
「適任だろ」
「下心なんて、少ししかない」
「少しあるんですね」
「いや、それは言葉のあやで」
「あるんですね」
「サーセン」
ナーチャンは小さくため息をついた。
「まあ、案内役としては適任でしょう」
「聖王国の内部事情を知る人物は貴重です」
数日後。
リコはあっさりと同行を了承した。
「いいわよ」
「久しぶりに見ておきたいこともあるし」
いつも通りの落ち着いた笑み。
だが、その言葉にはほんのわずかに含みがあった。
「問題ないのか?」
ユージが聞く。
「ええ」
リコは軽く頷く。
「ただ……知り合いに会うと、ちょっと面倒かもしれないわね」
さらりと言ったが、その目は少しだけ真剣だった。
「顔を知られている可能性がある、ということですね」
ナーチャンが確認する。
「そうね」
「できれば、あまり騒ぎにはしたくないわ」
「でしたら」
ナーチャンは振り返った。
「ハミータさんに手伝ってもらうといいでしょう」
「呼ばれた気がした」
いつの間にいたのか分からない。
部屋の隅にハミータが立っていた。
「いつからいた」
「最初から」
「最初っていつだ」
ハミータはすでにリコの周囲を一周している。
「骨格的に変装しやすい」
「すぐ終わる」
「普通でお願い」
リコが即答した。
「男装とかはなしで」
「了解」
数分後。
そこにいたのは、どこにでもいそうな旅の女性だった。
服装も髪型も、特徴がない。
だが逆に、それが自然だった。
「……すごいな」
ユージが素直に感心する。
「誰だこれ」
「自分でも分からないわね」
リコは鏡を見ながら小さく笑った。
「でも、これなら大丈夫そう」
ほんの少しだけ、息を吐く。
「少し懐かしい感じもするわ」
聖王国は、外部からの来訪を拒まない。
むしろ歓迎する。
正しい教えは広まるべきもの。
それが彼らの考え方だからだ。
「堂々と入れるってのも珍しいな」
ユージは苦笑した。
「普通は隠すもんじゃないのか?」
「自らの正しさに疑いがないのでしょう」
ナーチャンが答える。
「だから、隠す必要がない」
「自信満々だな」
「ええ」
ナーチャンは静かに言った。
「それが、少し気になります」
準備は思ったより早く整った。
転移装置の調整も問題ない。
「それじゃ、行くか」
ユージが軽く言う。
まるで隣町に出かけるような調子だった。
向かう先は
神託の国。
正しさの国。
そして――
リコがかつていた国でもあった。




