表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第二部 聖王国編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

68/94

第67話 正しい国

 夜の繁華街は、相変わらず賑わっていた。


 酒場の灯り。


 屋台から漂う香ばしい匂い。


 笑い声と、雑な乾杯。


 戦争の気配は、もうない。


 少なくとも、この通りには。


「リーダー、今日はほどほどにしとけよ」


 タケシトがニヤニヤしながら言った。


「昨日、ナーチャンに怒られてただろ」


「今日は飲まん」


「絶対嘘だな」


「いや本当に」


「“一杯だけ”って言うやつは大体三杯飲む」


「やめろ、その予言は当たる」


 店の扉を開けると、落ち着いた音楽が耳に入った。


 柔らかな灯り。


 穏やかな空気。


「いらっしゃいませ」


 見慣れた声。


「いらっしゃい、タケシトさん」


「リコちゃーん!」


 タケシトが嬉しそうに手を振る。


「今日も来ちゃった」


「最近よく来てくれるわね」


「リーダーが気に入ってるからな」


「いや別に……普通だろ」


「普通で週三は来ない」


「数えるな」


 リコは小さく笑った。


 相変わらず、落ち着いた雰囲気だ。


 この国で見てきたどの接客とも少し違う。


 夜の仕事をしているのに、妙な品がある。


「今日は少し疲れてる?」


「分かる?」


「なんとなく」


 グラスに酒を注ぎながら、リコは首をかしげた。


「お仕事?」


「まあな」


 ユージは軽く肩をすくめた。


「最近、ちょっと妙なことがあってな」


「妙なこと?」


「宗教」


 リコの手が、ほんのわずかに止まった。


「へえ」


「この国、わりと自由だからさ」


「急に“正しいことしましょう”って言われると、ちょっとびっくりする」


 リコはグラスを軽く傾けた。


「そういうの、増えてるの?」


「増えてる」


「静かに広がってる感じだな」


「静かに?」


「騒がないんだよ」


「むしろ落ち着いてる」


「それが逆に気になる」


 リコは少し考えてから言った。


「……西の方っぽいわね」


「やっぱり?」


「似てる」


「似てるって?」


 少しだけ視線を伏せる。


「向こうね」


「“正しいこと”をすごく大事にするの」


「いいことじゃないのか?」


「普通はね」


 少し間を置く。


「でも」


「みんな、同じことを言うのよ」


「同じ?」


「ええ」


「誰に聞いても、似た答えが返ってくる」


「迷わないの」


「迷わない?」


「ええ」


「正しい道が分かってるから」


 リコは静かに言った。


「分かってることになってるから」


 ユージはグラスを傾ける。


「楽そうだな」


「楽よ」


「すごく」


 リコは微笑んだ。


「でもね」


「ちょっと、息苦しい」


 店内のざわめきが、妙に遠く感じた。


「間違えるのが怖いのよ」


「間違えるとどうなるんだ?」


「大したことじゃないの」


「怒られるわけでもない」


「罰があるわけでもない」


「でも」


 少し言葉を探す。


「心配されるの」


「心配?」


「どうして迷ってるの?って」


「どうして正しい道を選ばないの?って」


「どうして導きに従わないの?って」


 静かな口調だった。


 責めているわけではない。


 ただ、疑問に思っているような。


 そんな言い方。


「……」


 ユージは少しだけ考えた。


「めんどくさいな」


「でしょ?」


 リコは小さく笑った。


「みんな、いい人なのよ」


「本当に」


「悪気なんてない」


「むしろ親切」


「正しいことを教えてあげようって思ってる」


 グラスの縁を指でなぞる。


「だから余計に、逃げにくいの」


「へえ」


 ユージは素直に相槌を打つ。


「まあ、国の空気ってあるよな」


「あるわ」


 リコは頷いた。


「この国は、自由な顔してる」


「顔?」


「ええ」


「みんな、好きなことしてる顔」


 少しだけ笑う。


「いい国だと思う」


「気に入ったか?」


「とても」


 少しだけ間を置いてから続けた。


「……だから来たの」


 その言い方が、ほんの少しだけ重かった。


 だがユージは気にしない。


「西って、やっぱ聖王国か?」


 タケシトが割り込む。


「有名だよな」


「神託がどうとか」


「巫女がどうとか」


 リコの視線が、わずかに揺れた。


「……詳しいのね」


「まあな」


「最近ちょっと聞く機会があって」


「神の声を聞くんだろ?」


 タケシトが面白がるように言う。


「すごいよな」


「本当に聞こえるのかね」


 リコは少しだけ考えてから言った。


「……さあ」


「でも」


 視線を落とす。


「巫女って、すごく大変らしいわ」


「大変?」


「ええ」


「完璧じゃないといけないから」


「神の言葉なんて言うくらいだしな」


「そうね」


 リコはゆっくり頷いた。


「あの国、完璧を求めるの」


「正しくあること」


「正しく振る舞うこと」


「正しく生きること」


 少しだけ笑う。


「みんな、ちゃんとしてるのよ」


「ちゃんとしてるのはいいことじゃないのか?」


「いいことよ」


「普通はね」


 その言い方が、少しだけ引っかかった。


「……知り合いでもいるのか?」


 ユージが何気なく聞いた。


 リコは一瞬だけ言葉を止めた。


 ほんのわずかな間。


 だが、何かを思い出したような顔をする。


「……昔ね」


 グラスの縁を指でなぞる。


「仲の良かった子がいたんだけど」


「ある日、急にいなくなったの」


「忙しくなったって聞いたけど」


 少しだけ視線を伏せる。


「次に会った時には」


「すっかり別人みたいになってた」


「別人?」


「ええ」


 リコは小さく笑った。


 自嘲のような笑みだった。


「ちゃんとした人になってた」


「ちゃんと?」


「立派、って言えばいいのかしら」


「言葉も態度も、全部きれいに整ってて」


「近づいて話すことも出来なかったわ」


 少しだけ間を置く。


「……前は、もっと普通の子だったのに」


 それ以上は言わなかった。


 ユージも深く聞かなかった。


「まあ」


 軽く肩をすくめる。


「無理してまでやる仕事は大変だよな」


「ほんとね」


 リコは微笑んだ。


 その笑顔は、少しだけ寂しそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ