第63話 西方から来た女
日が落ちると、ユージア国は別の顔を見せる。
昼間は市場として賑わっていた通りに、今度は灯りが並ぶ。
酒場、屋台、演奏、笑い声。
戦争が終わり、人の行き来が増えると、自然とこういう場所も生まれる。
発散の場。
息抜きの場。
そして、少しだけ現実を忘れる場所。
「今日も盛況だな」
ユージは通りを見回しながら言った。
「そりゃあな!」
隣を歩くタケシトが得意げに胸を張る。
「この辺一帯の企画、半分くらい俺だからな!」
「また余計なことしてないだろうな」
「健全だぞ! 超健全!」
何が基準かはよく分からない。
だが、少なくとも街は活気に満ちていた。
ユージは売春の類は認めていない。
だが、酒を飲んで騒ぐくらいなら問題ないという判断だった。
結果として出来たのが、この繁華街だ。
「リーダー、今日は例の店行くぞ」
「またか」
「リコちゃん人気すぎて予約取るの大変なんだぞ」
「キャバクラってそんなに競争激しいのか」
「甘く見るな。戦場だぞ」
「平和な戦場だな」
店の扉を開けると、柔らかな灯りと落ち着いた音楽が迎えてくる。
「いらっしゃいませ」
女性の声。
振り向いたタケシトが嬉しそうに手を振る。
「リコちゃーん!」
「いらっしゃい、タケシトさん」
柔らかく笑う女性。
落ち着いた雰囲気だが、どこか場慣れした余裕がある。
「こちらが例のリーダーさん?」
「そうそう」
「どうも、ユージです」
「リコです」
軽く頭を下げる。
仕草が妙に洗練されていた。
この国で見てきたどの接客とも少し違う。
夜の商売をしているはずなのに、どこか所作が整っている。
「有名なユージさんにお会いできて光栄です」
「お話に聞いていたより、ずっと優しそうなんですね」
そう言って、自然にユージの隣に座り、腕を軽く絡ませた。
「優しそうって、ただのおっさんだよ」
照れたように言うユージを尻目に、
タケシトが嬉しそうに話を振る。
「リコちゃん、前に言ってたよな。西の方から来たって」
「ええ」
リコはグラスを傾けながら答えた。
「西って……もしかして聖王国?」
タケシトが少しだけ声を落とす。
リコはわずかに笑った。
「よく知ってるわね」
「まあ、有名だしな」
「そう。じゃあ、そのくらいの認識で十分よ」
軽く言って、グラスに口をつける。
「向こうは……あんまり、息がしやすい場所じゃなかったの」
「へえ」
ユージは特に深く考えずに相槌を打つ。
「でも、この国はいいわ」
リコは店内を見回した。
笑い声。
雑な乾杯。
意味もなく盛り上がるタケシト。
「みんな、楽しそうに飲むのね」
「飲むとだいたい楽しいだろ」
「そういう意味じゃないの」
少しだけ間を置く。
「あの国の人たち、みんな同じ顔してるのよ」
「同じ顔?」
「ええ」
言葉を選ぶように続ける。
「うまく言えないんだけど……」
「みんな、“ちゃんとしてる”の」
「ちゃんとしてるのはいいことじゃね?」
「そうね」
リコは微笑んだ。
「普通は、ね」
その言い方が、少しだけ引っかかった。
だが、ユージは深く考えない。
「まあ、息苦しい国ってのはあるよな」
「そうね」
リコは頷いた。
「だから、逃げてきちゃった」
軽く言ったが、その目は笑っていなかった。
タケシトが空気を変えるように声を上げる。
「でもこの国いいだろ!」
「ええ、とても」
リコは素直に答えた。
「みんな、ちゃんと生きてる」
「それは普通じゃないのか?」
「ええ」
少しだけ視線を伏せる。
「普通じゃないのよ」
その言葉の意味を、ユージはまだ知らない。




