第61話 平和になったはずの国で
※ここから第二部です。
第一部を読んでくださった方、本当にありがとうございました。
そして、引き続き読んでくださる方、よろしくお願いします。
戦争が終わった世界で、今度は「信じるもの」の話になります。
ユージア国は、今日も平和だった。
城壁の外まで広がる畑は青く、収穫の手は止まらない。道には荷車が行き交い、積まれているのは武器ではなく、穀物と酒と日用品だ。
広場では、人間も魔族も獣人も、同じ屋台の前に並んでいる。
「はいはーい! 本日の特別興行! ホワイトタイガーと綱引き体験会だ! 命の保証はしない!」
「戦闘機と綱引きなんかすんな!」
サトータのツッコミに笑いが起きる。
「いや、元ネタの虎の方だから安心だぜ!」
「虎も危な過ぎるだろ!」
「こいつは普段は大人しいから大丈夫だって!」
綱の向こうで、巨大なホワイトタイガーが面倒くさそうに欠伸をした。
その牙は鋭く、まったく大丈夫じゃなさそうだった。
しかし子供たちは、なぜか大喜びで列を作っている。
「平和だなあ……」
広場の端、木椅子に座ったユージは茶をすすりながら呟いた。
「あなたが平和をもたらしたのです」
隣のナーチャンが即答する。
「いや、俺はそんなことしてないさ」
「しました」
「勝手にそうなっただけだろ」
「いえ、勝手に起きる規模の変化ではありません。いい加減に自覚してください」
「自覚って言われてもなぁ……」
いつものやり取りだった。
中央広場は、今日も賑やかだ。魔族の青年が焼いた串肉を人間の娘が売り、獣人の老婆が香草茶を配る。路上ライブの歌に、子供たちが適当に合いの手を入れていた。
昔なら考えられない光景だ。
「前はここで普通に争ってたんだよな」
「ええ。もう、遠い出来事のように感じている人も多いでしょう。少なくとも、“昨日のこと”としては扱われていません」
「そりゃいいことだ」
ユージは肩をすくめる。
戦争は終わった。王国と魔王国は手を引き、ユージア国はその間で静かに回っている。
誰かが支配しているわけでもない。
ただ、うまく回っている。
それで十分だった。
「おーい、リーダー!」
タケシトが妙な色の綿菓子を持って駆けてくる。
「新作だ! 虹色魔力綿あめ! 舌が七色になって楽しいぞ!」
「いらん」
「即答!?」
「七色の舌なんて、怖過ぎるだろ!」
タケシトはチッと舌打ちしたが、すぐに別の客に売り込みに行った。
「……で、なんか用だったか?」
ユージが聞くと、ナーチャンはほんの一瞬だけ言葉を選んだ。
「最近、国民の間に宗教が広まっているらしいです」
「宗教?」
ユージは気の抜けた声を出す。
「まあ、人は何かに縋って生きた方が楽だからな。どこの世界でもそうだろ」
「ええ、それ自体は問題ありません」
「じゃあいいじゃん」
「問題は、その“速さ”です」
一拍。
「ここ一週間で、目に見えて増えています」
「へえ」
「ユージア国は多種族国家です。特定の宗教が一気に浸透する土壌ではありません」
「まあ、寄せ集めだからな」
「はい。だからこそ、少し不自然です」
ナーチャンは広場を見た。
そこには何の変哲もない日常が広がっている。
笑い声。食べ物の匂い。子供の喧嘩。
何もおかしくない。
——だからこそ、少しだけ引っかかる。
「流行りじゃね?」
「その可能性もあります」
ナーチャンはそう言いながら、わずかに視線を逸らした。
「ただ……いえ、まだ断定はできません」
「ふーん」
ユージはそれ以上深く考えなかった。
「ちょっとハミータさんに調べてもらいます」
「そうだな」
会話はそこで途切れる。
広場は変わらず賑やかだ。
誰もが、自分のやることに忙しい。
——その時だった。
広場の一角に、小さな人だかりができているのに気づいた。
騒がしくもなく、ただ静かに人が集まっている。
「なんだ、あれ」
ユージが目を細める。
ナーチャンは、すぐには答えなかった。
ただ、その光景をじっと見ている。
「……分かりません」
その声は、わずかに硬い。
人々は、何かを聞いている。
そして、静かに頷いている。
理由は分からない。
だが——
妙に、気になる。
「……まあ」
ユージは肩をすくめる。
「そのうち分かるだろ」
そう言って視線を外す。
だが、ほんの少しだけ引っかかりが残った。
それが何なのかは、分からない。
ただ——
平和なはずのこの国に、
何かが入り込んできている気がした。
やっと手に入れた平和は、続いている。
少なくとも、表面上は。
第二部スタートです。
今回は「宗教」「正しさ」「構造」をテーマにしつつ、
いつも通りユージはだいたい何もしていません。
しばらくは違和感の積み上げになりますが、
少しずつ全体像が見えてくると思います。
引き続き、よろしくお願いします。




