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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第198話 朝風呂にはご注意を

翌朝。


ナーチャンは。


いつも通り。


早く目を覚ました。


「…………」


隣では。


神楽耶が。


気持ちよさそうに眠っている。


マイヤンも。


リコちゃんも。


まだ起きる気配はない。


ナーチャンは。


静かに布団を抜け出した。


昨日は。


久しぶりに。


ゆっくり休むことができた。


温泉に入り。


美味しい料理を食べ。


皆で笑って。


そして。


『温泉は気が緩むから、ユージに接近する好機だと』


「…………」


余計なことまで。


思い出した。


「忘れましょう」


誰に言うでもなく。


小さく呟く。


せっかく早く起きたのだ。


朝食まで。


まだ時間はある。


「もう一度、温泉に入りましょうか」


ナーチャンは。


一人。


大浴場へ向かった。


◇ ◇ ◇


「ふぅ……」


静かな浴場。


朝の柔らかな光が。


湯気の向こうから差し込んでいる。


昨夜とは。


少し雰囲気が違う気もする。


だが。


ナーチャンは。


特に気にしなかった。


誰もいない。


広い湯船。


朝の冷たい空気。


そして。


身体を包み込む。


柔らかな湯。


「気持ちいい……」


ナーチャンは。


目を閉じた。


昨夜よりも。


さらに静かだった。


聞こえるのは。


湯の流れる音と。


遠く。


渓谷を流れる川の音だけ。


「…………」


これなら。


朝食まで。


ゆっくりできそうだ。


そう思った。


その時。


ガラッ。


脱衣所の方から。


扉の開く音がした。


「ん?」


誰か。


起きてきたらしい。


神楽耶だろうか。


それとも。


リコちゃんか。


ナーチャンは。


大して気にも留めなかった。


そして。


「いやあ、朝風呂なんて久しぶり――」


聞き覚えのある。


男の声。


「…………」


ナーチャンが。


固まった。


「…………」


声の主も。


固まった。


「…………」


湯気の向こう。


二人の視線が。


合った。


「ナーチャン?」


「…………はい」


ユージだった。


「え?」


「…………」


「なんで?」


「…………」


ナーチャンにも。


分からない。


ユージが。


慌てて入口の方を見る。


「ここ、男湯だよね?」


「え?」


その言葉で。


ナーチャンの頭の中に。


昨日。


宿の従業員から聞いた説明が。


蘇った。


『なお、明日の朝には、男女の大浴場が入れ替わります』


「…………」


ナーチャンが。


ゆっくり。


入口を見る。


昨夜。


自分が入った浴場。


だから。


何も考えず。


同じ場所へ来てしまった。


しかし。


今朝は。


「……入れ替わってるよ?」


ユージが。


恐る恐る言った。


「…………」


ナーチャンの顔が。


みるみる赤くなった。


「ご、ごめん!」


ユージが。


即座に後ろを向く。


「俺、出るから!」


「お待ちください!」


「はい!?」


なぜか。


ユージの背筋が伸びた。


「…………」


ナーチャンも。


自分が。


なぜ呼び止めたのか分からない。


だが。


間違えたのは。


自分だ。


「私が……間違えたのです」


「いや、それは分かったけど!」


「ですから……」


「うん」


「ユージ様が出ていく必要はありません」


「いや、あるだろ!」


「…………」


確かに。


ある気がする。


しかし。


ここでユージを追い出したら。


間違えて男湯に入った自分が。


正しい場所へ来たユージを。


追い出したことになる。


それも。


おかしい。


「では……」


「うん」


「私が出ます」


「それがいいと思う」


「…………」


「…………」


だが。


ナーチャンは。


動かなかった。


いや。


動けなかった。


湯船から出れば。


当然。


「…………」


顔が。


さらに熱くなる。


「ナーチャン?」


「少し……」


「うん」


「向こうを向いていてください」


「もちろん!」


ユージは。


壁を向いた。


しばらくして。


背後から。


足音が聞こえ。


やがて。


扉の閉まる音がした。


「…………」


ユージは。


恐る恐る振り返った。


誰もいない。


「…………」


そして。


大きく息を吐いた。


「朝から心臓に悪いわ……」


◇ ◇ ◇


一方。


ナーチャンは。


脱衣所を出たところで。


壁に手をついていた。


「…………」


顔が。


熱い。


間違いなく。


温泉のせいではない。


「何をやっているんですか……私は……」


その時。


「おや?」


聞きたくない声がした。


「…………」


ナーチャンが。


ゆっくり顔を上げる。


そこには。


神楽耶。


マイヤン。


リコちゃん。


三人が。


揃って立っていた。


「ずいぶん早いのう」


「…………はい」


「朝風呂か?」


「…………はい」


「気持ちよかったか?」


「…………はい」


「そうかそうか」


神楽耶が。


ニヤリと笑う。


「ところで」


「…………なんですか」


「そちらは、今朝は男湯ではなかったかの?」


「…………」


ナーチャンが。


固まった。


マイヤンが。


目を見開く。


リコちゃんは。


一瞬で。


全てを察したようだった。


「まさか……」


マイヤンが呟く。


「ユージ様も?」


「…………」


沈黙。


それだけで。


十分だった。


「ほう」


神楽耶が。


満足そうに頷いた。


「…………何ですか」


「接近できたではないか」


「神楽耶様!」


廊下に。


ナーチャンの声が響いた。


リコちゃんは。


そんなナーチャンを見ながら。


ただ。


優しく微笑んでいた。


◇ ◇ ◇


朝食を終え。


その日も。


ユージたちは。


温泉街を楽しんだ。


昨日。


バスの中から見つけた。


川下り。


「うわああああ!」


「あはははは!」


「揺らすな! タケシト!」


「俺じゃねえよ!」


「ユージ様! 水が!」


「だから俺は何もしてないって!」


細長い舟は。


渓谷を流れる川を。


勢いよく下っていった。


ナーチャンは。


最初こそ。


絶対に乗らないと言っていたのだが。


結局。


全員で乗った。


そして。


「…………」


ユージの隣で。


妙に大人しかった。


「ナーチャン」


「はい!」


「どうした?」


「何もありません!」


「そう?」


「何もありません!」


明らかに。


何かあった。


だが。


ユージにも。


心当たりがありすぎたので。


それ以上。


聞かなかった。


◇ ◇ ◇


二泊三日の。


短い旅行は。


あっという間に終わった。


帰りのバス。


「それでは皆様!」


リコちゃんが。


再び。


バスガイドの帽子を被っている。


「これより、ユージア国へ――」


振り返る。


「…………」


返事がない。


「皆様?」


リコちゃんが。


客席を見る。


ユージ。


ナーチャン。


リシュン。


神楽耶。


マイヤン。


全員。


寝ていた。


そして。


「ぐおおおお……」


一番後ろでは。


タケシトが。


盛大ないびきをかいている。


「…………」


リコちゃんは。


しばらく。


皆を見つめた。


そして。


小さく笑った。


「お疲れ様でした」


帽子を外し。


自分も席へ座る。


しばらくすると。


リコちゃんも。


静かに目を閉じた。


バスは。


ゆっくりと。


街道を走っていく。


温泉に入り。


うまいものを食べ。


酒を飲み。


川を下り。


くだらないことで。


笑った。


これから。


ユージたちは。


また。


走り始める。


この世界で。


起き始めている問題と。


向き合うために。


だからこそ。


その前に。


少しくらい。


何もしない時間があってもいい。


1泊2日の。


温泉旅行。


それは。


ユージたちにとって。


本当に。


良い骨休めになった。


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