第197話 変わらないために、変わる
「お腹空いた……」
部屋の椅子に座り。
ユージが呟いた。
「リーダー」
「なんだよ」
「大丈夫か?」
「大丈夫」
「さっきまで死にそうな顔してたぞ」
「誰のせいだよ!」
「あはは!」
「お前のせいだよ!」
温泉から上がった後。
ユージとタケシトは。
部屋でしばらく休んでいた。
水を飲み。
横になり。
ようやく。
身体も元に戻ってきた。
「まったく……」
リシュンが呆れた顔をする。
「せっかく疲れを取りに来たのに、なんで自分から疲れるんだ?」
「男にはな」
「うん」
「負けられない戦いってのがあるんだよ」
「何と戦ってたんだ?」
「…………」
「…………」
ユージとタケシトが。
顔を見合わせる。
「さあ?」
「俺も分からん」
「馬鹿なのか?」
「否定はしない」
そんなことをしているうちに。
夕食の時間になった。
◇ ◇ ◇
「おお……」
並べられた料理を見て。
ユージが声を上げる。
「これはすごいな」
山の幸。
川の幸。
丁寧に盛り付けられた料理が。
少しずつ。
いくつもの器に並んでいる。
豪華ではある。
だが。
ただ高価な食材を並べただけではない。
器。
盛り付け。
香り。
料理を出す順番。
その全てに。
この宿が。
長い時間をかけて積み重ねてきたものを感じる。
「いただきます」
ユージが。
一つの料理を口へ運ぶ。
そして。
首を傾げた。
「これ……」
「どうしました?」
ナーチャンが尋ねる。
「いや。見た目はこの辺の料理なんだけどさ」
もう一口。
「やっぱり」
「何がじゃ?」
「異国の料理の作り方が入ってる」
近くにいた従業員が。
微笑みながら答えた。
「当館では、昔から各国のお客様をお迎えしてまいりました」
「へえ」
「そのため、この土地の料理を大切にしながら、他国の優れた調理法や食材も取り入れております」
「なるほどねえ」
ユージは。
もう一口食べる。
「自分たちのものを捨てるんじゃなくて」
「いいものは取り入れるってことか」
「はい」
その答えを聞いて。
ユージは。
バスの中でリコちゃんから聞いた話を思い出した。
遠い国から来た旅人を。
自分の家へ泊めた楽師。
その小さな家が。
長い年月を経て。
今の宿になった。
考えてみれば。
最初から。
そういう宿だったのかもしれない。
自分たちとは違うものを。
拒むのではなく。
受け入れる。
そして。
良いものなら。
自分たちのものにしていく。
「それで、これか」
ユージは。
素直に頷いた。
「うまい」
それだけで。
十分だった。
「リーダー!」
「ん?」
「これも食ってみろ!」
「どれ?」
「分からん!」
「分からんのかい!」
「でも、うまいぞ!」
「お前は幸せそうだなあ」
タケシトの前には。
早くも。
酒瓶が置かれている。
「おっ! この酒もうまいぞ!」
「お前はまず水飲め!」
「なんでだ?」
「さっき、のぼせたばっかりだろ!」
「あはは! もう治った!」
「そういう問題じゃねえよ!」
そう言ったユージも。
酒瓶へ手を伸ばす。
「ユージ様」
「はい」
「人のことを言えませんよ」
「これは別」
「何が別なのですか?」
「風呂上がりだから」
「先ほどから、意味の分からない理屈ばかりですね」
「旅行ってのは、そういうもんなの」
「絶対に違うと思います」
「俺もそう思う」
リシュンが。
横から口を挟む。
「お前はどっちの味方だよ!」
「あははは!」
笑い声が。
部屋に響いた。
◇ ◇ ◇
食事を終え。
部屋へ戻ろうとした時。
タケシトが。
足を止めた。
「リーダー」
「今度はなんだよ」
「あそこ」
「ん?」
指差した先には。
落ち着いた雰囲気の部屋があった。
大きな窓。
ゆったりとした椅子。
そして。
棚には。
いくつもの酒瓶が並んでいる。
「なんだ、ここ?」
「お客様に自由にお寛ぎいただくための場所でございます」
従業員が説明する。
「お飲み物も、ご自由にお楽しみください」
「自由に?」
タケシトが反応した。
「はい」
「酒も?」
「はい」
「全部?」
「はい」
「好きなだけ?」
「はい」
タケシトが。
ゆっくりと。
ユージを見る。
「リーダー」
「駄目」
「まだ何も言ってねえだろ!」
「顔見りゃ分かるよ!」
「あはは!」
結局。
全員で。
しばらく寛ぐことになった。
「いいねえ」
ユージは。
椅子へ深く腰を沈めた。
窓の向こうは。
もう暗い。
昼間とは違う。
静かな渓谷。
その景色を眺めながら。
少しずつ酒を飲む。
「こういうのも贅沢だよなあ」
その時。
「失礼いたします」
従業員が。
小さな台車を押してきた。
その上には。
色とりどりの菓子が。
美しく並べられている。
「お好きなものをお選びください」
「おお!」
真っ先に反応したのは。
やはりタケシトだった。
「これ、全部食っていいのか?」
「お前は少し遠慮を覚えろ!」
ユージが。
台車を覗き込む。
焼き菓子。
果物を使った菓子。
小さなケーキ。
そして。
「ん?」
ユージの目が。
一角で止まった。
小さな。
茶色い菓子。
一つ手に取り。
口へ入れる。
「…………」
ユージが。
固まった。
「どうした、リーダー?」
「これ」
もう一つ。
手に取る。
「チョコレートじゃん。しかも、結構いいやつだぞ」
もう一度。
じっと見る。
「恐らく、この小さいの1個で、普通のサラリーマンのランチぐらいの値段だぞ」
「さらりーまん?」
リシュンが。
首を傾げる。
「いや」
「忘れてくれ」
その横から。
タケシトの手が伸びる。
一個。
二個。
三個。
「おい!」
「なんだよ」
「三つも取るなよ!」
「好きなだけって言ってたぞ」
「そういう問題じゃねえ!」
「じゃあ、リーダーはいらないのか?」
「いる!」
「いるのかよ!」
「だって高いんだもん!」
「リーダーも大概だな!」
「あははは!」
また。
笑い声が響いた。
◇ ◇ ◇
ユージは。
もう一つ。
チョコレートを口へ入れた。
「うまいなあ……」
昔から続く。
この土地の料理。
遠い国から伝わった。
新しい調理法。
異国の酒。
そして。
チョコレート。
それらが。
不思議なくらい。
この宿の中で馴染んでいる。
古いものを捨てて。
新しいものへ変えたわけではない。
昔から大切にしてきたものは。
そのまま残す。
その上で。
外から来た良いものを。
少しずつ。
取り入れていく。
そうやって。
この宿は。
何代にもわたって。
変わり続けてきたのだろう。
ユージは。
窓の外へ目を向けた。
昼間。
バスから見た温泉街。
閉じた宿。
人の少なくなった通り。
消えかけた看板。
交通が便利になり。
人の流れが変わった。
かつて栄えた温泉街は。
時代の変化に。
取り残されつつある。
だが。
この宿には。
今も。
遠くから客がやって来る。
「変わらないために、変わる……か」
ユージが。
小さく呟いた。
「何か言いましたか?」
ナーチャンが尋ねる。
「いや」
ユージは。
首を振った。
「この宿が残ってる理由が、ちょっと分かった気がしてさ」
守るものは。
守る。
でも。
変えるべきものは。
変えていく。
新しいものを。
ただ拒むのでもない。
昔からあるものを。
何も考えず捨てるのでもない。
良いものなら。
取り入れる。
そして。
もっと良くする。
(なるほどねえ)
ユージは。
小さく笑った。
変わらないために。
変わり続ける。
それもまた。
時代を生き抜くための。
一つの方法なのかもしれなかった。




