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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第四部 環境対策編

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第196話 負けられない戦いが、そこにはある

宿へ入ったユージたちは。


まず。


その落ち着いた雰囲気に圧倒された。


「へえ……」


ユージが。


思わず声を漏らす。


外から見ても立派だったが。


中へ入ると。


さらに印象が変わった。


磨き込まれた木の床。


大きな窓。


その向こうには。


先ほどバスから見えた渓谷が広がっている。


派手ではない。


金ぴかの装飾があるわけでもない。


だが。


「なんか、高そうだな」


「あはは!」


タケシトが笑う。


「リーダー。さっき値段なんか気にしないって言ってただろ」


「それと高そうだと思うのは別問題だ」


「細けえなあ」


「元銀行員は、金額が気になる生き物なの」


そんなことを話していると。


宿の従業員が。


ユージたちに声を掛けた。


部屋や食事の時間。


そして。


温泉についての説明を受ける。


「大浴場は二か所ございます」


「二つもあるの?」


ユージが聞き返す。


「はい。それぞれ趣が異なりますので、ぜひ両方をお楽しみください」


「へえ。そりゃいいな」


「なお、明日の朝には、男女の大浴場が入れ替わります」


「なるほど」


ユージは。


軽く頷いた。


「じゃあ、一泊でも両方入れるってことか」


「はい」


「よくできてるねえ」


それだけ言って。


ユージたちは。


それぞれの部屋へ向かった。


◇ ◇ ◇


荷物を置くと。


「じゃあ、行くか!」


「どこへだ?」


「決まってんだろ」


ユージが。


タケシトを見る。


「温泉だよ!」


「あはは! そうこなくちゃな!」


男三人。


女四人。


それぞれ。


大浴場へ向かった。


◇ ◇ ◇


男三人は。


それぞれ身体を洗い。


ゆっくりと。


湯船へ身体を沈めた。


「はぁぁぁぁぁ……」


その瞬間。


ユージの口から。


長い声が漏れた。


「リーダー」


「なんだよ」


「爺くせえぞ」


「うるせえ」


ユージは。


目を閉じた。


「温泉に入ったおっさんは、こういう声を出す生き物なんだよ」


「そうなのか?」


「そうなの」


「初めて聞いたぞ」


「今、覚えろ」


タケシトも。


肩まで湯に浸かる。


「くぅぅぅ……」


「お前も出してんじゃねえか!」


「あはは! こりゃ気持ちいいな!」


「だろ?」


少し遅れて。


リシュンも湯船に入った。


「これはいいな……」


「ああ」


以前。


聖王国との境にある山間の温泉へ行った時とは。


明らかに違っていた。


あの温泉のような。


鼻をつく硫黄の匂いはしない。


見た目にも。


これといった特徴はない。


だが。


「なんか……柔らかいな。この湯」


ユージは。


両手で湯をすくった。


肌に触れる湯が。


妙に柔らかい。


全身を。


優しく包み込まれているような感覚。


肩まで浸かり。


しばらくじっとしているだけで。


各国を回っている間に。


身体の奥へ溜まっていた疲れが。


少しずつ。


湯の中へ溶け出していくようだった。


「はぁ……」


もう一度。


ユージが息を吐く。


今度は。


誰も突っ込まなかった。


タケシトも。


リシュンも。


同じような顔をしていたからだ。


湯気。


温泉の匂い。


そして。


渓谷を流れる川の音。


「…………」


三人は。


しばらく。


何も話さなかった。


「やっぱ温泉っていいなあ」


最初に口を開いたのは。


ユージだった。


「リーダーの世界にもあったんだろ?」


「ああ。むしろ、俺の国は温泉だらけだよ」


「へえ」


「山の中にもあるし、海の近くにもある。街中で掘って出してるところもある」


「そんなにあるのか?」


「あるある」


ユージは。


湯船の縁へ頭を預けた。


「酒飲んで」


「うまい飯食って」


「温泉入って」


「布団で寝る」


「それが目的の旅行だってあるくらいだからな」


「何もしないのか?」


「ああ」


ユージは笑った。


「何もしないために行くんだよ」


「…………」


リシュンが。


少し考える。


「贅沢だな」


「だろ?」


ユージは。


もう一度。


目を閉じた。


「何もしないってのは」


「結構、贅沢なんだよ」


◇ ◇ ◇


一方。


女湯では。


「ふぅ……」


ナーチャンが。


珍しく。


気の抜けた声を出していた。


「気持ちよさそうじゃのう」


「…………神楽耶様」


「なんじゃ?」


「見ないでください」


「何をじゃ?」


「…………なんでもありません」


神楽耶は。


楽しそうに笑う。


「ナーチャンも、だいぶ疲れておったようじゃな」


「そうでしょうか」


「一年間、ユージの代わりをしておったのであろう?」


「それは……仕事ですから」


「真面目じゃのう」


神楽耶が。


肩まで湯に浸かる。


「たまには休まねば、人は壊れるぞ」


「神楽耶様に言われると、妙に説得力がありますね」


「どういう意味じゃ!」


「そのままの意味です」


少し離れたところでは。


マイヤンも。


気持ちよさそうに湯へ浸かっている。


そして。


リコちゃんは。


三人の様子を。


静かに眺めていた。


「ところで、ナーチャン」


「はい?」


「接近とは、なんじゃ?」


「…………」


ナーチャンが。


固まった。


「接近?」


マイヤンが。


すぐに反応する。


「何よ、それ」


「タケシトが言っておったぞ」


「神楽耶様!」


「温泉は気が緩むから、ユージに接近する好機だと」


「なっ!」


マイヤンが。


勢いよくナーチャンを見る。


「せ、接近って……ユージ様に!?」


「違います!」


「何が違うのじゃ?」


「全部です!」


「ほう?」


神楽耶が。


ニヤニヤしている。


「では、ユージに接近するつもりはないのじゃな?」


「それは……」


「それは?」


「…………」


ナーチャンが。


黙り込む。


その様子を見て。


リコちゃんは。


小さく笑った。


「リコちゃん?」


ナーチャンが。


怪訝そうな顔をする。


「なんですか?」


「いえ」


リコちゃんは。


微笑んだ。


「ナーチャンさんも、可愛いところがあるんだなって思って」


「なっ!」


今度は。


ナーチャンの顔が。


一気に赤くなった。


「な、何を言ってるんですか!」


「ふふっ」


「リコちゃんまで!」


「私は何も言ってませんよ」


「言いました!」


「可愛いって言っただけです」


「それが余計なんです!」


リコちゃんは。


それ以上。


何も言わなかった。


こういう時。


本人が隠そうとすればするほど。


周りには分かってしまうものだ。


それくらいのことは。


今のリコちゃんには。


十分すぎるほど分かっていた。


「ほっほっほ!」


「神楽耶様も笑わないでください!」


「わ、私は別にどうでもいいけど!」


「マイヤンさんも、顔が赤いですよ」


「これは温泉のせいよ!」


「そういうことにしておきます」


「リコ!」


女湯に。


賑やかな声が響いた。


その中心で。


リコちゃんだけは。


少しだけ大人びた笑顔で。


二人を温かく見守っていた。


◇ ◇ ◇


その頃。


男湯では。


「リーダー!」


「なんだよ」


「こっちにも、なんかあるぞ!」


タケシトが。


浴場の隅にある扉を指差した。


「ん?」


ユージが。


扉の向こうを覗く。


そして。


目を輝かせた。


「おお!」


「知ってるのか?」


「サウナじゃん!」


木張りの小さな部屋。


中へ入った瞬間。


熱気が。


全身を包み込んだ。


「くぅぅ……」


ユージは。


腰を下ろした。


「これこれ」


「なんだ、リーダー。こういうのも好きなのか?」


「好きだよ。温泉来たら、サウナも入るだろ」


「そういうもんなのか?」


「まあ、人によるけどな」


タケシトも。


隣に座った。


リシュンは。


なぜか入ってこない。


「お前は?」


「俺はいい」


「なんだよ。付き合い悪いな」


「俺は温泉に入りに来たんだ」


「それが正しい気もするな」


しばらく。


二人は黙っていた。


汗が。


額から流れ落ちる。


「…………」


「…………」


ユージが。


ちらりとタケシトを見る。


タケシトも。


ユージを見る。


「…………」


「…………」


なぜか。


どちらも出ない。


「お前、そろそろ出た方がいいんじゃない?」


「リーダーこそ」


「俺はまだ全然平気だけど」


「あはは。俺もだ」


「…………」


「…………」


さらに。


時間が過ぎた。


「…………暑いな」


「サウナだからな」


「知ってるよ」


「リーダー、顔赤いぞ」


「お前もな!」


「俺は平気だ」


「俺だって平気だよ!」


完全に。


目的が変わっていた。


疲れを癒すために。


温泉へ来たはずなのに。


いつの間にか。


ただの我慢比べになっていた。


「…………」


「…………」


その様子を。


リシュンは。


外から呆れた顔で見ていた。


「お前ら、何やってるんだ?」


「別に」


「何も」


「だったら出てこいよ」


「…………」


「…………」


二人は。


出てこなかった。


◇ ◇ ◇


しばらくして。


「うぅ……」


「頭……クラクラするな……」


「ああ……」


脱衣所の長椅子に。


二人のおっさんが。


並んで座っていた。


「だから言っただろ」


リシュンが。


呆れた顔で二人を見る。


「なんで温泉に来て、勝手に勝負して、二人とも具合悪くなってるんだよ」


「勝負なんか……してないよ」


「ああ……」


「じゃあ、なんで出なかった?」


「…………」


「…………」


答えはない。


「リーダー」


「なんだ……」


「せっかく温泉で疲れが取れたのにな」


「言うな……」


ユージは。


長椅子へ身体を預けた。


「全部、水の泡じゃん……」


「あはは……」


「笑う元気もねえじゃねえか」


せっかくの。


名湯だった。


柔らかな湯に包まれ。


身体の奥に溜まっていた疲れも。


すっかり抜けた。


はずだった。


だが。


サウナから出てきた二人は。


温泉へ入る前より。


明らかに疲れていた。


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