第195話 栄枯盛衰だけではない
皆が聞き入っている中。
リコちゃんは。
ホテルの由来について話を続けていた。
「この宿を始めた人は、もともと近くの神殿に仕える楽師だったそうです」
「楽師?」
リシュンが聞き返した。
「はい」
リコちゃんは。
手元の紙へ目を落とす。
「ずっと昔、遠い国から来た旅人が、泊まる場所を見つけられずに困っていたそうです」
当時。
外国から来る人間は珍しかった。
言葉も違う。
習慣も違う。
何を食べるのかすら。
よく分からない。
「だから、誰も泊めたがらなかったそうです」
「まあ、そうなるか」
ユージが呟く。
「でも、その楽師は違いました」
「ほう」
「困っている旅人を放っておけなくて、自分の家に泊めたんです」
神楽耶が。
感心したように頷く。
「なかなか見どころのある男じゃのう」
「その旅人は、とても喜んだそうです。そして、別れ際に、こう言ったそうです」
リコちゃんは。
一度。
紙から顔を上げた。
「これからは、もっとたくさんの人が、この国を訪れるようになる」
「その人たちを、あなたの家に泊めてあげてほしい」
それが。
始まりだった。
最初は。
ただの家だった。
そこへ。
一人。
また一人と。
旅人が泊まるようになった。
やがて。
小さな宿になり。
少しずつ大きくなって。
今の宿になったのだという。
「へえ……」
タケシトが。
珍しく真面目な顔をしていた。
「いい話じゃねえか」
「お前が調べたんだろ」
「あはは。そうだった」
「もう酔ってんじゃねえか!」
再び。
車内に笑い声が響く。
だが。
ユージだけは。
少し首を傾げていた。
「…………」
「どうしました?」
ナーチャンが尋ねる。
「いや」
「何か?」
「なんかさ」
ユージは。
顎を掻いた。
「どっかで聞いたことあるような話なんだよなあ」
「日本で、ですか?」
「うーん……」
考える。
だが。
出てこない。
「まあ、いいか」
そう言って。
ユージは再び酒を飲んだ。
「リコちゃん!」
タケシトが叫ぶ。
「はい?」
「次は歌だ!」
「やりません!」
「バスガイドってのは歌うもんだぞ!」
「絶対やりません!」
「あははは!」
バスは。
国境へ向かって走り続けた。
◇ ◇ ◇
それから。
しばらくして。
「リーダー」
「ん……」
「そろそろ着くぞ」
「ん?」
いつの間にか眠っていたユージが。
目を覚ました。
窓の外を見る。
「…………」
川。
深い谷。
その向こうには。
緑に覆われた山々。
そして。
川沿いに続く。
温泉街。
だったのだろう。
「確かに……」
ユージは。
窓の外を眺めた。
「寂れてんな」
古びた建物。
閉じられた宿。
色褪せた看板。
人通りも少ない。
かつては。
多くの旅人で賑わっていたのだろう。
そんな面影だけが。
ところどころに残っている。
「だろ?」
タケシトが笑う。
「でもさ」
ユージが言った。
「温泉はちゃんと出てるんだろ?」
「ああ。湯は昔と変わらねえらしい」
「もったいねえなあ」
ユージは。
もう一度。
窓の外を見る。
「便利になったら、客が来なくなったか」
「変な話だよな」
「まあな」
だが。
ユージには。
少しだけ分かる気がした。
便利になれば。
人の流れは変わる。
人の流れが変われば。
栄える場所も変わる。
昔。
駅前にあった店が。
大きな道路ができた途端に寂れてしまう。
そんな話は。
日本でも珍しくなかった。
「栄枯盛衰ってやつかねえ」
「なんだ、それ?」
「栄えたものも、いつかは衰えるってこと」
「ふーん」
「まあ、全部がそうなるとは限らないけどな」
その時。
「おっ?」
ユージが。
窓の外に何かを見つけた。
川岸に。
何艘もの細長い舟が並んでいる。
「なんだ、あれ?」
「ああ」
タケシトも。
窓の外を見る。
「川下りだよ。この辺の名物らしいぜ」
「川下り?」
「あの舟に乗って、この川を下るんだと」
「へえ!」
ユージが。
身を乗り出した。
流れは。
思っていたよりも速い。
ところどころ。
大きな岩も見える。
「結構、面白そうじゃん」
「あはは! だろ?」
「明日、乗ってみるか」
「いいな!」
「私は遠慮します」
ナーチャンが。
即答した。
「早いな!」
「見るからに濡れそうです」
「そこ?」
「それに、揺れそうです」
「温泉旅行なんだから、多少濡れたっていいじゃん」
「嫌です」
「そうですか」
すると。
リシュンが。
興味深そうに舟を眺めた。
「あの舟……」
「おい」
「なんだ?」
「今、何考えた?」
「いや。あれだけ細長い舟で、あの流れを下るなら――」
「旅行中くらい発明から離れろ!」
「まだ何も言ってないだろ!」
「顔見りゃ分かるわ!」
そんな話をしているうちに。
バスは。
舟着き場のすぐ近くまでやってきた。
そして。
川沿いの道を。
ゆっくりと曲がる。
「ん?」
ユージが。
もう一度。
窓の外を見る。
景色が。
変わった。
手入れされた木々。
石造りの門。
磨き込まれた玄関。
そして。
渓谷を望むように建つ。
大きな宿。
派手ではない。
むしろ。
落ち着いている。
木と石をふんだんに使い。
周囲の自然へ溶け込むように建っている。
だが。
「…………」
どう見ても。
普通の温泉宿ではなかった。
周囲の温泉街が。
時代に取り残されたように静まり返っている中。
その宿だけは。
かつての雄姿を。
そのまま残しているかのようだった。
バスが停まる。
ユージは降りた。
そして。
宿を見上げる。
「…………」
しばらく。
黙っていた。
「タケシト」
「なんだ?」
「お前」
もう一度。
宿を見る。
「寂れたところって言わなかった?」
「あはは!」
「なんだよ!」
「俺が言ったのは、寂れた温泉街だ」
「先に言えよ!」
「場所は寂れてただろ?」
「宿が全然寂れてねえよ!」
タケシトが。
楽しそうに笑う。
「ここは別格らしいぜ」
「別格?」
「ああ。周りの宿が次々なくなっても、ここだけは昔から変わらねえ」
「へえ」
「今じゃ、王国の貴族だって、わざわざ泊まりに来るそうだ」
「…………おい」
「なんだ?」
「それ」
ユージは。
もう一度。
立派な宿を見上げた。
「絶対、高いやつじゃん」
「あははは!」
「笑ってんじゃねえよ!」
栄えた温泉街は。
時代とともに衰れた。
だが。
すべてが。
同じように衰れたわけではない。
時代が変わっても。
人を惹きつけ続けるものもある。
「まあ、いいか」
ユージは。
宿の入口へ歩き出した。
そして呟いた。
「いい宿だな」
「せっかく来たんだ」
「予算はたっぷりあるんだろ?
「値段なんか気にせずに」
「温泉を楽しもうぜ!」




