第194話 温泉に行こう
各国への挨拶回りを終え。
ユージたち一行は。
ようやくユージア国へ戻ってきた。
「なんか疲れたな……」
ユージは椅子にだらしなく腰掛け。
大きく息を吐いた。
「ユージ様らしくありませんね」
ナーチャンは。
いつも通りの塩対応だった。
「そんなこと言ってもさ。俺も戻ってきたばっかりなんだぜ」
「ええ。一年ぶりですもんね」
「そうだろ?」
「その間の執務代理は、誰がやっていたとお思いですか?」
「だから、それを言うなよ!」
ユージは身体を起こした。
「俺だって好きで一年も留守にしたわけじゃないんだから」
「存じております」
「強制的に戻されちゃったんだからさ」
「ええ」
「だから俺は悪くない」
「それと仕事をしなくてよいこととは、別問題です」
「…………」
正論だった。
ユージは再び。
椅子へ沈み込む。
その時。
「リーダー、いるか!」
大きな声とともに。
扉が開いた。
「おう、タケシトか。どうした? 飲みに行くにはまだ早いぜ」
「あはは! 朝から飲んでもいいんだが、今日はちょっといい場所を紹介しようと思ってな」
「いい場所?」
「ああ」
タケシトがニヤリと笑う。
「ずばり、温泉だ」
「おー!」
ユージが。
突然元気になった。
「そりゃいいな! ちょうど疲れを癒したかったんだ」
「あはは。そう思ってな」
「で、どこだ? また、あの聖王国との境の山間か?」
「いや。今回は違う」
「ほう」
「王国との国境近くだ。もうちょっと寂れたところだ」
「いいねえ!」
ユージの目が輝く。
「鄙びた温泉宿ってのも、そそるな!」
「じゃあ決定だ!」
タケシトが。
ナーチャンを見る。
「ナーチャンも行くよな?」
「いえ。私は公務がありますので」
「まあまあ」
タケシトが。
ナーチャンへ近づいた。
そして。
何やら耳打ちする。
「温泉地ってのは、気が緩んで本音が出やすいんだぜ」
「本音とは?」
「一年ぶりなんだろ?」
ちらり。
ユージを見る。
「リーダーに接近するチャンスじゃねえか」
「…………接近」
ナーチャンの動きが止まった。
しばらく。
何かを考える。
「では、1泊2日だけですよ」
「え?」
ユージが驚く。
「いいのか?」
「お疲れのようですので、仕方ありません」
「悪いな!」
「ええ。ただし、私も同行します」
「仕事は大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
ナーチャンは。
きっぱりと言った。
「私、優秀なので」
「そうか。そりゃ楽しくなりそうだな」
「…………」
なぜか。
ナーチャンは少しだけ不満そうな顔をした。
「じゃあ、リシュンたちにも声掛けるか」
「そうだな。俺が段取りしとくぜ」
「じゃあ、明日な!」
「おう!」
こうして。
突然。
二泊三日の温泉旅行が決まった。
◇ ◇ ◇
翌日。
ユージア城の前。
「…………」
ユージは。
目の前に停まっている巨大な乗り物を見上げていた。
「おい」
「なんだ?」
「これ……」
どう見ても。
バスだった。
しかも。
普通のバスではない。
大きな窓。
ずらりと並んだ座席。
妙に豪華な内装。
「社員旅行とかに行く時に使う、貸し切りバスじゃねえか!」
「そうだろ?」
中から。
リシュンが得意げな顔で降りてきた。
「こんなの、どこから調達したんだ?」
「以前、リーダーが昔話だと言って、会社のみんなで旅行した話をしてただろ?」
「ああ。昭和の思い出な」
「それを聞いて、俺も行ってみたくなってな」
「…………」
ユージは。
もう一度バスを見る。
「って、それでバスを再現しちゃったの?」
「ああ!」
リシュンは。
得意げに大きく頷いた。
「お前さ」
「なんだ?」
「前から思ってたけど」
ユージは真顔で言った。
「バカなの?」
「なに!?」
「だってさ。社員旅行の再現はいいよ」
「ああ」
「だからって、観光バスまで作っちゃうなんて、普通ないでしょ!」
「いや!」
リシュンが反論する。
「家を出てから家に帰るまでが旅行ですって言ってたの、リーダーだろ!」
「それは小学生の遠足の話な」
「…………」
「…………」
「まあいいや」
ユージは。
あっさり諦めた。
「これはこれで風情があっていいしな」
「だろ?」
「リーダー!」
そこへ。
タケシトが割って入る。
「酒もつまみも、たっぷり積んであるぜ!」
「おっ、いいねえ! これぞ社員旅行って感じだな!」
「ユージ様」
「はい」
「まだ朝ですよ」
「いいんだよ。社員旅行ってのは、バスに乗った瞬間から酒を飲んでいいんだ」
「そのような決まりが?」
「昭和にはあった」
「ありません」
「…………」
「異世界で適当な文化を広めないでください」
「はい」
そして。
続々と参加者が集まってきた。
神楽耶。
マイヤン。
そして。
リコちゃん。
ユージ。
タケシト。
リシュン。
ナーチャン。
合わせて七人。
「おい」
ユージは。
改めて全員を見回した。
「社員旅行って言ってるけど、社員じゃない奴ばっかりじゃねえか」
「細かいこと気にすんなよ!」
「あははは!」
こうして。
七人を乗せた貸し切りバスは。
ユージア城を出発した。
◇ ◇ ◇
「それじゃあ!」
タケシトが。
なぜか酒瓶を掲げた。
「出発!」
「おー!」
「って、乾杯じゃねえんだから!」
ぷしゅっ。
「もう開けてるし!」
「あはは! リーダーも飲むだろ?」
「まあ、飲むけど」
「飲むんですね……」
ナーチャンが呆れる。
「いいじゃん。今日は休みなんだろ?」
「まだ朝です」
「固いこと言うなって」
酒。
つまみ。
笑い声。
バスの中は。
あっという間に。
昭和の社員旅行と化した。
「いやあ……」
ユージは。
座席へ深く腰掛ける。
「こういうの、久しぶりだなあ」
「日本でも行っていたのか?」
リシュンが尋ねる。
「ああ。昔は会社のみんなでな。こういうバスに乗って、温泉とか行ったんだよ」
「楽しかったのか?」
「うーん」
ユージは考える。
「若い頃は、休みの日まで会社の人間と一緒かよって思ってた」
「なんだ、それ」
「でもさ」
流れていく景色を眺める。
「今思えば、結構楽しかったのかもな」
「ふーん」
「まあ、今の若い奴にやったら、嫌がられるだろうけどな」
「何の話じゃ?」
いつの間にか。
神楽耶が。
酒瓶を持って隣に座っていた。
「うおっ! いつ来たんだよ!」
「最初からおったぞ」
「全然気付かなかった」
「失礼な奴じゃのう」
そう言いながら。
神楽耶がユージの杯へ酒を注ぐ。
「まあ、飲め」
「お前も朝からかよ」
「旅先で飲む酒は別腹じゃ」
「酒に腹は関係ねえだろ」
「あははは!」
その時。
ぱんぱん!
手を叩く音がした。
「はい、みなさーん!」
車内に。
リコちゃんの声が響いた。
「ん?」
既に。
いい具合に酔っ払っていたユージが顔を上げる。
通路の前方。
そこには。
妙な帽子を被ったリコちゃんが立っていた。
「…………」
「…………」
「何してんの? リコちゃん」
「私に聞かないでください!」
リコちゃんが。
タケシトを指差した。
「あの人が、社員旅行にはバスガイドが必要だって!」
「あはは! 雰囲気出るだろ?」
「お前なあ……」
「それでは!」
やけくそになったのか。
リコちゃんが声を張る。
「これから向かう温泉街について、ご説明します!」
「おー!」
タケシトが拍手する。
ぱちぱちぱち。
神楽耶も拍手する。
「頑張るのじゃ!」
「うう……」
リコちゃんは。
手元の紙を見る。
「えー」
「これから向かう温泉街は、ユージア国と王国の国境近くにあります」
「ほう」
「古くから温泉が湧き出していて、昔は国境を越える旅人や商人で、とても賑わっていたそうです」
ユージは。
酒を飲みながら耳を傾ける。
「でも、今は違うんだろ?」
「はい」
リコちゃんが頷いた。
「道が良くなって、移動が便利になったので、ここで泊まらずに国境を越える人が増えました」
「あー」
ユージは。
妙に納得した。
「なるほどね」
便利になったから。
寂れた。
なんとも。
皮肉な話だった。
「それで、今では閉めてしまった宿も多いそうです」
「もったいねえなあ」
「でも!」
リコちゃんが。
少し得意げに声を上げる。
「今日、私たちが泊まる宿は別です!」
「ほう?」
「この温泉街が栄えるよりも前からある、とても古い宿だそうです」
「老舗なんだな」
「はい。今でもユージア国や王国だけでなく、遠くの国からも、たくさんのお客さんがわざわざ泊まりに来るそうです」
「へえ」
いつの間にか。
皆。
リコちゃんの話を聞いていた。
そして、さっきまで騒いでいたタケシトさえも。
酒瓶を持ったまま黙っていた。




