第192話 帰還報告~ネバランド帝国編②
「ユージさん!」
部屋へ入った瞬間。
懐かしい声が聞こえた。
「おう」
ユージは片手を上げる。
「久しぶり、ジン」
「本当にユージさんだ!」
ジンが駆け寄ってくる。
「本当に帰ってきたんですね!」
「ああ」
「良かったぁ……」
満面の笑みだった。
第一学校で学んでいた頃より。
少し背が伸びただろうか。
服装も変わっている。
以前は。
どこにでもいる少年だった。
今は。
それなりに上等な服を着ている。
「なんか、偉そうになったな」
「えっ?」
「服」
「ああ、これですか」
ジンが苦笑する。
「皇帝陛下が、もう少しまともな格好をしろって」
「ペーターが?」
「はい」
「あいつにに言われたくねえよな」
「ユージさん!」
「ははは」
一年ぶり。
とはいえ。
ユージにとっては。
一か月ほど前まで一緒にいた生徒である。
あまり久しぶりという感じもしない。
それでも。
元気そうな顔を見れば。
やはり嬉しい。
「街、見てきたよ」
「え?」
「すげえじゃん」
「…………」
ジンの表情が。
ほんの少しだけ変わった。
だが。
ユージは気付かない。
「店も増えてたし、商品もいっぱいあった」
「はい」
「鉄道も港も、すげえことになってたぞ」
「はい」
「ペーターも喜んでた」
「……そうですね」
「税収も増えたって、自慢してたぞ」
「はい」
ユージは笑った。
そして。
ジンの肩を叩いた。
「よくやったな」
「…………」
「俺の教えたこと、ちゃんと使ってんじゃん」
「…………」
「ジン?」
少年は。
俯いていた。
「どうした?」
「ユージさん」
「ん?」
ゆっくり。
顔を上げる。
「……本当に、そう思いますか?」
「何が?」
「俺」
ジンは少し迷ってから。
口を開いた。
「ユージさんに、見てもらいたいものがあります」
◇ ◇ ◇
二人は。
帝城を出た。
ナーチャンたちには残ってもらった。
久しぶりに。
先生と生徒。
二人だけで歩く。
「どこ行くんだ?」
「少し遠いです」
「そうなの?」
「はい」
「馬車使う?」
「いえ」
ジンは首を振った。
「歩いて行きたいんです」
「そっか」
それ以上。
ユージは聞かなかった。
街を歩く。
相変わらず。
活気に満ちていた。
「新しい靴だよ!」
「こっちの服、今日だけ安いよ!」
「新しい鍋が入ったぞ!」
商人の声。
客の声。
子供たちの笑い声。
一軒の店から。
女性が出てきた。
両手には。
いくつもの荷物。
その隣では。
子供が新しい玩具を抱えている。
「いい街になったな」
ユージが言う。
「……はい」
ジンが答える。
「前より、みんな豊かになりました」
「だろうな」
「欲しいものが買えるようになった」
「うん」
「仕事も増えました」
「うん」
「給料も上がった」
「いいことじゃん」
「はい」
ジンは。
それ以上何も言わなかった。
しばらく歩く。
中心街を抜け。
人通りが少なくなる。
さらに。
歩く。
やがて。
建物も少なくなった。
「まだ?」
「もう少しです」
「結構歩くな」
「すみません」
「いいよ」
そして。
街外れまで来たところで。
ジンが立ち止まった。
「ここです」
「ん?」
ユージは。
ジンの視線の先を見る。
「…………」
そこには。
山があった。
いや。
山ではない。
壊れた家具。
穴の開いた鍋。
欠けた食器。
古い服。
木箱。
樽。
玩具。
そして。
まだ使えそうな物まで。
様々な物が。
大量に積み上げられていた。
「……ゴミか?」
「はい」
ユージの顔から。
笑みが消えた。
「これ、全部?」
「はい」
「いつから?」
「少し前からです」
「…………」
ユージは近づく。
一つの鍋を手に取った。
少し焦げている。
だが。
穴が開いているわけでもない。
取っ手も付いている。
「これ」
「はい」
「まだ使えるじゃん」
「そうなんです」
ジンが。
小さく答えた。
「新しい鍋が売られると、古い鍋を捨てる人が出てきました」
「…………」
「もっと軽いもの」
「もっと使いやすいもの」
「もっときれいなもの」
「もっと便利なもの」
「そういう商品を、俺たちは作りました」
ユージは黙って聞く。
「市場の声を聞け」
ジンが呟いた。
「ユージさんに教えてもらった通りです」
「人が何に困っているのか」
「何を欲しがっているのか」
「それを調べました」
「そして」
積み上げられた物を見る。
「欲しがっているものを作りました」
「売れました」
「すごく売れたんです」
「だから、もっと作りました」
「他の商人も真似しました」
「もっと便利なものを作った」
「もっと安いものを作った」
「もっときれいなものを作った」
「そうしたら」
ジンは。
目の前の山を見た。
「こうなりました」
「…………」
風が吹いた。
古い布が。
ぱたぱたと音を立てる。
「最初は」
ジンが続ける。
「いいことだと思ってたんです」
「帝国は豊かになりました」
「商人は儲かった」
「職人の仕事も増えた」
「働く人の給料も上がった」
「みんなが、前よりたくさん物を買えるようになった」
「皇帝陛下も喜んでくれました」
「…………」
「俺も」
少しだけ。
声が震えた。
「成功したと思ってました」
ユージは。
何も言わない。
「でも」
ジンは俯いた。
「学校で、愛ちゃん先生に教わったことを思い出したんです」
「愛ちゃん?」
「はい」
「市場は、人を豊かにする」
「でも」
ジンは。
ゆっくりと言葉を選んだ。
「一人ひとりにとって正しいことでも」
「みんなが同じことをすれば、社会全体にとって悪い結果になることがあるって」
「…………」
ユージは。
積み上げられた物を見る。
王国で見た。
製鉄所の煙。
魔王国で見た。
削られた山。
舞い上がる石炭の粉。
聖王国で。
セシルから聞いた。
変わり始めた雨の降り方。
そして。
目の前にある。
大量の廃棄物。
「ユージさん」
ジンが。
ユージを見る。
「俺」
その顔は。
第一学校で答えを求めていた頃の。
少年の顔に戻っていた。
「ずっと、聞きたかったんです」
「うん」
「帝国のためにやりました」
「うん」
「みんなに、豊かになってほしかった」
「うん」
「でも……」
ジンは。
もう一度。
ゴミの山を見た。
「俺がやったことって」
そして。
ユージを見る。
「本当に、正しかったんでしょうか?」




