第191話 帰還報告~ネバランド帝国編①
ネバランド帝国。
王国。
魔王国。
聖王国。
各国を回ってきた帰還報告の旅も、
いよいよ最後の国となった。
「……やっぱり、ここも変わったな」
馬車の窓から外を眺めながら、ユージは呟いた。
「そうですね」
隣に座るナーチャンも頷く。
王国。
魔王国。
聖王国。
どの国も。
この一年で大きく変わっていた。
そして。
どうやらネバランド帝国も例外ではないらしい。
もともとネバランド帝国は、四大国の中でも商業の盛んな国だった。
大きな港を持ち。
世界各地から商人が集まり。
様々な品物が行き交う。
以前から。
活気のある国ではあった。
だが。
今は、その活気の種類が違う。
街道を行き交う馬車。
荷物を積んだ荷車。
通りに並ぶ商店。
そして。
人。
人。
人。
「おおっ!」
ユージが窓へ顔を近づけた。
「なんだ、あの店」
大きな建物だった。
一つの店なのに。
入口がいくつもある。
店先には、鍋や食器。
服。
靴。
家具。
見たこともないような生活用品まで並べられていた。
その前を、大勢の人々が行き交っている。
「ずいぶん繁盛してるな」
「そのようですね」
さらに進む。
今度は。
同じような品物を扱う店が何軒も並んでいた。
「こっちの鍋は二割引きだよ!」
「うちなら三つ買えば、もう一つおまけだ!」
「新商品が入ったよ!」
「今なら特別価格!」
あちこちから。
威勢のいい声が聞こえてくる。
「…………」
ユージは。
思わず笑った。
「ジンの奴」
「はい?」
「ずいぶん派手にやったみたいだな」
ナーチャンも笑う。
「やはり、分かりますか?」
「そりゃ分かるよ」
売る。
買う。
競争する。
客が欲しがるものを調べる。
新しい商品を作る。
そして。
もっと売る。
第一学校で。
ジンが学んでいたことばかりだ。
「市場の声を聞け、か」
ユージは呟いた。
「ちゃんと聞いたみたいだな。あいつ」
少なくとも。
街を歩く人々の表情は明るい。
新しい服。
新しい靴。
きれいな鞄。
中には。
両手いっぱいに買い物袋を抱えている者までいる。
「すげえな」
ユージは素直に感心した。
「ジン、頑張ったんだな」
◇ ◇ ◇
帝都の中心へ近づくと。
その変化はさらに大きくなった。
大きな倉庫。
その前に並ぶ荷馬車。
鉄道の貨物駅には。
大量の商品が積み上げられている。
「魔王国とは、また違うな」
魔王国でも。
リリスが物流網を大きく発展させていた。
だが。
こちらは。
運ばれている物の種類が違う。
石炭。
鉱石。
木材。
そういった産業を支える物だけではない。
鍋。
食器。
家具。
衣服。
酒。
菓子。
玩具。
とにかく。
ありとあらゆる商品が運ばれている。
駅から街へ。
街から港へ。
港から外国へ。
そして。
外国から入ってきた品物が、また帝国各地へと運ばれていく。
「なるほどなあ」
「何か分かったのですか?」
「ああ」
ユージは窓の外を眺めながら頷いた。
「作るだけじゃないんだ」
「はい?」
「作って、運んで、売る」
「売れたら、もっと作る」
「もっと作るために、人を雇う」
「人が稼げば、また物を買う」
「そうすると、また物が売れる」
ナーチャンが少し考える。
「それで、さらに作るのですね」
「そういうこと」
ユージは笑った。
「経済が回ってんだよ」
もちろん。
そんな単純な話だけではない。
だが。
少なくとも。
目の前の光景を見れば分かる。
物が動き。
金が動き。
人が動く。
そのすべてが。
以前とは比べものにならないほど速くなっている。
「ジンの奴、すげえな」
もう一度。
ユージは呟いた。
第一学校へ来たばかりの頃。
ジンはすでに。
自分で漁具を作り。
それを売り。
港の仕事を分業させ。
人より少し先に。
商売の仕組みを考える少年だった。
それが。
市場経済を学び。
客を見ることを覚え。
商品を作る者たちと力を合わせることを覚えた。
そして。
国へ帰った。
「そりゃ、こうなるか」
ユージは笑った。
「どうされました?」
「いや」
首を振る。
「いい生徒だったなと思ってさ」
◇ ◇ ◇
帝城。
謁見の間へ入った瞬間だった。
「おお!」
玉座に座っていた男が立ち上がった。
「来たな!」
「おう」
ユージも片手を上げる。
「久しぶり、ペーター」
「久しぶりじゃねえか!」
皇帝。
ペーター三世。
相変わらず。
皇帝らしい威厳というものが。
あまりない。
玉座を降り。
ずかずかと歩いてくると。
そのままユージの肩を叩いた。
「この野郎!」
「痛い痛い」
「どこ行ってやがった!」
「っていうか」
ユージは顔をしかめた。
「元はと言えば、お前んとこのシュタイン爺さんのせいだろうが!」
「あはは、悪い悪い」
ペーターは笑いながら頭を掻いた。
「まあ、さすがの爺さんも、あの後しばらくは反省してたぞ」
「しばらくだけかい!」
「爺さんだからな」
「理由になってねえよ!」
「まあまあ」
「まったく……」
ユージは呆れながらも。
思わず笑った。
「まあ」
ペーターも。
にやりと笑う。
「帰ってきたんならいいけどな」
「軽いな!」
「生きて帰ってきた奴に説教しても仕方ねえだろ」
「誰のせいだよ」
「爺さん」
「お前んとこのな!」
「それより!」
「誤魔化したな?」
ペーターの顔が。
急に嬉しそうになる。
「見ただろ?」
「帝都?」
「ああ!」
「見た見た」
ユージは笑った。
「すげえじゃん」
「だろ?」
ペーターは胸を張った。
「税収は増えた」
「仕事も増えた」
「商人は儲かる」
「職人も儲かる」
「港なんか、毎日船が順番待ちだ」
「へえ」
「輸出も増えたぞ」
「そりゃすごい」
「この一年でな」
ペーターは。
自慢げに笑った。
「帝国は、かなり豊かになった」
「みたいだな」
ユージは頷く。
「ジン、頑張ったんだな」
「なんだ」
ペーターが少しつまらなそうな顔をした。
「分かってたのか」
「街を見りゃ分かるよ」
「そうか?」
「あいつに教えたこと、そのまんまだもん」
「ははは!」
ペーターが笑う。
「確かにな!」
そして。
嬉しそうに続けた。
「あの問題児、とんでもねぇぞ」
「最初から見込みあったじゃん」
「だから、お前んところに送り込んだんだろうが」
「そうだったな」
優秀な兵士なら。
この国にはいくらでもいる。
だが。
国を豊かにできる人間は。
そうはいない。
かつて。
ペーターはそう言って。
ジンをユージア国へ送り出した。
そして。
その判断は。
どうやら正しかったらしい。
「会いたいな」
ユージが言った。
「どこにいるんだ?」
「ああ」
ペーターが答える。
だが。
その表情が。
ほんの少しだけ変わった。
「それがな」
「ん?」
「最近、あいつ」
珍しく。
ペーターが言葉を選ぶ。
「なんか、悩んでるみたいなんだよ」
「ジンが?」
「ああ」
「何を?」
「さあな」
ペーターは肩をすくめた。
「俺が聞いても、よく分からん」
「…………」
ユージは首を傾げた。
ここへ来る途中。
見てきたものを思い出す。
活気に満ちた街。
溢れる商品。
忙しそうに働く人々。
買い物を楽しむ人々。
増えた仕事。
増えた収入。
どう見ても。
上手くいっている。
「何を悩むことがあるんだ?」
「俺もそう思うんだけどな」
ペーターは。
少し困ったように笑った。
「まあ」
そして。
ユージの肩を。
もう一度叩いた。
「お前が聞いてやってくれ」
「俺が?」
「ああ」
ペーターは頷く。
「あいつ、お前が帰ってきたって聞いた時」
少しだけ笑った。
「すげえ嬉しそうな顔してたからよ」




