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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第190話 帰還報告~聖王国編②

「セシルは、どこにいるんだ?」


「今頃は、いつもの場所にいるはずなのだよ」


「いつもの場所?」


「行けば分かるのだよ」


「なんだよ、それ」


相変わらず。


妙に含みを持たせた言い方をする男である。


枢機卿に案内され。


ユージたちは大神殿の奥へと進んだ。


長い廊下を抜け。


いくつかの部屋を通り過ぎる。


やがて。


「ここなのだよ」


枢機卿が一つの扉を開けた。


「…………」


ユージは中を覗き込む。


そして。


「なんだ、これ?」


思わず声が出た。


広い部屋だった。


壁には巨大な地図。


その地図には、色とりどりの印が付けられている。


机の上には。


大量の書類。


書類。


書類。


そして。


また書類。


その真ん中で。


一人の少女が、紙の束と格闘していた。


「えーっと……こっちは雨量が増加。こっちは井戸の水位が低下……」


紙に何かを書き込む。


別の紙を手に取る。


「北部の小麦は……去年より少し収穫量が……」


さらに。


別の紙。


「河川水位……」


「セシル」


「はい!?」


びくっ。


少女が顔を上げた。


「枢機卿様、今ちょっと忙し――」


途中で。


止まった。


「よう」


ユージが片手を上げる。


「…………」


セシルは。


目を見開いたまま動かない。


「久しぶり」


「…………」


「元気だった?」


「…………」


「おーい」


「ユージ先生!」


勢いよく立ち上がった。


ガタン!


椅子が後ろへ倒れる。


「うおっ」


「本物ですか!?」


「たぶん」


「本当に本物ですか!?」


「偽物がいるの?」


「ユージ先生!」


セシルが駆け寄ってくる。


そのまま。


ユージの両手を握った。


「本当に帰ってきたんですね!」


「ああ」


「良かったぁ……」


顔いっぱいに笑みが広がる。


「みんな、すごく心配してたんですよ!」


「悪かったよ」


「私も、何か予兆がなかったのかって、ずっと調べたんです」


「俺が消える予兆?」


「はい!」


「そんなもんまで調べてたの?」


「でも、何も見つかりませんでした」


「いや」


ユージは首を振った。


「俺が消えた時の予兆は、間違いなくシュタインの爺さんの暴走だ」


「……それは予兆なんでしょうか?」


「少なくとも、あの爺さんが大人しくしてたら、俺は消えてない」


「それはそうですけど……」


セシルは困ったように首を傾げた。


「でも、それは予兆というより、原因なのでは?」


「…………」


言われてみれば、その通りである。


「セシル」


「はい?」


「成長したな」


「そこですか!?」


「でも、良かったです」


セシルはもう一度笑った。


「本当に」


「うん」


ユージも笑う。


「ただいま、セシル」


「はい!」


◇ ◇ ◇


「それにしても……」


ユージは部屋を見回した。


「すごいことになってんな」


「あっ」


セシルが少し恥ずかしそうに笑った。


「散らかってて、すみません」


「いや、そういう意味じゃなくて」


壁の地図を見る。


「これ、全部お前が調べてんの?」


「はい」


「一人で?」


「各地から報告してもらっています」


セシルは机の上の書類を手に取った。


「雨の量や、川の水位、作物の収穫量、病気の発生状況、それから事故や災害なんかもです」


「へえ」


「全部を見るのは大変ですけど」


セシルは嬉しそうに笑った。


「学校で教えていただいた予兆管理が、本当に役に立ってるんですよ」


「そっか」


ユージは素直に嬉しくなった。


自分が教えたことを。


ちゃんと覚えている。


それどころか。


実際の仕事に使っている。


「枢機卿から聞いたよ」


「何をですか?」


「お前、ずいぶん頑張ってるらしいじゃん」


「いえいえ」


セシルは慌てて両手を振った。


「そんなに頑張ってはいないんですよ」


「そうなの?」


「はい」


セシルは笑った。


「学校と実地研修で学んだことを生かして、気付いたことを、すべて神様に報告しているだけなんです」


「……神様に?」


「はい!」


「…………」


ユージは。


ちらりと枢機卿を見る。


枢機卿は。


にこにこしている。


「そうすると、何故か巫女さまが神託の言葉として、皆を導いてくれるのです」


「何故か、ねえ……」


「不思議ですよね!」


「うん」


ユージはもう一度。


枢機卿を見る。


やっぱり。


にこにこしている。


「だから、私はもっともっと世の中の状況を良く見極めて、どんどん神様に報告していかなきゃなんないんです」


「……そっか」


「はい!」


満面の笑みだった。


(こいつ、絶対分かってないな)


ユージは思った。


だが。


本人がやる気になっているのだから。


余計なことを言う必要もないだろう。


たぶん。


◇ ◇ ◇


「それで」


ユージは壁の地図へ近づいた。


「さっきの神託も、お前が気付いたの?」


「南部の大河ですか?」


「そう、それ」


「はい」


セシルの表情が変わった。


先ほどまでの笑顔が消える。


「最近、少し変なんです」


「変?」


「雨の降り方が」


セシルは地図の一点を指差した。


「この辺りでは、以前より雨の降らない日が増えています」


「雨が減ったってこと?」


「いえ」


セシルは首を振った。


「一年間に降る雨の量そのものは、それほど変わっていません」


「じゃあ、何が変なんだ?」


「降り方です」


「降り方?」


「はい」


セシルは別の紙を取り出した。


「雨が降らない日が長く続くようになったのに、一度降り始めると、ものすごくたくさん降るんです」


「へえ」


「だから、川の水位が急に上がることが増えました」


「それで堤防か」


「はい」


「なるほどね」


「別の地域では、逆のことも起きています」


「逆?」


「雨が少ないままなんです」


セシルは地図の別の場所を指差す。


「井戸の水位が下がったり、作物の育ちが悪くなったりしています」


「ふーん……」


ユージは地図を見る。


「昔から、そういう土地だったんじゃないの?」


「私も最初はそう思いました」


「違うの?」


「昔の記録も調べました」


セシルは机から分厚い記録を持ってきた。


「十年前。二十年前。残っているところは、もっと昔まで」


「そこまで調べたの?」


「はい」


「真面目だなあ」


「予兆管理ですから!」


胸を張る。


だが。


すぐに。


その表情が曇った。


「やっぱり、最近なんです」


「何が?」


「こういう変化が増えたのが」


「…………」


「だから、何か原因があると思うんです」


セシルは地図を見る。


「でも」


少し困ったように。


首を傾げた。


「それが、まだ分からないんです」


「天気なんて、そんなもんじゃないの?」


「そうなんでしょうか?」


「俺に聞くなよ」


「ユージ先生なら、何か知ってるかと思って」


「俺は天気の専門家じゃないよ」


「そうですよね」


「納得するの早いな」


セシルが笑った。


ユージも笑う。


だが。


壁に貼られた地図が、少し気になった。


雨。


川。


井戸。


作物。


昨日見た。


魔王国の山。


削られた斜面。


舞い上がる石炭の粉。


その前に見た。


王国の製鉄所。


空へ伸びる煙。


「…………」


「ユージ先生?」


「あ?」


「どうしました?」


「いや」


ユージは首を振った。


「なんでもない」


まだ。


それぞれが結びつく理由などない。


ただ。


なんとなく。


本当に、なんとなくだが。


この一年。


世界は少し変わった。


そんな気がした。


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