第189話 帰還報告~聖王国編①
聖王国。
かつてユージが、巫女であるヨーコを連れ出した国である。
まあ。
ユージ自身に、攫ったつもりはない。
本人がついてきたのだから、仕方がない。
たぶん。
「……相変わらずだな」
久しぶりに訪れた聖都を歩きながら、ユージは周囲を見回した。
王国や魔王国と同じように、この国もずいぶん変わっている。
建物が増え、人も増えた。
行き交う荷車には各国の商品が積まれ、以前より明らかに活気がある。
だが。
中央にそびえる大神殿だけは、何も変わっていなかった。
「やっぱり、ここだけは変わらないんだな」
「聖王国の信仰の中心ですから」
ナーチャンが答える。
「まあ、そりゃそうか」
そんなことを話しながら大神殿へ近づくと。
大勢の人が集まっていることに気づいた。
「なんだ?」
大神殿の前にある広場。
そこを埋め尽くすように、人々がひざまずいている。
その視線の先には。
白い衣装を身にまとった、一人の少女が立っていた。
「……あれ?」
見覚えのない少女だった。
もちろん。
ヨーコではない。
「巫女?」
「そのようですね」
ナーチャンが答えた。
「新しい巫女、作ったの?」
「私に聞かれましても」
「だよな」
やがて。
少女が静かに両手を組んだ。
広場が静まり返る。
そして。
厳かな声が響いた。
「神より、御言葉を賜りました」
おお――。
民衆から小さなどよめきが起こる。
「南部を流れる大河。その水は、いずれ大きく増すでしょう」
ユージは眉を上げた。
「川?」
「はい」
「川沿いに住む者は、堤を高くしなさい。そして、もしもの時に備え、高き場所へ逃れる道を定めなさい」
「…………」
「老人、幼き者、身体の不自由な者を、誰が助けるのか。それをあらかじめ決めておきなさい」
ユージは黙って聞いていた。
「神は仰せです。備えることを恐れてはなりません。備えが無駄に終わったならば、それこそが最良なのです」
少女が深く頭を下げる。
広場に集まった人々も、一斉に頭を垂れた。
「…………」
ユージはしばらく、その光景を眺めていた。
そして。
「ずいぶん具体的な神様だな」
「ユージ様」
ナーチャンが小さくため息をついた。
◇ ◇ ◇
「久しぶりなのだよ」
聞き覚えのある声がしたのは、それからしばらくしてのことだった。
「おう」
振り返る。
そこには。
相変わらずの穏やかな笑みを浮かべた枢機卿が立っていた。
「元気そうだな」
「君もなのだよ」
「一回消えたけどな」
「聞いているのだよ」
「そうか」
ユージは、先ほどまで巫女が立っていた場所を見る。
そして。
枢機卿へ視線を戻した。
「おいお前、また新しい巫女を作ったのか?」
「作ったとは、人聞きが悪いのだよ」
「だってヨーコは、もういないだろ」
「君が連れていったからなのだよ」
「人聞きが悪いな!」
「事実なのだよ」
「本人がついてきたんだよ!」
「それを世間では、連れ去ったと言う場合もあるのだよ」
「言わねえよ!」
たぶん。
「それで?」
ユージは改めて聞いた。
「なんでまた巫女なんて置いたんだ?」
枢機卿は、広場に残る人々を見た。
「民衆には信仰が必要なのだよ」
「…………」
「残念ながら、すべての国民をあまねく幸せにすることなど出来ない」
先ほどまでの軽い口調とは違った。
「貧富の差。生まれ持った才能の差。運、不運」
枢機卿は静かに続ける。
「人は、生まれながらにして平等ではないのだよ」
「まあな」
ユージは頭を掻いた。
「それは否定せんが」
元いた世界だって同じだった。
努力すれば必ず報われる。
そんなことはない。
努力する機会すら与えられない人間もいる。
どれだけ努力しても。
どうにもならないことだってある。
「そのような民衆の救いが信仰なのだよ」
枢機卿は続けた。
「そして、我々が彼らをより良い方向へ導くものが、神託の言葉なのだよ」
「それもどうかと思うがな」
「考え方の違いなのだよ」
「便利な言葉だな、それ」
「便利なのだよ」
「認めるのかよ」
ユージは苦笑した。
もう一度。
先ほどの巫女を見る。
堤防を高くしろ。
避難する場所を決めろ。
助けが必要な人を、誰が助けるのか決めておけ。
確かに。
言っていること自体は間違っていない。
むしろ。
かなりまともだ。
「まあ……」
ユージは腕を組んだ。
「AIも神託も、民衆を正しく導くための手段という点では同じとも言えるか」
「えーあい?」
枢機卿が首を傾げる。
「ああ、いや。こっちの話」
「ユージ様」
ナーチャンが口を挟んだ。
「今日はそんな話をしに来たのではありませんよ」
「分かってるよ」
「でしたら、帰還のご報告を」
「はいはい」
「返事は一度です」
「はい」
枢機卿が笑っている。
「相変わらずなのだよ」
「うるさい」
◇ ◇ ◇
一通り。
ユージは自分が元の世界へ戻っていたこと。
そして、マイヤンの召喚によって再びこちらへ戻ってきたことを話した。
もちろん。
枢機卿はすでに大部分を知っていた。
「しかし、無事に戻ってきてくれて何よりなのだよ」
「まあな」
「君がいなくなってから、皆ずいぶん心配していたのだよ」
「悪かったよ」
「謝る必要はないのだよ。君が望んで消えたわけではないのだから」
「……そう言われると、それはそれで困るな」
ユージは苦笑した。
ふと。
先ほどの神託を思い出す。
「ところでさ」
「なんなのだよ?」
「さっきの神託」
「うむ」
「川が増水するって、どうして分かったんだ?」
「それなら、セシルなのだよ」
「セシル?」
懐かしい名前に。
ユージの表情が変わった。
「セシルは、良くやってくれているのだよ」
「そうなの?」
「彼女が予兆管理を行い、危険を事前に察知することで、新しい神託の言葉が生まれるのだよ」
「…………」
ユージは。
もう一度、巫女を見る。
次に。
枢機卿を見る。
「それ、神託って言うのか?」
「民衆にとっては神託なのだよ」
「お前、開き直ったな」
「考え方の違いなのだよ」
「またそれかよ」
ユージは笑った。
だが。
セシルが元気でやっている。
それを聞けただけでも嬉しかった。
「そっか。頑張ってるなら良かった」
「直接会いに行って声を掛けてあげても良いのだよ」
「なんで上からなんだよ」
「私は枢機卿なのだよ」
「そういう意味じゃねえよ」




