第185話 帰還報告~王国編 ②
ユージア国立第一学校。
いつも通り、ユージの思いつきから設立された、次代を担う若者達の養成学校だ。
そこで学んだ一期生たちは、卒業後、それぞれの国へ戻っていった。
ガイルもその一人だった。
「何やってんだろうな」
「それは、ご本人から聞いた方がよろしいかと」
「なんだよ。その言い方」
「ふふ」
何か知っている。
間違いない。
◇ ◇ ◇
王都郊外。
以前は何もなかった場所に、大きな工場が建っていた。
その奥には。
何本もの煙突。
巨大な建物。
資材置き場。
そして。
複雑に組まれた配管。
「……また製鉄所か」
「はい」
「こっちもデカくなってんなあ」
ユージは感心しながら歩いていく。
その時だった。
「ユージさん……?」
声がした。
ユージが振り返る。
一人の青年が立っていた。
作業着。
汚れた手。
少し煤のついた顔。
だが。
見間違えるはずがない。
「おう」
ユージは軽く手を上げた。
「久しぶり」
「…………」
ガイルは動かなかった。
ただ。
ユージを見つめている。
「なんだよ」
ユージが笑う。
「忘れたのか?」
「……本物?」
「たぶんな」
「…………」
次の瞬間。
ガイルが走った。
「ユージさん!」
「うおっ!」
どん。
勢いよく抱きつかれる。
「お、おい!」
「ユージさん!」
「分かった! 分かったから!」
最近。
どうも男に抱きつかれてばかりいる。
日本ではシゲル。
こっちへ戻ってきたらガイル。
(なんなんだ、これ)
だが。
ガイルの肩が震えていることに気づいて。
ユージは何も言わなくなった。
「よかった……」
「…………」
「本当に……よかった……」
「ああ」
ユージはガイルの背中を軽く叩いた。
「心配かけたな」
「はい……」
しばらくして。
ガイルはようやく身体を離した。
袖で目元を拭う。
「すみません」
「いいよ」
ユージは改めてガイルを見る。
以前より少し逞しくなったように見える。
学生だった頃とは違う。
現場で働く人間の顔になっていた。
「聞いたぞ」
「え?」
「お前、すげえことやってるらしいじゃん」
「俺が?」
「廃熱発電」
ガイルが目を見開いた。
「ユージア国じゃ、路面電車まで走ってたぞ」
「あ……」
「捨ててた熱で電気作って、その電気で電車だろ?」
「はい」
「すげえじゃん」
ユージは笑った。
「頑張ったな」
「…………」
ガイルの顔が。
くしゃりと歪んだ。
「おい」
「……俺」
「ん?」
「俺、ユージさんに褒めてもらいたくて頑張ったんだ」
ユージの表情が止まった。
「ユージさんがいなくなってから」
ガイルは俯いた。
「分からないことがいっぱいあって」
「…………」
「何か問題が起きるたびに、考えたんです」
ゆっくり顔を上げる。
「ユージさんなら、どう言うかな、とか」
「ユージさんなら、どう考えるんだろう、とか」
「そればっかり考えてた」
「ガイル……」
「俺たちだけで決めなきゃいけないことも増えて」
「失敗もしました」
「でも」
ガイルは工場を振り返った。
「ユージさんが帰ってきたら、絶対に見てもらおうって」
声が少し震える。
「俺たちだけでも、ここまで出来たって」
「…………」
「それで」
少し照れたように笑った。
「褒めてもらいたかったんだ」
ユージは。
しばらく何も言わなかった。
気の利いたことなど思いつかない。
そもそも。
そんなものは必要ない気がした。
一歩近づく。
ガイルの肩に手を置いた。
「ガイル」
「はい」
「お前は本当によくやったよ」
ぽん。
肩を叩く。
そして。
笑った。
「俺の自慢の生徒だ」
「…………」
ガイルの顔が再び歪んだ。
再び堰を切って流れ出した涙を止める術を、ガイルは知らなかった。
「……はい」
それだけ言うのが精一杯だった。
◇ ◇ ◇
しばらくして。
「じゃあ」
ユージは巨大な工場を見上げた。
「見せてくれよ」
「え?」
「お前がこの一年でやったこと」
ガイルの目が輝いた。
「はい!」
「全部、自慢してくれ」
「はい!」
今度は。
はっきりとした笑顔だった。
「まず、こっちです!」
ガイルが先に歩き出す。
「廃熱発電設備を改良したんです!」
「へえ」
「以前より発電効率が上がりました!」
「マジで?」
「はい! それから余った電気を王都にも送るようにして――」
「王国もかよ」
「工場も増えましたから!」
嬉しそうに説明する。
その姿を見ながら。
ユージも笑っていた。
(本当に、俺がいなくても大丈夫だったんだな)
少し寂しくて。
それ以上に。
嬉しかった。
教えたことを覚えている。
それだけではない。
自分たちで考え。
自分たちで工夫し。
自分たちで前へ進んでいる。
それでいい。
いや。
きっと。
それが一番いい。
「ユージさん!」
前を歩いていたガイルが振り返る。
「早く来てください!」
「はいはい」
ユージは歩き出した。
「今行くよ」
その向こうでは。
新しい製鉄所が轟音を立てて動いていた。
煙突から煙が昇る。
発電設備が回る。
生み出された電気は王都へ送られ。
その電気が、また新しい工場を動かしていく。
ユージはまだ。
それをただ、頼もしく眺めていた。




