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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第四部 環境対策編

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第183話 走り出した世界

翌朝。


「……頭いてえ」


ユージはベッドの上で頭を抱えていた。


昨夜は、ひどかった。


一年ぶりだと言って、タケシトが酒を持ってくる。


神楽耶も飲む。


リシュンも飲む。


途中から誰が何を言っているのか、よく分からなくなった。


覚えているのは。


「リーダー! もう一杯!」


「いや、もういいって!」


「一年分だ!」


「一年分を一晩で飲ませるな!」


そんなやり取りくらいだった。


「……あいつら、加減ってものを知らねえのか」


もっとも。


自分も結構飲んだ気がする。


ユージは身体を起こした。


そして。


部屋を見回す。


見覚えのある部屋。


以前使っていた自室だった。


「……本当に戻ってきたんだな」


昨日は慌ただしすぎて、いまいち実感がなかった。


日本へ帰った。


そして。


また異世界へ戻ってきた。


「なんなんだろうな、俺の人生」


誰に言うでもなく呟いた。


その時。


コンコン。


扉が叩かれた。


「ユージ様、起きていらっしゃいますか?」


ナーチャンだった。


「起きてるよ」


扉が開く。


「おはようございます」


「おはよう」


ナーチャンはいつも通りだった。


いつも通り――なのだが。


「……何?」


「何がですか?」


「いや」


ユージは首を傾げた。


「なんか雰囲気変わった?」


「私が?」


「うん」


ナーチャンは少し考える。


「一年経ちましたから」


「ああ……」


そうだった。


自分にとっては一週間。


だが。


ナーチャンたちにとっては一年。


変わって当然なのかもしれない。


「それより」


ナーチャンが微笑んだ。


「今日は、お時間を頂いております」


「時間?」


「はい」


「何するの?」


「視察です」


嫌な予感がした。


「……何の?」


ナーチャンの笑みが少し大きくなる。


「この一年で、どれだけ世界が変わったのか」


「…………」


「ユージ様にも見て頂きます」


◇ ◇ ◇


「おお……」


街へ出たユージは、思わず声を上げた。


昨日も少し見た。


だが。


明るい時間に改めて見ると、変化の大きさがよく分かる。


まず。


人が多い。


以前にも増して、通りには人が溢れている。


商人。


職人。


旅人。


荷車。


そして、その荷物を運ぶ人々。


道の両側には、以前にはなかった店がずらりと並んでいる。


衣服。


靴。


金物。


食器。


家具。


食料品。


どこも人で賑わっていた。


「景気いいなあ」


「製鉄所の増設以降、仕事がかなり増えましたから」


ナーチャンが説明する。


「鉄の生産量が増えたことで、工具や農具も安くなりました」


「なるほど」


ユージは店先に並ぶ鍋を手に取った。


「前より随分まともになってるじゃん」


「量産できるようになりましたので」


「へえ」


素直に感心する。


その時だった。


カン、カン――。


聞き慣れない鐘の音がした。


「ん?」


ユージが振り返る。


道路の中央。


いつの間に造ったのか。


二本の鉄の線路が、真っ直ぐ先まで延びていた。


その上を。


大きな箱のような車両が、こちらへ向かって走ってくる。


カン、カン――。


人々が慣れた様子で道を空ける。


ユージは目を凝らした。


「……あれ?」


馬がいない。


なのに。


動いている。


「ちょっと待て」


車両が目の前を通り過ぎていく。


窓の向こうには、大勢の乗客。


「おい」


ユージは思わずナーチャンを見た。


「あれ……電車じゃねえか?」


「はい」


ナーチャンは平然と答えた。


「路面電車です」


「はあ!?」


思わず大声が出た。


通行人がこちらを見る。


「ちょっと待て」


もう一度、走り去っていく車両を見る。


「俺がいない間に、電車まで作ったの?」


「はい」


「一年で?」


「はい」


「…………」


ユージは額に手を当てた。


「お前ら、何やってんの?」


「便利ですよ」


「そういう問題じゃねえよ」


ナーチャンは不思議そうな顔をしている。


「でも」


ユージは線路を見る。


鉄のレール。


車輪。


車体。


そして。


電気。


「電気、どうしてんの?」


「製鉄所です」


「製鉄所?」


「はい」


ナーチャンが説明する。


「ガイルさんたちが開発した廃熱発電設備を増設しました」


「ああ!」


ユージは思い出した。


第三部。


製鉄所から捨てられていた大量の熱。


それを見たガイルが言った。


――もったいない。


あそこから始まった。


「現在は、製鉄所で発電した電力の一部を市内へ供給しています」


「それで電車を?」


「はい」


「……マジか」


もう一度。


遠ざかっていく路面電車を見る。


「捨ててた熱で電車走らせてんのか」


「簡単に言えば、そうなります」


「いいじゃん」


ユージは笑った。


「すげえじゃん」


何となく。


自分のことのように嬉しかった。


その先には停留所があった。


大勢の人が並んでいる。


ユージは何気なく壁を見る。


「……ん?」


大きな板。


数字が並んでいる。


「これ何?」


「時刻表です」


「時刻表?」


「はい」


「……電車の?」


「他に何の時刻表があるんですか?」


「いや、そうなんだけどさ」


ユージは頭を掻いた。


決まった時刻に来る。


決まった時刻に出る。


人々は、それに合わせて動く。


単に電車を作っただけではない。


社会そのものが。


少しずつ変わり始めている。


「……ちょっと目を離した隙に」


思わず呟く。


「何か仰いました?」


「いや」


ユージは苦笑した。


「何でもない」


◇ ◇ ◇


街を抜ける。


すると。


景色が一変した。


「うわ……」


巨大な建物。


煙突。


倉庫。


資材置き場。


そして。


忙しく働く人々。


以前見た製鉄所より、明らかに大きい。


「これ……」


ユージは見上げた。


「増設したの?」


「はい」


ナーチャンが少し得意そうに答える。


「ここだけではありません」


「え?」


「現在、各国で製鉄所の建設が進んでいます」


「各国?」


「はい」


「そんなに?」


「鉄はいくらあっても足りませんから」


確かに。


農具。


工具。


建材。


機械。


線路。


路面電車。


文明が発展すればするほど、鉄を使う。


第三部では、その鉄が足りなくなった。


だから。


生産能力を上げた。


理屈は分かる。


「リシュンたちが?」


「中心は卒業生たちです」


「へえ」


ユージの顔が綻ぶ。


「ガイルたち、頑張ってるんだ」


「はい」


ナーチャンも嬉しそうに頷いた。


「今では、それぞれの分野で責任者を務めています」


「そっか」


何となく。


嬉しかった。


自分たちがいなくても。


次の世代が勝手に考えて。


勝手に作って。


勝手に世界を変えている。


「俺、本当にいらないんじゃない?」


「何を言っているんですか」


ナーチャンが即答した。


「冗談だよ」


「冗談に聞こえません」


「悪かったって」


そんな話をしながら、製鉄所へ近づいていく。


ゴォォォォ――。


低い音。


炉が動いている。


人が走り回る。


荷車が鉄鉱石を運ぶ。


別の荷車が石炭を運んでくる。


さらに。


発電設備から延びた太い導線が、街の方角へ向かっている。


「あれが?」


「はい。市内へ送る電力です」


「へえ……」


ユージは感心したように眺める。


「本当にやったんだな」


その時。


風が吹いた。


「ん?」


鼻をつく匂い。


ユージは無意識に顔をしかめた。


「……煙いな」


見上げる。


煙突から黒い煙が勢いよく吐き出されている。


風に流され。


街の方角へ向かっていく。


「…………」


ユージはしばらく、それを眺めた。


足元を見る。


薄く。


黒い粉のようなものが積もっている。


しゃがむ。


指でなぞる。


黒い。


「煤か」


「どうされました?」


「いや」


立ち上がる。


「結構出てるなと思って」


「生産量が増えていますから」


「そっか」


ユージは指についた煤を軽く払った。


その時は。


それ以上、気にしなかった。


◇ ◇ ◇


帰り道。


橋を渡る。


橋の向こうを、先ほどとは別の路面電車が走っていく。


そのさらに向こうには。


新しい工場。


煙突。


倉庫。


「本当に増えたなあ」


「はい」


ナーチャンは嬉しそうだった。


「ユージ様がお帰りになったら、驚いて頂こうと」


「驚いたよ」


ユージは笑う。


「想像以上だ」


「そうですか」


「うん」


ナーチャンが少しだけ誇らしそうに笑った。


ユージは橋の欄干に手を置く。


そして。


何気なく下を見た。


「…………」


川。


以前から流れていた川。


だが。


「こんな色だったっけ?」


ほんの少し。


濁っている気がした。


気のせいか。


川沿いに建物が増えたから、そう見えるだけなのか。


ユージは目を細める。


その時。


カン、カン――。


背後から路面電車の鐘が聞こえた。


ユージは振り返った。


人々を乗せた車両が。


鉄のレールの上を走っていく。


その向こう。


製鉄所の煙突からは。


今日も黒い煙が空へ昇っていた。


「…………」


便利になった。


豊かになった。


人々も楽しそうだ。


「すげえな」


ユージは素直にそう思った。


そして。


再び歩き出した。


その背後。


少し濁った川の水が。


何事もなかったように、静かに流れていった。


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