第181話 帰るべき場所
ユージが日本に戻ってから、数日が過ぎた。
結局。
ユージ自身にも、この一か月の間に何があったのか、うまく説明することはできなかった。
当然、警察にも事情を聞かれた。
どこにいたのか。
なぜ突然姿を消したのか。
どうやって自宅へ戻ったのか。
何度聞かれても、答えは同じだった。
「いやあ、俺にもよく分かんないんですよ」
まさか、
『異世界に召喚されて、国を作って、戦争を終わらせて、製鉄所まで作ってました』
などと言えるはずもない。
絶対に頭がおかしくなったと思われる。
結局。
前代未聞の失踪事件は、本人が何事もなかったように帰ってきたことで、さらに前代未聞の事件になった。
テレビも騒いだ。
新聞にも載った。
ネットでは、
『神隠しから生還した男』
などという、ありがたくもない名前まで付けられた。
本人はというと。
「勘弁してくれよ……」
それだけだった。
◇ ◇ ◇
そして。
日常は、驚くほどあっさりと戻ってきた。
「ユージさん!」
「ん?」
「二号機のコンベア、また止まりました!」
「またかよ」
ユージはヘルメットを被る。
「昨日直したばっかだろ?」
「昨日直したのは三号機です!」
「ああ、そうだっけ?」
現場へ向かう。
モーターを見る。
ベルトを見る。
詰まりを見る。
「これ、噛んでるだけじゃん」
「あっ」
「ちゃんと見ろよ」
「すみません!」
「まあ、いいけどさ」
次。
「ユージさん!」
「今度は何だよ」
「役所から電話です!」
「……居留守使っていい?」
「駄目です」
「だよなあ」
事務所へ戻る。
電話を取る。
「はい、お電話代わりました」
しばらく話を聞く。
「あー、はいはい」
「いや、それはマニフェストの記載が――」
いつもの仕事。
いつもの現場。
いつもの電話。
いつもの面倒事。
一か月いなかった分、仕事は山ほど溜まっていた。
それを一つずつ片付けていく。
不思議だった。
ついこの間まで。
国王だの。
世界会議だの。
飛行戦艦だの。
製鉄所だの。
そんな話をしていたはずなのに。
今は、コンベアの詰まりと役所への説明で一日が終わる。
なのに。
「まあ……」
ユージは缶コーヒーを一口飲んだ。
「これはこれで、悪くないな」
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
「ユージさん」
シゲルが声を掛けてきた。
「ん?」
「今日、空けといてくださいよ」
「何で?」
「何でって」
シゲルが呆れた顔をする。
「復帰祝いですよ!」
「ああ?」
「みんな待ってますから!」
「いや、別にいいって」
「駄目です」
「俺、明日も仕事なんだけど」
「全員そうです」
「……ですよね」
断れる雰囲気ではなかった。
◇ ◇ ◇
居酒屋。
「ユージさん、生還おめでとうございます!」
「その言い方やめろよ」
笑いが起きた。
ジョッキがぶつかる。
「乾杯!」
「乾杯!」
久しぶりの生ビール。
「くぅーっ!」
ユージは思わず声を漏らした。
「やっぱ日本のビールは美味いなあ」
「日本の?」
シゲルが首を傾げる。
「あ」
ユージの動きが止まる。
「いや」
咳払い。
「ほら、外国のビールとかあるじゃん」
「ユージさん、海外なんか行ったことありましたっけ?」
「細かいこと気にすんな」
笑いが起きる。
料理が運ばれてくる。
刺身。
焼き鳥。
唐揚げ。
枝豆。
「いやあ」
ユージは焼き鳥を頬張った。
「美味い」
楽しかった。
懐かしかった。
何年も離れていたような気がする仲間たちと、以前と同じように酒を飲む。
シゲルが馬鹿なことを言う。
みんなが笑う。
ヨーコも笑っている。
何も変わっていない。
ユージがずっと帰りたいと思っていた日常が、そこにあった。
◇ ◇ ◇
夜。
「ただいま」
誰もいないアパートで、一人呟く。
当然。
返事はない。
「……っと」
靴を脱ぐ。
風呂に入り。
部屋着に着替える。
冷蔵庫を開ける。
「まだ飲むのか、俺」
そう言いながら缶ビールを一本取り出した。
プシュッ。
小さな音が、静かな部屋に響く。
テレビをつける。
適当な番組が流れている。
テーブルの前に座り。
一口飲む。
「ふぅ……」
やっと帰ってきた。
ずっと帰りたかった日本。
仕事もある。
仲間もいる。
酒も美味い。
テレビもある。
コンビニへ行けば何でも買える。
何の不満もない。
「…………」
なのに。
何かが足りなかった。
「なんだろうな」
もう一口。
テレビでは芸人が何かを言っている。
笑い声。
ユージは笑わなかった。
ぼんやりと缶を眺める。
そして。
ふと。
思い出した。
酒瓶を抱えて笑っている神楽耶。
訳の分からない設計図を持ってくるリシュン。
豪快に酒を飲むタケシト。
眉間に皺を寄せながら仕事をしているナーチャン。
「……あいつら、元気にやってるかな」
独り言だった。
もちろん。
返事はない。
「まあ、俺がいなくても大丈夫だろ」
リシュンもいる。
アルノルトもいる。
神楽耶もいる。
タケシトもいる。
ナーチャンなら、自分よりよほど上手く国を動かすだろう。
「…………」
ビールを飲む。
そして。
少し笑った。
「今考えてみたら……楽しかったな」
大変だった。
面倒だった。
何度も巻き込まれた。
国王なんてやりたくなかった。
戦争なんて、もっと嫌だった。
黒歴史の再現なんて、二度と御免だ。
それでも。
みんなで酒を飲んだ。
くだらないことで笑った。
無理難題を押し付けられ。
文句を言いながら。
結局、一緒に何とかしてきた。
「出来ることなら……」
言葉が止まる。
缶ビールをテーブルに置いた。
「また、あの世界に行ってもいいかもな」
自分で言ってから。
少し驚いた。
帰りたかったはずなのに。
あれほど日本へ帰りたかったはずなのに。
なのに。
今は。
「……そうか」
ようやく分かった。
「きっと俺は」
少し照れ臭くなって。
誰もいない部屋で頭を掻く。
「あいつらのことが、大好きだったんだな」
いなくなってから気付くなんて。
「俺らしいな」
苦笑した。
その時だった。
――ふっ。
部屋の明かりが揺らいだ。
「ん?」
ユージが顔を上げる。
足元。
淡い光。
「……おい」
光は急速に強くなっていく。
白い光が床を這い。
壁を照らし。
部屋全体を包み込む。
「ちょっと待て」
立ち上がる。
「これ……」
見覚えがあった。
「まさか――」
視界が真っ白に染まった。
◇ ◇ ◇
光が消える。
ユージは恐る恐る目を開けた。
「…………」
最初に見えたのは。
見覚えのある顔だった。
一人。
二人。
三人。
そして。
「……え?」
マイヤンが立っていた。
目を見開き。
しばらくユージを見つめる。
やがて。
眉を吊り上げた。
「ホントにもう!」
声が震える。
「遅いわよ!」
その隣。
ナーチャンは何も言わなかった。
ただ。
小さく頷いた。
その目には、うっすらと光るものがあった。
「ユージ様……」
そして。
静かに。
「おかえりなさい」
リシュンがニヤリと笑う。
「やっぱリーダーがいないと、つまんねえぜ」
タケシトは既に酒瓶を持っていた。
「リーダー!」
酒瓶を高々と掲げる。
「とりあえず飲むぞ!」
神楽耶が笑う。
アルノルトもいる。
見慣れた顔。
見慣れた声。
ユージは。
しばらく何も言えなかった。
そして。
頭を掻いた。
「……なんだよ」
少しだけ笑う。
「人がせっかく感傷に浸ってたのに」
誰も意味が分からない。
だが。
それでよかった。
ユージは周囲を見回した。
「ただいま」
歓声が上がった。




