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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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番外編 行く川の流れは絶えずして

第三部完結後、多くの方に読んでいただき、ありがとうございます。


本話は、第三部完結後のちょっとした番外編です。

ユージが元の世界へ帰ったあと、残された人たちはどうしているのか。


少しだけ覗いてみたいと思います。

ぜひ、お付き合いください。

ユージが元の世界へ帰ってから、数日が過ぎた。


ユージア国。


朝。


いつものように、ナーチャンは執務机に向かっていた。


机の上には、朝から大量の書類が積み上がっている。


製鉄所の増設計画。


国立第一学校の次年度予算。


各国から届いた技術供与の要請。


鉄道の延伸計画。


どれも急ぎの案件だった。


ナーチャンは一枚の書類に目を通す。


「これは……」


少し考え、


「この案件はユージ様の決裁を頂かないと」


書類を手に立ち上がる。


そのまま数歩。


そこで、足が止まった。


「……あ」


誰もいない。


いつもなら、そこにいるはずの人がいない。


椅子だけが残されていた。


「……そうでした」


ナーチャンは小さく呟いた。


ユージは、もうこの世界にはいない。


元いた世界へ帰ったのだ。


それは喜ぶべきことだった。


何年もの間、帰りたいと言い続けていた。


ようやく願いが叶った。


だから――。


「…………」


ナーチャンは黙って自分の席へ戻った。


そして。


書類をもう一度読み直す。


「……私が決めないと」


小さく息を吐き、ペンを取った。


ユージのいない日常が、始まっていた。


◇ ◇ ◇


「うーん……」


研究室。


リシュンは双方向転移装置の設計図を前に、腕を組んでいた。


机の上には大量の紙。


魔石。


導線。


分解された制御装置。


そして。


空になった酒瓶が三本。


「駄目だな」


頭を掻く。


「双方向転移装置の前に、リーダーの魔力の代替をどうするか、だな」


ユージが装置を起動した時の記録を見る。


桁が違う。


というより。


意味が分からない。


「こんな魔力、どこから持ってくりゃいいんだよ」


椅子にもたれる。


しばらく天井を見つめる。


そして。


「ああ、そうだ」


ポンと手を打った。


「ちょっとリーダーに相談してみるか」


立ち上がりかける。


「…………」


止まった。


「……って」


苦笑する。


「リーダーは今、こっちにいねえんだったな」


再び椅子に座った。


設計図を見る。


これまでもそうだった。


何かに行き詰まれば。


リーダーに聞いた。


すると。


大抵は適当な答えが返ってきた。


『知らねえよ』


『こういう感じじゃないの?』


『日本じゃ普通にあったけどな』


それだけ。


なのに。


そこから何かが生まれた。


「……ったく」


リシュンは頭を掻いた。


「今までどんだけリーダーに頼ってたんだ、俺は」


しばらく黙っていたが。


やがて設計図を引き寄せた。


「しょうがねえ」


ペンを握る。


「自分で考えるか」


◇ ◇ ◇


その夜。


ユージア国、歓楽街。


「飲め飲め!」


タケシトの大声が響く。


「今夜は飲み明かすぞ!」


テーブルには大量の料理。


酒。


肉。


魚。


さらに酒。


いつもと何も変わらない。


……はずだった。


「おう! 次!」


酒を注ぐ。


飲む。


また注ぐ。


「…………」


タケシトの手が止まった。


杯を見る。


一口。


「……なんだかな」


隣にいた男が首を傾げる。


「どうした?」


「いや」


タケシトは酒を眺めた。


「リーダーがいないと、酒が美味くないな……」


それ以上は何も言わなかった。


◇ ◇ ◇


数日後。


ユージア国、週次幹部会議。


建国以来、ほぼ欠かさず行われてきた会議である。


ナーチャン。


神楽耶。


リシュン。


アルノルト。


タケシト。


ハミータ。


いつもの顔ぶれが揃っていた。


なのに。


「…………」


誰も喋らない。


神楽耶が呆れたように周囲を見回した。


「なんじゃ、おぬしら」


頬杖をつく。


「まるで通夜ではないか」


誰も反論しない。


「いつものワイガヤとはえらい違いじゃ」


するとタケシトが顔を上げた。


「そう言う神楽耶も元気ねぇじゃねえか」


「何を言う」


神楽耶が胸を張る。


「妾はいつも通りじゃ」


「嘘つけ」


「なんじゃと?」


少しだけ。


いつもの空気が戻る。


だが。


すぐに静かになった。


タケシトがぽつりと言う。


「リーダー、本当に帰って来てくれるのかなあ」


沈黙。


神楽耶が腕を組んだ。


「うむ」


そして、ニヤリと笑う。


「奴のことじゃ。元の世界で鼻を伸ばしているかもしれんの」


ガタン!


大きな音が響いた。


全員がそちらを見る。


ナーチャンが立ち上がっていた。


勢いで椅子が後ろへ倒れている。


「…………」


その顔は。


怖かった。


「ナ、ナーチャン?」


「みなさん」


低い声。


「会議を始めましょう」


「いや、今のは――」


「始めましょう」


「……はい」


タケシトが小さくなった。


ナーチャンは倒れた椅子を起こし、静かに座る。


(楽しんでなんかいません)


心の中で呟く。


(絶対に寂しがっているはずです)


そう思う。


思いたい。


だが。


あのユージである。


どこへ行っても。


「まあ、何とかなるだろ」


とか言いながら。


案外楽しく暮らしているのではないか。


そんな不安が、どうしても消えなかった。


ナーチャンは小さく首を振る。


今は会議だ。


リシュンが口を開いた。


「とにかくさ」


机に設計図を広げる。


「双方向転移装置の開発は進めるとして」


皆を見る。


「マイヤン王女に、もう一度リーダーを召喚してもらう件はどうよ?」


「既に、やって頂く方向で調整中です」


ナーチャンが答えた。


アルノルトが眉を寄せる。


「何か問題でも?」


「召喚魔法は膨大な魔力を消費します」


ナーチャンは静かに説明する。


「マイヤン王女といえども、そうおいそれと発動できるものではありません」


「しかも――」


一拍。


「過去に何度も試みて、成功したのはユージ様を召喚した、あの一度だけだそうです」


リシュンが腕を組んだ。


「成功率はかなり低いって訳か」


「はい」


「ただし」


ナーチャンは続けた。


「マイヤン王女ご本人は、やる気です」


神楽耶がため息をつく。


「なんとも雲を掴むような話じゃな」


「ですので」


ナーチャンが皆を見回した。


「私たちは、私たちに出来ることをしましょう」


皆が顔を上げる。


「今は、ユージ様が残してくれたものを、私たちの手で繋いでいくことが大事です」


そして。


ほんの少しだけ笑った。


「そして、ユージ様が帰って来られた時に、自慢してやりましょう」


「おお」


タケシトが笑う。


「そりゃいいな!」


リシュンも頷いた。


「まあ、そうだな」


机の上の資料を引き寄せる。


「まずは製鉄所を各国に展開して、もっと便利で住みやすい世の中にしねえとな」


「そうですね」


ナーチャンが頷く。


「とりあえず、私が国王代行として各国首脳と交渉して参ります」


神楽耶も頷いた。


「そうじゃな。それがよかろう」


「頼んだぜ」


タケシトが笑った。


ようやく。


会議室に、いつもの空気が少しだけ戻った。


◇ ◇ ◇


王国。


地下深くに設けられた召喚の間。


巨大な魔法陣の中央に、マイヤンが立っていた。


「……本当に行われるのですか?」


側近が心配そうに尋ねる。


マイヤンは振り返らない。


「何よ」


「私が最初に呼んだのよ」


胸を張る。


「だったら、もう一度呼べるに決まってるでしょ!」


「しかし王女殿下。召喚魔法は――」


「分かってるわよ!」


振り返る。


「魔力をいっぱい使うんでしょ!」


「いっぱいという程度では……」


「細かいことはいいの!」


側近が頭を抱えた。


マイヤンは再び魔法陣を見る。


表情が変わる。


ほんの少しだけ。


寂しそうな顔。


「……勝手に帰るなんて」


小さく呟く。


「ほんと、最後まで自分勝手なんだから」


両手を前へ。


魔力を集中させる。


魔法陣が輝いた。


光が部屋いっぱいに広がる。


そして――。


消えた。


中央には誰もいない。


「…………」


側近が恐る恐る声を掛ける。


「王女殿下……」


マイヤンは唇を噛んだ。


しばらく黙っていたが。


やがて顔を上げる。


「もう一度よ」


「え?」


「聞こえなかった?」


「ですが――」


「もう一度やるの!」


マイヤンは魔法陣を睨んだ。


「私が呼んだんだから」


拳を握る。


「私が連れ戻すの!」


◇ ◇ ◇


聖王国。


枢機卿は報告書を静かに読んでいた。


ユージ。


異空間転送。


消失。


元の世界へ帰還した可能性が高い。


最後まで目を通し。


書類を机へ置く。


「……そうか」


大司教が尋ねる。


「驚かれないのですか?」


「驚いているのだよ」


枢機卿は穏やかに答えた。


「とてもね」


「では……」


「だが」


言葉を遮る。


「彼がいなくなったからといって、世界が元へ戻るわけではないのだよ」


大司教は黙って聞いている。


「ユージア国」


「学校」


「製鉄」


「各国の協調」


一つずつ指を折る。


「彼は実に多くのものを残した」


そして。


小さく笑った。


「いや」


首を振る。


「少し違うな」


「違う、とは?」


「彼が本当に残したものは、それらではないのだよ」


枢機卿は窓の外を見る。


「自分で考える人間だ」


「彼がいなければ何も出来ない者ばかりなら、彼のやってきたことには意味がない」


大司教が静かに頷く。


「では、心配はされていないと?」


枢機卿は少し考えた。


「それとこれとは別なのだよ」


苦笑する。


「出来ることなら、もう一度話をしてみたいものだ」


「まだ聞きたいことが?」


「山ほどあるのだよ」


◇ ◇ ◇


魔王国。


魔王アサダは、窓の外を眺めていた。


その隣には軍師サム。


しばらく。


二人とも何も言わなかった。


やがてアサダが口を開く。


「……ユージ殿は、本当に帰られたのですね」


「その可能性が高いかと」


サムが静かに答える。


「そうですか」


アサダは微笑んだ。


だが。


その笑顔は少し寂しそうだった。


「不思議ですね」


「何がでしょうか」


「最初にお会いした頃は」


アサダは遠くを見る。


「まさか、あの方がここまで世界を変えてしまうとは思いませんでした」


サムが小さく頷く。


「私もです」


「そして」


アサダは続けた。


「いなくなってみると……」


言葉が止まる。


少し迷い。


それでも口にした。


「寂しいものですね」


サムは否定しなかった。


「はい」


ただ一言。


アサダはその返事を聞いて、小さく笑った。


「でも」


姿勢を正す。


「私たちは、私たちのやるべきことをやらなければいけませんね」


「仰せの通りです」


「ユージ殿が戻られた時に」


少しだけ表情が明るくなる。


「魔王国も随分良くなったと、驚いて頂きましょう」


サムが僅かに微笑んだ。


「それがよろしいかと」


◇ ◇ ◇


ネバランド帝国。


皇帝ペーター三世は、報告を聞いて目を丸くした。


「え?」


聞き返す。


「いなくなった?」


「はい」


「ユージ殿が?」


「はい」


「本当に?」


「はい」


ペーターは椅子の背にもたれた。


「困ったなあ」


臣下たちが緊張する。


皇帝が何を言い出すのか。


「今度会ったら聞こうと思ってたこと、山ほどあったんだけど」


「……そこですか?」


「そこだよ」


ペーターは真顔だった。


しばらく考える。


そして。


「まあ、いいか」


あっさり言った。


臣下がずっこけそうになる。


「よろしいのですか?」


「だって、僕たちが考えてもどうしようもないだろ?」


「それは……」


「だったら」


ペーターは立ち上がった。


「帰ってきた時に驚かせればいい」


「驚かせる?」


「そう」


机の上の産業計画書を手に取る。


「ユージ殿がいない間に、こっちも進められるだけ進めておこう」


ニヤリと笑った。


「帰ってきたら言ってやるんだ」


胸を張る。


「どう? すごいでしょ、って」


臣下たちは顔を見合わせた。


そして。


誰からともなく笑った。


◇ ◇ ◇


その頃。


ユージア国。


ナーチャンは一人、執務室に残っていた。


全ての仕事を終え。


最後の書類を閉じる。


静かな部屋。


ふと。


隣を見る。


空席。


いつもなら。


くだらないことを言いながら。


面倒そうな顔をして。


それでも最後には、誰かのために動いてしまう男が座っていた場所。


ナーチャンはしばらく、その椅子を見つめていた。


「……ユージ様」


返事はない。


当然だ。


小さく息を吐く。


そして。


ほんの少しだけ微笑んだ。


「おやすみなさい」


静かに灯りを消した。


明日から。


また忙しくなる。


ユージのいないユージア国が。


再び、動き始めていた。


ユージがいなくても、人々は働き、考え、笑い、時には失敗しながら前へ進んでいく。


彼が作った国も。


彼が変えた世界も。


立ち止まってはいない。


ユージが作った流れは、絶えることなく続いていく。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


これにて第三部は、本当に完結です。


……ですが、物語はまだ続きます。


一週間ほどお休みをいただき、8月23日(日)より第4部を開始する予定です。


元の世界へ帰ったユージ。

そして、ユージのいなくなった異世界。


二つの世界がこれからどうなっていくのか。

引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。

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