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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第176話 俺は失敗しない男だ

「触るな!」


リシュンの叫び声が、倉庫の中に響き渡った。


操作盤へ伸びていたシュタインの指が、ぴたりと止まる。


「何じゃ、急に大声を出して」


シュタインが不満そうに振り返った。


倉庫の入口には、息を切らしたリシュンが立っている。


その後ろから、ユージ、ナーチャン、タケシト、神楽耶、ハミータ、アルノルトたちも次々と駆け込んできた。


「どうした、リシュン」


ユージが尋ねる。


だが、返事を待つまでもなかった。


倉庫の奥に置かれた巨大な装置を見て、ユージは目を丸くした。


「あれか」


複雑に組み合わされた金属の柱。


幾重にも巻かれた導線。


各所に埋め込まれた巨大な魔石。


中央には、人が一人立てるほどの円形の台座が設けられている。


以前よりも部品が増え、細かな改良も加えられていたが、見間違えるはずはなかった。


かつて、ユージを元の世界へ送り返すために作られた時空間転送装置。


マイヤンが使用した召喚魔法を解析し、その術式を逆方向に働かせることで、ユージを元の世界へ帰す。


その目的で、リシュンたちが作り上げた装置だった。


最初の実験では、ユージは元の世界へ帰ることなく、僅か数メートル先へ飛ばされただけだった。


「懐かしいな」


タケシトが装置を見上げる。


「これ、まだ残してあったのか」


「前はユージさんが、あそこからあそこまで飛んだだけだったよな」


タケシトが、倉庫の端から反対側を指差す。


「そうだったな」


ユージも頷いた。


「随分と大掛かりな装置を作ったのに、ちょっと移動しただけだった」


「頭から落ちましたよね」


ナーチャンが言う。


「あれは痛かったな」


「覚えていたんですか?」


「頭を打ったからな」


「普通は忘れるところじゃないですか?」


「忘れてた方が危ないだろ」


ユージがそう答えると、ナーチャンは小さく笑った。


だが、その視線は装置へ向けられていない。


どこか落ち着かない様子で、床を見つめていた。


タケシトがナーチャンを見る。


神楽耶も、アルノルトも、何も言わずにナーチャンへ視線を向けた。


ナーチャンはますます俯く。


前回の転送実験が失敗した原因。


それについて、誰もはっきりと口にしたことはなかった。


だが、皆が薄々気づいていた。


ユージが本当に元の世界へ帰ってしまわないように、誰かが装置へ細工を施していた。


それが誰だったのかも、おおよその見当はついている。


ただ、ユージだけは気づいていないようだった。


「でも、前より少し変わってないか?」


ユージが装置へ近づきながら尋ねる。


「柱も増えてるし、魔石の位置も違う」


全員の視線がリシュンへ集まった。


リシュンはシュタインを操作盤から引き離すと、装置を見上げた。


「あの時は失敗したが、密かに改良しておいたんだ」


ナーチャンの肩が、僅かに跳ねた。


「失敗だったのか?」


ユージが首を傾げる。


「俺はちゃんと向こうまで飛んだぞ」


「数メートルだけな」


「一応、転送には成功してるだろ」


「それでは意味がない」


「まあ、そうだけどな」


リシュンは装置の柱に手を置いた。


「転送先の座標を固定する術式を強化した」


「魔力の流れも調整してある」


「前みたいに途中で術式へ妙な干渉が入らなければ、今度は問題なく動く」


ナーチャンが顔を背けた。


タケシトが小さく咳払いをする。


神楽耶は何とも言えない表情で、ナーチャンとリシュンを交互に見た。


どうやら、リシュンも気づいているらしい。


それでも、ナーチャンを責めるつもりはないようだった。


ユージだけが、不思議そうに周囲を見回している。


「どうした?」


「何でもない」


リシュンが答える。


「何か隠してないか?」


「リーダーに隠し事なんてできるわけないだろ」


「そうか?」


「ああ」


「ならいいけど」


ユージは簡単に納得した。


ナーチャンが胸を撫で下ろす。


アルノルトが小さな声で呟いた。


「相変わらずですね」


「何がだ?」


「いえ、何でもありません」


「皆して何なんだよ」


ユージは不満そうに頭を掻いた。


神楽耶が装置を見上げる。


「しかし、何故これを改良したのじゃ?」


「ユージ殿は、既にこの世界で生きていくと決めたのであろう?」


「ああ」


リシュンが頷く。


「だから使うつもりはなかった」


「それなら、何のために直したんだ?」


タケシトが尋ねる。


リシュンは少し黙った後、ユージを見た。


「気が変わるかもしれないだろ」


「俺の?」


「そうだ」


「いつか元の世界へ帰りたいと思うかもしれない」


リシュンは視線を逸らした。


「その時、帰る方法がないのは困る」


倉庫の中が静かになる。


ユージは、しばらくリシュンの横顔を見つめた。


やがて、穏やかに笑う。


「ありがとうな」


「まだ使えるか確かめてない」


「それでもだ」


「礼を言うのは、無事に動いてからにしろ」


「使う予定はないけどな」


「知ってる」


「だったら、動かなくても問題ないだろ」


「俺が気になるんだ」


「技術者って面倒くさいな」


「リーダーにだけは言われたくない」


「俺は技術者じゃないぞ」


「そういう意味じゃない」


シュタインは、二人の会話を聞きながら装置を眺めていた。


「なるほどのう」


太い導線の流れを目で追い、魔石の一つへ顔を近づける。


「随分と洗練されておるの」


「おっさん、離れろ」


リシュンが言う。


「まだ何もしておらんぞ」


「その『まだ』が怖いんだ」


「見るだけじゃ」


「見るだけなら手を後ろで組め」


「わしを子供扱いするな」


「子供の方が言うことを聞く」


「何じゃと!」


シュタインが振り返る。


その拍子に、大きな体が装置の柱へぶつかった。


ガンッという鈍い音が響く。


リシュンの眉間に深い皺が寄った。


「おっさん」


「わざとではない!」


「もう外へ出ろ」


「まだ仕組みを見ておらん!」


「酔いが醒めてから見ろ」


「わしは酔っておらん!」


シュタインは胸を張った。


だが、その体は左右に僅かに揺れている。


「十分酔ってるじゃないか」


ユージが笑う。


「祝いの酒じゃぞ。この程度で酔うわけがなかろう!」


「真っ直ぐ立ててないぞ」


「床が傾いておる!」


「傾いてない」


「この倉庫を建てた奴の腕が悪い!」


アルノルトが倉庫の床を見下ろした。


「水平に見えますが」


「おぬしまでリシュンの味方をするのか!」


「事実を申し上げただけです」


「堅い男じゃ!」


シュタインは不満そうに唸った。


その間にも、リシュンは装置の各部を確認していた。


魔石の固定具。


術式を刻んだ金属板。


転送先の座標を入力するための操作盤。


どこにも異常はない。


「本当に動くのか?」


タケシトが尋ねる。


「動く」


リシュンは迷わず答えた。


「でも、まだ実験してないんだろ?」


「必要ない」


「必要あるだろ」


「計算は合ってる」


「前もそう言ってなかったか?」


タケシトの言葉に、倉庫の中が静まり返る。


ナーチャンが気まずそうに目を伏せた。


リシュンは一瞬だけナーチャンを見る。


だが、何も言わず、タケシトへ視線を戻した。


「前の装置も、俺の計算は合っていた」


「そうなのか?」


ユージが首を傾げる。


「ああ」


リシュンははっきりと答えた。


「知ってるだろ?」


口元に、自信に満ちた笑みを浮かべる。


「俺は失敗しない男だ」


タケシトが呆れたように息を吐く。


「その自信はどこから来るんだよ」


「実績だ」


「数メートルしか飛ばなかった実績か?」


「あれは俺の失敗じゃない」


ナーチャンがびくりと震える。


ユージがナーチャンを見る。


「どうした?」


「な、何でもありません!」


「顔が赤いぞ」


「お酒を飲んだからです!」


「飲んでたか?」


「飲みました!」


「そうか」


ユージはまた簡単に納得した。


リシュンはそれ以上、何も言わなかった。


「とにかく」


リシュンは装置の操作盤を示した。


「座標は、リーダーが召喚されてきた時に残った術式から割り出してある」


「装置を起動し、リーダーが中央の台座へ立てば、魔力を自動的に吸収する」


「俺の魔力を?」


「ああ」


ユージの体には、常人では到底考えられないほどの膨大な魔力が宿っている。


だが、ユージ自身はそれを使うことができない。


魔法を放つこともできず、身体強化に利用することもできない。


強大でありながら、何の役にも立たない魔力。


この装置は、その魔力を動力として利用する。


「リーダーの魔力を転送装置へ流し込み、世界と世界を隔てる壁を破る」


「なるほど」


ユージは感心したように頷いた。


「ついに俺の魔力が役に立つのか」


「使う予定はないけどな」


「ああ、そうだった」


「少しは話を覚えておけ」


「ところで、危険はないのか?」


アルノルトが装置を見ながら尋ねる。


「ユージさんの魔力を強制的に吸い上げるのであれば、体への負担もあるのでは?」


「限界を超えて吸い上げないように調整してある」


リシュンが答える。


「転送に必要な量だけを抽出する」


「何か起きた場合の停止装置は?」


「ある」


「本当に?」


タケシトが疑わしそうに見る。


「当然だ」


「作動中でも止められるのか?」


「止められる」


リシュンは胸を張った。


「何重にも安全装置を組み込んである」


「なら大丈夫か」


ユージが言う。


「リーダーは簡単に信用しすぎだ」


「だって、お前は失敗しないんだろ?」


「ああ」


「なら大丈夫だ」


リシュンは言葉に詰まった。


技術者としての自信を信じられたのだから、喜ぶべきなのだろう。


だが、ユージに迷いなく言い切られると、何故か落ち着かない。


「まあ、動かすことはないけどな」


リシュンがそう言った、その時だった。


「それなら、少しくらい触っても問題なかろう」


シュタインが呟く。


「何?」


リシュンが振り返る。


シュタインは、いつの間にか操作盤の前に立っていた。


その太い指が、一つの魔石へ伸びている。


「おっさん!」


「見るだけじゃ!」


「手が動いてるだろ!」


リシュンが走り出す。


シュタインも慌てて手を引こうとした。


だが、酒で足元がふらついた。


「おっと!」


体勢を崩し、操作盤へ倒れ込む。


その手が、大きな起動レバーに掛かった。


ガコン!


レバーが下へ倒れる。


倉庫の中に、重い金属音が響いた。



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