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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第171話 いい物が売れる訳じゃない

 現場実習が始まってから一週間。


 生徒たちは、それぞれの持ち場で忙しく働いていた。


 ガイルは製鉄所で親方たちに交じり、新しい製法を考えている。


 リリスは資材置き場で、作業効率の改善に頭を悩ませていた。


 セシルも毎日のように機械の音に耳を澄ませ、職人たちと設備の点検を続けている。


 しかし――。


「はぁ……」


 ジンだけは、工場の中をぶらぶらと歩き回っていた。


 鍛冶の技術はない。


 力仕事でも、職人たちには敵わない。


 何か手伝おうとしても、


「危ねぇから下がってろ」


「見習いが手ぇ出すと、かえって仕事が増える」


 そう笑われて、追い返されてしまう。


「俺だけ、何にもしてないなぁ……」


 肩を落として歩いていると、工場の隅でユージが鍛冶師の親方たちと話し込んでいるのが見えた。


 ジンが近付くと、ユージはすぐに気付いて手を振る。


「おう、ジン」


「お前、暇だろ?」


「えっ……まあ」


「よし、ちょっとこっち来い」


 案内された先には、大きな作業台が置かれていた。


 その上には、様々な鉄製品が並べられている。


 炊き出しに使うような大きな寸胴鍋。


 家庭用の鉄鍋。


 小ぶりなフライパン。


 片手鍋。


 火箸に包丁。


 どれも職人たちが丹精込めて作った試作品だった。


 磨き上げられた鉄肌が、鈍く美しい光を放っている。


「せっかく製鉄所を作ったんだからな」


 ユージは腕を組んだ。


「武器や農具だけじゃ、もったいない」


「生活用品にも活用しようと思って、親方たちに試作品を作ってもらったんだ」


「すごい……」


 ジンは一つ一つ手に取り、眺めていく。


 どれも頑丈そうで、美しい。


 職人たちの技術の高さが伝わってきた。


「そうだ、ジン」


 ユージがニヤリと笑う。


「この中から、一番売れそうな物を選べ」


「え?」


「市場で売ってこい」


 思いもよらない課題だった。


「俺が……ですか?」


「ああ」


「値段もお前が決めろ」


 ジンは思わず親方たちを見る。


 親方たちは腕を組み、面白そうに笑っていた。


「ただし」


 ユージが指を一本立てる。


「原価だけは教えてやる」


 そう言って、一つ一つの製品にかかった費用を説明していく。


「赤字は禁止だ」


「利益を出せ」


「はい」


 ジンは真剣な表情で、製品を見比べ始めた。


 丈夫さ。


 仕上がり。


 使いやすさ。


 どれも素晴らしい。


 だが、その中でも一つだけ、ひときわ目を引く鍋があった。


 肉厚で歪みがなく、取っ手の造りまで美しい。


 見るからに最高級品だった。


「これです!」


 ジンは自信満々に、その鍋を持ち上げた。


「ほう」


「理由は?」


「品質が一番いいからです」


「丈夫ですし、長持ちします」


「きっと一番売れます」


 ユージは小さく頷いた。


「そうか」


 それ以上、何も言わなかった。


◇ ◇ ◇


 翌日。


 ジンは市場の一角で店を広げた。


「いらっしゃいませ!」


「最高品質の鉄鍋です!」


「丈夫で長持ちしますよ!」


 通り掛かった主婦たちが足を止める。


「へぇ、立派な鍋ね」


「鉄鍋か」


「いい出来だね」


 ジンは嬉しそうに説明を始めた。


「この鍋は厚みが違います!」


「火の通りもよく、一生使えるくらい丈夫です!」


 一人の女性が鍋を持ち上げる。


「……重いわね」


「え?」


「毎日使うには疲れそう」


 そう言って、鍋を戻してしまった。


 別の客がやって来る。


「おいくら?」


 ジンが値段を告げると、女性は目を見開いた。


「えぇ!?」


「そんなにするの?」


「でも、それだけの価値が――」


 説明しようとした時には、もう背を向けられていた。


 昼になっても、一つも売れない。


 その一方で、数軒隣の雑貨屋では、色鮮やかな銅製の鍋が次々と売れていた。


「これ、軽いわ」


「きれいな色ね」


「熱がすぐ回りそう」


「このくらいなら買えるわね」


 客たちは嬉しそうに銅鍋を手に取っていく。


 ジンは思わず店を抜け出し、その様子を眺めた。


「……なんでだ」


 自分の鍋の方が、ずっと丈夫だ。


 職人たちも、自信作だと言っていた。


 銅鍋は手入れを怠れば緑青が出る。


 熱が伝わりやすいぶん、料理も冷めやすい。


 それなのに、客たちは迷わず銅鍋を選んでいく。


 どうして誰も、こちらの鍋を買ってくれないのか。


◇ ◇ ◇


 夕方。


 結局、鉄鍋は一つも売れなかった。


 ジンは売れ残った鍋を抱え、重い足取りで製鉄所へ戻った。


 親方たちは何も言わず、その姿を見守っている。


 ユージだけが静かに尋ねた。


「どうだった?」


 ジンは悔しそうに唇を噛む。


「……売れませんでした」


「そうか」


 ユージはそれだけ言うと、鍋を受け取った。


 理由も、答えも教えてくれない。


 ジンは鍋を見つめながら、小さく呟いた。


「こんなにいい鍋なのに……」


「どうして売れないんだ……」


 その答えは、まだ誰も教えてくれなかった。


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