第172話 答えは市場に聞け
翌朝。
ジンは売れ残った鉄鍋を前に、腕を組んでいた。
「どうしてだ……」
何度考えても答えが出ない。
あの鍋は間違いなく一級品だった。
親方たちが腕によりをかけて作った自信作だ。
丈夫で長持ちする。
それなのに、一つも売れなかった。
「ユージさん」
工場へやって来たユージに、ジンは頭を下げた。
「教えてください」
「どうして売れなかったんですか?」
ユージは鍋を手に取り、しばらく眺める。
「さあな」
「えっ?」
「俺に聞くな」
ジンは思わず固まった。
「でも、この課題を出したのはユージさんじゃ……」
「そうだ」
「だから、自分で答えを見つけろ」
ユージは鍋を作業台へ戻した。
「もう一度、市場へ行ってこい」
「今日は売らなくていい」
「人を見てこい」
「人……ですか?」
「ああ」
「何を手に取り」
「何を戻し」
「何を話しているのか」
「それを見てこい」
ジンは首を傾げたまま市場へ向かった。
◇ ◇ ◇
その日、ジンは店を出さなかった。
通りの端に立ち、人々の様子をじっと眺める。
鉄鍋を持ち上げた女性が言う。
「丈夫そうね」
だが、すぐに棚へ戻した。
「でも重いわ」
「毎日使うには疲れそう」
別の女性が銅鍋を手に取る。
「こっちは軽い」
「見た目もかわいいわね」
「料理するのが楽しくなりそう」
店主が笑顔で説明する。
「火の回りも早いですよ」
「煮えるのも早いですから」
「いいわねぇ」
そのまま銅鍋を買っていった。
ジンは黙って紙に書き留める。
重い。
軽い。
見た目。
さらに市場を歩く。
「銅鍋は好きなんだけどねぇ」
「緑色になるのが嫌なのよ」
「毎回磨くのも面倒だし」
「鉄鍋は錆びるでしょう?」
「どっちも一長一短なのよね」
ジンの手が止まった。
「……そうか」
どちらも完璧じゃない。
客は、その中から自分に合う物を選んでいる。
さらに歩いていると、若い母親たちの会話が耳に入った。
「丈夫で」
「軽くて」
「錆びなくて」
「見た目もかわいい鍋があればいいのにね」
ジンは目を見開いた。
「鍋を見ていたんじゃない……」
「お客さんを見ていなかったんだ」
ようやく、ユージの言葉の意味が分かった。
◇ ◇ ◇
製鉄所へ戻るなり、ジンは鍛冶場へ飛び込んだ。
「親方!」
「鉄鍋を錆びなくできませんか!」
「無茶言うな!」
親方は即答した。
「鉄は錆びるもんだ」
「じゃあ、表面だけでも!」
「丈夫で」
「軽くて」
「錆びなくて」
「見た目もきれいな鍋を――」
「そんな都合のいい物があるか!」
すると、奥で図面を描いていたリシュンが顔を上げた。
「待ってください」
「どうした?」
「鉄を変える必要はないかもしれません」
「表面だけ変えればいいのでは?」
親方が腕を組む。
「何で覆う?」
そこへユージがやって来た。
「ガラスだな」
三人が振り返る。
「ガラス?」
「ああ」
ユージは頭を掻いた。
「昔見たテレビ番組でな」
「プロジェクト……何だったかな」
「そんな名前の番組だったと思う」
「鉄をガラスで覆った鍋を見た記憶がある」
「詳しい作り方までは覚えてないけどな」
親方が呆れた顔をする。
「そんなんで作れるか」
「だから、お前たちが考えるんだ」
ユージは笑った。
「俺はヒントを思い出しただけだ」
リシュンは静かに頷く。
「面白いですね」
「やってみましょう」
◇ ◇ ◇
試作は失敗の連続だった。
ガラスが剥がれる。
割れる。
熱するとひびが入る。
「また駄目か!」
「温度を変えてみましょう」
「今度は配合だ!」
何度も失敗を繰り返した。
その間もジンは市場へ通い続ける。
「どのくらいの大きさが使いやすいですか?」
「どんな色なら欲しいですか?」
「蓋は必要ですか?」
主婦たちは笑いながら答えてくれた。
「赤がかわいいわ」
「青も素敵ね」
「蓋は絶対欲しい」
「両手で持てる方が安心ね」
ジンはその声を一つ残らず持ち帰る。
リシュンが設計し。
親方たちが作る。
そして何度目かの挑戦で――
「できたぞ」
作業台の上に置かれた鍋は、美しい深い青色に輝いていた。
鉄の丈夫さ。
ガラスの美しさ。
そして錆びにくさ。
ジンは思わず笑顔になった。
「これだ……」
「みんなが欲しかった鍋だ」
◇ ◇ ◇
数日後。
市場へ並べた新しい鍋は、次々と客の手に渡っていった。
「あら、きれい!」
「軽いわ!」
「これなら手入れも楽そうね」
「一つください」
昼前には用意した鍋が全て売り切れた。
さらに、
「次はいつ入るの?」
「娘にも買ってあげたいの」
「予約できる?」
そんな声まで掛かる。
ジンは興奮したまま製鉄所へ駆け戻った。
「全部売れました!」
「追加注文まで入りました!」
親方たちから歓声が上がる。
ユージは静かに頷いた。
「分かったか?」
「はい」
ジンは大きく頷く。
「最初は、鍋しか見ていませんでした」
「でも、お客さんは鍋を買っていたんじゃない」
「暮らしを便利にしてくれる道具を買っていたんです」
ユージは満足そうに笑った。
「その通りだ」
「いいか、ジン」
「市場の声を聞け」
「人が何に困っているのか」
「何を欲しがっているのか」
「そこから全てが始まる」
「そして、その答えを最高の技術で形にする」
「そうすると、生産が追い付かないほどのヒット商品が生まれるのさ」
ジンは力強く頷いた。
「はい!」
その後、新しい鍋はユージア国内で瞬く間に評判となり、やがて近隣諸国へも輸出されるようになった。
丈夫で、美しく、手入れも簡単。
ユージアを代表する名産品となり、国の財政を大いに潤したという。
それは、また別のお話。




