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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第169話 急がば回れ

 実習が始まって一週間。


 リリスは、製鉄所の工房を見回しながら首を傾げていた。


「……おかしい。」


 知識として学んだ製鉄技術は、どれも理にかなっている。


 職人たちの腕も確かだ。


 なのに、思ったほど作業が進んでいない。


「十七番のスパナは?」


「誰か昨日使ってなかったか?」


「知らねぇ。」


「じゃあ、買ってくる!」


 一人の職人が走り出す。


 また別の場所では、


「この金槌、柄が割れてるぞ。」


「昨日からだ。」


「直さないのか?」


「暇がねぇ。」


 結局、別の工具を探し始める。


 その様子を見ていたリリスは、小さくため息をついた。


(みんな忙しいと言っているのに……。)


(忙しい理由は、本当に仕事だけなのでしょうか。)


 翌日から、リリスは小さな帳面を持って工房を歩き始めた。


 工具を探した時間。


 壊れた工具で作業が止まった時間。


 買い出しに行った時間。


 代用品を探した時間。


 何も言わず、ただ黙々と記録していく。


 三日後。


 リリスは集計した数字を前に、一人驚いていた。


「そんな……。」


 その日の夕方、リシュンとアルノルトを呼び止めた。


「少し、お時間をいただけますか?」


「どうした?」


 リリスは帳面を差し出した。


「この三日間、作業が止まった時間を調べました。」


 リシュンが帳面を覗き込む。


「工具を探した時間、六時間。」


「買い出し、五時間。」


「壊れた工具による作業中断、四時間。」


「代用品を探した時間、三時間。」


「その他の待ち時間、六時間。」


 アルノルトが眉をひそめる。


「全部で……。」


「二十四時間です。」


 工房が静まり返った。


「つまり。」


 リリスはゆっくりと言った。


「私たちは毎日、一人分の労働力を失っています。」


「そんな馬鹿な。」


「数字は嘘をつきません。」


 リシュンは腕を組み、しばらく考え込んだ。


「で?」


「どうする?」


 リリスは少し驚いた。


「反対……されないのですか?」


「数字まで出されたらな。」


 リシュンは豪快に笑う。


「文句言う理由がねぇ。」


 翌日。


 リリスは職人たちの前に立った。


「今日から工具を管理します。」


 工房中がざわつく。


「全部の工具に番号を振ります。」


「置き場所を決めます。」


「使った人は、この帳面に名前を書いてください。」


 一人の職人が不満そうに口を開いた。


「そんな面倒なことしてる暇があったら仕事するわ。」


「ああ。」


「また書類仕事か。」


 リリスは深呼吸した。


「その手間は、一回十秒です。」


「ですが、探す時間は十分、二十分とかかっています。」


「十秒を惜しんで十分失うのは、もっと面倒ではありませんか?」


 誰も反論できなかった。


 さらにリリスは続ける。


「壊れた工具を見つけた人は、この赤い札を付けてください。」


「整備担当が修理します。」


「放置は禁止です。」


 最初の数日は、不満の声も多かった。


「また帳面か。」


「書き忘れた。」


「番号なんて覚えられねぇ。」


 それでも一週間が過ぎる頃には、変化が現れ始める。


「十七番!」


「棚の三段目だ!」


「あった!」


「早ぇ!」


 買い出しに行く者はいなくなった。


 壊れた工具も、その日のうちに修理される。


 作業が止まる時間は、目に見えて減っていった。


 さらに一か月後。


 リリスは再び帳面を集計した。


「無駄時間は……三時間。」


 工房中から歓声が上がる。


「二十四時間が三時間?」


「二十一時間も減ったのか!」


 アルノルトが笑顔で言う。


「これなら残業を減らせますね。」


 リシュンも頷いた。


「いや。」


「交代で休みを取らせよう。」


 職人たちが顔を見合わせる。


「休み?」


「最近、誰も休んでねぇからな。」


 その翌週から、交代で休日を取る制度が始まった。


 最初は不安だった。


 だが結果は逆だった。


 疲れが取れる。


 集中力が戻る。


 ミスが減る。


 事故も減った。


 作業はさらに早く終わるようになった。


 ある日の夕方。


 工房を眺めていたリリスの隣に、ユージが立った。


「どうだ?」


「はい。」


 リリスは嬉しそうに頷いた。


「工具を整理しただけなのに、みんなが笑顔になりました。」


 ユージは首を横に振る。


「違う。」


「え?」


「お前が整理したのは道具じゃない。」


「人が働きやすい環境だ。」


「だから成果が出た。」


 リリスは首を傾げる。


「つまりは、『急がば回れ』ってことだ。」


「急がば回れ?」


「ああ、俺がいた国の言葉でな。」


「急いでいるような時ほど、目先の近道に飛びつくんじゃなく、一見遠回りに思える方法を選んだ方が、結局は早く目的にたどり着けるって意味だ。」


 ユージは工房を見渡して微笑む。


「まあ、お前さんがやったようなことを言う言葉だ。」


 リリスも職人たちへ目を向ける。


 番号順に並ぶ工具。


 整然とした棚。


 笑いながら働く職人たち。


 そして、今日は交代で休暇を楽しんでいる仲間もいる。


 リリスは小さく微笑んだ。


(急がば……回れ。)


 その言葉の意味を、彼女はようやく理解した。


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