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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第168話 もったいない 後編

 翌朝。


 ガイルは夜明け前から製鉄所へ来ていた。


 工房の中では、リシュンとアルノルトが、昨日の続きを始めている。


 床一面に広げられた設計図。


 机の上には、何枚もの図面と計算書。


 職人たちも、それぞれ忙しく動き回っていた。


「ここで熱が逃げてます。」


「なら配管を短くしよう。」


「いや、それじゃ整備が大変だ。」


「熱交換器をもう一段追加した方がいいですね。」


 二人の会話は、半分も理解できない。


 ガイルは図面を運び、工具を手渡し、言われた寸法を書き留める。


 それしかできなかった。


(僕だけ……。)


(何の役にも立ってない。)


 胸の奥に、小さな悔しさが積もっていく。


 昼過ぎ。


 一人の職人が工房へ飛び込んできた。


「リシュンさん!」


「試作品が組み上がりました!」


「よし!」


 リシュンは勢いよく立ち上がる。


「みんな来い!」


 製鉄所の一角。


 新しく据え付けられた装置が、陽の光を浴びていた。


 太い蒸気配管。


 熱交換器。


 そして、小さな羽根車。


「始めるぞ。」


 高炉から送られた高温の蒸気が、ゆっくりと流れ込む。


 全員が息を呑んだ。


 カタ……


 羽根車はわずかに動き――止まった。


 静寂。


 アルノルトが装置を確認する。


「蒸気圧が足りません。」


「配管からも熱が逃げています。」


 リシュンは腕を組み、大きく息を吐いた。


「……失敗か。」


 だが次の瞬間、豪快に笑い出した。


「一回で成功する発明なんざ、この世にねぇ!」


 職人たちも笑う。


「また徹夜ですね。」


「当然だ!」


「面白くなってきたじゃねぇか!」


 その日から、試行錯誤が始まった。


 配管の太さを変え。


 弁を作り直し。


 羽根の角度を変え。


 熱交換器を改良する。


 失敗。


 改良。


 失敗。


 改良。


 その繰り返しだった。


 ある日の夕方。


 ガイルは一人、図面を眺めていた。


「まだ帰らないのか?」


 振り向くと、ユージだった。


「ユージさま。」


「難しいか?」


「はい。」


 ガイルは苦笑した。


「皆さんは次々と改善案を思いつくのに……。」


「僕だけ何もできません。」


 ユージは図面を一枚手に取り、少し笑った。


「そうか?」


「お前がいなかったら、この話は始まってないぞ。」


「でも、考えたのは僕じゃありません。」


「違う。」


 ユージは静かに首を振る。


「みんな毎日、この煙突を見てた。」


「でも、お前だけが『もったいない』って思った。」


「技術ってのはな。」


「意外と、そんな一言から始まるもんだ。」


 ユージは図面を机に戻す。


「焦るな。」


「今は、いっぱい見て、いっぱい失敗してこい。」


「その経験は、絶対にお前の力になる。」


 そう言うと、軽く手を振って工房を出て行った。


 数日後。


 改良型の試作機が完成した。


「始めます!」


 蒸気が送り込まれる。


 羽根車がゆっくり震えた。


 そして――


 ウィィィィィン……


 今度は止まらない。


 勢いよく回り始めた。


「回った!」


「成功だ!」


 工房中に歓声が響く。


 誰もが笑顔だった。


 リシュンは腕を組みながら、大きく頷く。


「よし!」


「ここからだ!」


「もっと効率を上げるぞ!」


「まだまだ改良の余地は山ほどある!」


「はい!」


 職人たちの返事が響く。


 誰も完成とは思っていない。


 もっと良くできる。


 そんな顔だった。


 夕暮れ。


 片付けを終えたガイルが帰ろうとすると、リシュンが声を掛けた。


「ガイル。」


「はい!」


「今日はよく頑張ったな。」


「ありがとうございました!」


 ガイルは深々と頭を下げる。


 リシュンは照れくさそうに頭を掻いた。


「俺に礼なんざいらねぇ。」


「え?」


「礼なら、リーダーに言ってやれ。」


「ユージさまに……ですか?」


「ああ。」


 リシュンは煙突から立ち上る白い蒸気を見上げた。


「あの人は、全部知ってるわけじゃねぇ。」


「だがな、人を育てることにかけちゃ天才だ。」


「最低限のヒントだけ置いて、後は俺たちに考えさせる。」


「今回だってそうさ。」


「排熱発電って言葉だけ置いて、後は全部、俺たちに任せた。」


 ガイルは黙って聞いている。


「お前の『もったいない』って一言を拾って、俺たちに渡してくれたんだ。」


「きっと、お前を育てるつもりだったんだろう。」


 リシュンは小さく笑った。


「俺には分かる。」


「だから胸を張れ。」


「お前が『もったいない』って言わなきゃ、この話は始まらなかった。」


 ガイルは目を潤ませながら、大きく頷く。


「はい!」


 製鉄所を出る前。


 ガイルはもう一度、高炉を見上げた。


 煙突から立ち上る白い蒸気。


 昨日までの自分には、ただ空へ消えていく熱にしか見えなかった。


 けれど今は違う。


 あの白い蒸気の向こうに、人の知恵がある。


 仲間がいる。


 そして、未来がある。


 学校で学んだ知識。


 現場で得た経験。


 その二つが、初めて一つにつながった気がした。


 ガイルは小さく微笑む。


(やっぱり……。)


(もったいない。)


 その一言が、世界を少しだけ前へ進めたことを、彼はまだ知らなかった。

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