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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第167話 もったいない 前編

 ガイルが実習先として割り当てられたのは、建設中の製鉄所だった。


 王都郊外に造られたその施設は、これまで彼が見たどんな建物よりも大きかった。


 天井は高く、太い柱が何本も並び、あちこちに巨大な炉や見慣れない機械が据え付けられている。


 まだ本格稼働前だというのに、内部には大勢の職人や技術者が出入りしていた。


 金属を叩く音。


 蒸気の噴き出す音。


 怒鳴り声。


 飛び交う指示。


 学校とはまるで違う、荒々しい空気だった。


「ぼさっとするな、小僧!」


「は、はい!」


 突然背後から怒鳴られ、ガイルは慌てて振り返った。


 そこに立っていたのは、筋骨隆々とした大柄な男だった。


 煤で汚れた作業着を身に着け、太い腕を組んでいる。


「今日からお前の面倒を見るリシュンだ」


「よろしくお願いします!」


 ガイルは勢いよく頭を下げた。


 リシュンはそんな彼を上から下まで眺める。


「学校の成績は?」


「えっと……普通です」


「得意なことは?」


「特には……」


「力仕事は?」


「あまり自信がありません」


「はっ!」


 リシュンは鼻で笑った。


「使えねぇ小僧だな」


「す、すみません」


「謝る暇があるなら覚えろ。知らねぇことは恥じゃねぇ。知らねぇまま突っ立ってる奴が一番邪魔なんだ」


「はい!」


「返事だけはいいな。ついて来い」


 リシュンはそう言って歩き始めた。


 ガイルは置いていかれないよう、その後を追った。


 最初に案内されたのは、製鉄所の中心に据え付けられた巨大な炉だった。


 まだ試運転前だというのに、その威圧感だけでガイルは息を呑んだ。


 何人もの大人が手をつないでも囲めそうにない。


「これが高炉だ」


 リシュンが炉を見上げながら言った。


「鉱石をぶち込んで、鉄を取り出す」


「これで鉄が作れるんですか?」


「ああ。ただし、火をつけりゃ勝手に鉄ができるなんて思うなよ」


 リシュンは炉の外壁を拳で軽く叩いた。


「鉄を作る上で一番大事なのは、鉄そのものじゃねぇ」


「え?」


「熱だ」


 ガイルは首を傾げた。


 リシュンは近くに置かれていた鉄の棒を手に取った。


「鉄は高温で溶ける。だが、ただ温度を上げればいいわけじゃねぇ。場所によって温度が違えば、うまく溶けない。熱が足りなければ不純物が残る。逆に上げすぎりゃ炉を傷める」


「炉も鉄でできているんですよね?」


「外側はな」


 リシュンは口の端を上げた。


「だから内側には、熱に耐える特別な煉瓦や素材を使う。そうしなきゃ鉄を溶かす前に、炉の方が駄目になる」


「なるほど……」


「さらに、炉だけじゃねぇ。溶けた鉄を運ぶ設備も、空気を送る機械も、全部熱にさらされる」


 リシュンは炉の周囲を指差した。


 太い配管。


 送風装置。


 水が流れる冷却設備。


 どれもガイルには用途が分からない。


「熱を作る。必要な場所へ集める。逃げないように閉じ込める。それでも余った熱は外へ出す」


「外へ?」


「そうだ。熱がこもれば機械が壊れる。最悪の場合、爆発する」


「爆発……」


 ガイルの顔が引きつった。


 リシュンは笑った。


「怖くなったか?」


「少しだけ」


「なら覚えろ。怖さを知ってる奴は、確認を怠らねぇ」


 それからガイルは、製鉄所内を一通り案内された。


 鉱石を砕く場所。


 燃料を運ぶ設備。


 炉へ空気を送る送風機。


 溶けた鉄を受ける器。


 型へ流し込む設備。


 どこへ行っても、リシュンの口から出るのは熱の話だった。


 熱を加える。


 熱を保つ。


 熱を逃がす。


 熱から守る。


 製鉄所とは、巨大な炎を扱う場所だと思っていた。


 だが実際には、熱を思い通りに動かすために、無数の工夫が積み重ねられた場所だった。


「いいか、小僧」


 リシュンは太い煙突を指差した。


「製鉄ってのはな、鉄を作る仕事じゃねぇ」


「熱を制御する仕事だ」


 ガイルは煙突を見上げた。


 試運転中の設備から、白い蒸気が勢いよく吐き出されている。


 近くに立っているだけでも、肌が熱い。


「ずいぶん熱いですね」


「当たり前だ。余った熱を外へ逃がしてるんだからな」


「余った熱……」


 ガイルはその言葉を口の中で繰り返した。


 煙突からは、熱気が絶え間なく吐き出されている。


 炉を冷やすために使われた水も、熱せられて大量の湯気を上げていた。


「リシュンさん」


「あ?」


「さっき、熱は大事だって言いましたよね?」


「ああ」


「鉄を溶かせるくらいの熱って、すごい力なんですよね?」


「そりゃそうだ」


「なのに、余ったら捨てるんですか?」


 リシュンが足を止めた。


 ガイルは煙突を見上げたまま続ける。


「せっかく作った熱なのに」


「空へ逃がしてしまうなんて……」


 そこで一度言葉を切った。


「もったいなくないですか?」


 リシュンは何も答えなかった。


 怒らせてしまったのかと思い、ガイルは慌てて振り返る。


「す、すみません。素人なのに変なことを……」


「いや」


 リシュンは煙突を睨んでいた。


「続けろ」


「え?」


「その先だ。何か考えがあるんだろ?」


「考えというほどでは……」


 ガイルは戸惑いながら口を開いた。


「ただ、その熱を別のことに使えないのかなって」


「例えば?」


「そこまでは分かりません」


 ガイルは正直に首を振った。


「でも、学校で習いました。熱は物を温めたり、蒸気を作ったり、何かを動かしたりできるって」


「……ほう」


 リシュンの目つきが変わった。


 先ほどまでガイルを見下ろしていた親方の顔ではない。


 何かを考える技術者の顔だった。


「排熱の利用か」


 リシュンは小さく呟き、近くで図面を確認していた男を呼んだ。


「おい、アルノルト!」


 呼ばれたアルノルトが顔を上げる。


「どうしました?」


「この小僧が面白ぇことを言い出しやがった」


「面白いこと?」


「炉や冷却設備から出る熱を、何かに使えねぇかって話だ」


 アルノルトは一瞬ガイルを見た後、煙突へ視線を移した。


「排熱の再利用ですか」


「ああ」


「製鉄所は大量の電力を消費します」


 アルノルトは顎に手を当てた。


「仮に、この熱を使って発電できれば、稼働効率はかなり上がります」


「やっぱり、そう思うか?」


「ただし、そのままでは扱いにくい。熱を一定の形へ変える必要があります」


「蒸気か?」


「可能性はあります」


 二人はその場で議論を始めた。


 熱をどこから取り出すか。


 どれほどの温度があるか。


 どの設備なら利用できるか。


 ガイルには難しい言葉ばかりだった。


 自分が話のきっかけを作ったはずなのに、すっかり置いていかれている。


「あれ?」


 ガイルが戸惑っていると、後ろからのんびりした声が聞こえた。


「お前ら、何やってるんだ?」


 振り返ると、ユージが立っていた。


「リーダーか」


 リシュンは図面から顔も上げずに答える。


「この小僧がな。捨ててる熱がもったいねぇって言い出しやがった」


「それで、何かに使えないか考えてたところだ」


「捨ててる熱?」


 ユージは煙突を見上げる。


「ああ」


 そして、あっさりと言った。


「排熱発電か」


 リシュンとアルノルトが同時に振り返った。


「知ってるのか?」


「詳しくは知らないよ」


 ユージは肩をすくめる。


「でも、排熱で水を温めて蒸気を作って、その蒸気でタービンを回す仕組みがあったはずだ」


「蒸気でタービンを……」


 アルノルトの目が見開かれる。


「直接熱を使うのではなく、一度蒸気へ変換する」


「熱交換か!」


 リシュンが大声を上げた。


「その手があった!」


 周囲にいた職人たちが驚いて振り返る。


 しかし、リシュンは気にも留めない。


「おい、アルノルト!」


「発電機の設計図を持って来い!」


「蒸気圧が取れりゃ、十分回せるかもしれねぇ!」


「冷却水の流路も確認します」


「使えそうな排熱源を洗い出しましょう」


「よし!」


 リシュンは大きく頷いた。


「面白ぇ!」


「こいつは面白くなってきやがった!」


 二人は早足で歩き出した。


 ガイルはその背中を見送る。


 どうやら自分の役目は終わったらしい。


 そう思い、その場に残ろうとした。


「何やってる、小僧!」


 リシュンが振り返って怒鳴った。


「え?」


「お前も来い!」


「ぼ、僕もですか?」


「当たり前だろうが!」


 リシュンは歯を見せて笑った。


「言い出しっぺは、お前さんだろうが!」


 ガイルは目を丸くした。


 やがて、慌てて二人の後を追いかける。


 走りながら、もう一度だけ煙突を見上げた。


 白い蒸気は、今も空へと昇り続けている。


 あれほどの熱が、何にも使われず消えていく。


 ガイルは改めて思った。


(やっぱり……)


(もったいない)

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