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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第163話 市場経済 前編

 ジンは腕を組み、タブレットを見つめていた。


 ガイルは蒸気機関を学び。


 リリスは兵站を学んだ。


 セシルは因果関係という、新たな物の見方を手に入れた。


(俺だけ、皆と違う気がする。)


(俺は、一体何を学べばいいんだろう。)


 ジンは商人の息子として育った。


 物を売ることも知っている。


 値切ることも。


 利益を出すことも。


 彼が知っているのは、それだけだった。


 何か決定的に足りない。


 そんな気がしていた。


『ジンさん。』


 愛ちゃんが優しく声を掛ける。


『今日は、市場経済について学びましょう。』


「市場経済?」


『はい。』


『皆さんが豊かに暮らすための、とても大切な仕組みです。』


 タブレットの上に光が集まり、立体映像が浮かび上がる。


 二つの小さな村だった。


『こちらの村では、小麦が豊作でした。』


 一面に広がる黄金色の麦畑。


 しかし。


 家畜小屋は空っぽだった。


『ところが、家畜の病気が流行し、牛や豚がほとんど死んでしまいました。』


「肉が食べられないのか。」


『そうです。』


 次に、もう一つの村が映る。


『こちらの村では逆に、小麦は不作でした。』


 畑は寂しい。


 しかし。


 牧場では牛や羊が元気に走り回っている。


「なるほど。」


「肉はあるけど、小麦がない。」


『その通りです。』


『さて、ジンさん。』


『どうすれば、この二つの村は豊かになれるでしょうか。』


 ジンは少し考える。


 そして、にやりと笑った。


「簡単ですよ。」


「交換すればいいんです。」


『交換?』


「はい。」


「小麦を肉と交換するんです。」


「そうすれば、どっちの村も困りません。」


 愛ちゃんは嬉しそうに頷いた。


『正解です。』


『これが交易です。』


 映像の中で、荷馬車が二つの村を行き交う。


 小麦が運ばれ。


 肉が運ばれる。


 村人たちの表情が、少しずつ明るくなっていった。


「すげぇ……。」


 ジンは思わず呟く。


『では、もう一つ考えてみましょう。』


『小麦がたくさん採れた村では、小麦の値段はどうなるでしょう。』


「安くなります。」


『なぜですか?』


「余ってますから。」


『では、肉は?』


「少ないから、高くなります。」


『その通りです。』


『では、反対の村は?』


「逆です。」


「肉は安くて、小麦は高い。」


 愛ちゃんは微笑んだ。


『すると、商人は自然と何をするでしょう。』


「安い小麦を買って、高い村へ運びます。」


「そして。」


「安い肉を買って、こっちへ運ぶ。」


 映像の中で、多くの商人たちが街道を行き交い始めた。


 村は町になり。


 町は都市へと成長していく。


 市場には様々な品物が並び、人々の笑顔が増えていく。


「なるほど!」


 ジンは身を乗り出した。


「市場って!」


「勝手にバランスを取るんだ!」


『はい。』


『高いものは、多くの人が作ろうとします。』


『安いものは、作る人が減ります。』


『そうして、需要と供給が少しずつ釣り合っていくのです。』


 ジンは感心したように頷いた。


「誰かが命令してるわけじゃない。」


「みんなが自分のために動いてるだけなのに。」


「ちゃんと全体のバランスが取れていく。」


『その通りです。』


『市場経済とは、人々が自由に売り買いをすることで、社会全体を豊かにしていく仕組みなのです。』


 映像はさらに変わる。


 鍛冶屋が増え。


 農具が進化し。


 収穫量が増え。


 商人が行き交い。


 町はますます栄えていく。


「すごい……。」


「市場って。」


「人を豊かにするための仕組みなんだ。」


 愛ちゃんは優しく頷いた。


『はい。』


『だからこそ、多くの国では市場を大切にしています。』


 ジンは腕を組み、満足そうに笑った。


「なんだ。」


「市場経済って、思ってたよりずっと簡単じゃないか。」


「自由に売り買いすれば。」


「みんな幸せになれるんだ。」


 愛ちゃんは、その言葉を聞いても否定しなかった。


 ただ。


 ほんの少しだけ意味ありげに微笑んだ。


『本当に、そうでしょうか。』


「え?」


『その答えは、次の授業で一緒に考えてみましょう。』


 ジンは首を傾げた。


 市場が、人々を豊かにする。


 それは間違いない。


 では、愛ちゃんは何を伝えようとしているのだろう。


 ジンはまだ、その本当の意味を知らなかった。


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