第162話 間違ってなかったんだ 後編
『はい!』
『何でも、いくつでもどうぞ!』
愛ちゃんの返事を聞いた瞬間、セシルの表情がぱっと輝いた。
「では、まず一つ目です!」
「先ほど、すべての結果には原因があるとおっしゃいましたよね?」
『はい。』
「では、その原因にも、さらに別の原因があるのですか?」
『あります。』
「その原因にも?」
『あります。』
「では、その原因にも?」
『もちろん、ありますよ。』
セシルは目を見開いた。
「どこまで続くんですか?」
『どこまでも追究できます。』
『ただし、問題を解決するうえで、どこまで遡る必要があるかは、その都度判断しなくてはなりません。』
「なるほど……。」
セシルは早くも手元の紙へ書き込み始めた。
「では二つ目です!」
「複数の原因が重なって、一つの結果が起きることもありますか?」
『あります。』
「反対に、一つの原因から複数の結果が生じることも?」
『もちろんです。』
「では――」
『セシルさん。』
愛ちゃんが穏やかに呼びかけた。
セシルは、はっと口を閉じる。
「す、すみません……。」
「やっぱり、一度に聞きすぎましたか?」
『いいえ。』
『せっかくですから、実際の事例を使って一緒に考えてみましょう。』
「実際の事例?」
『はい。』
タブレットの画面が切り替わった。
そこに映し出されたのは、巨大な製鉄所だった。
何本もの煙突。
複雑に入り組んだ配管。
赤く熱せられた鉄。
絶え間なく動き続ける巨大な機械。
「すごい……。」
セシルは思わず息を呑んだ。
『これは、皆さんが将来働く予定の製鉄所を再現した映像です。』
『製鉄所は、多くの設備と人が複雑に関係し合って動く、巨大なシステムです。』
「システム……。」
『複数の要素が互いに影響し合い、一つの目的を果たす仕組みのことです。』
『そして今、この製鉄所で問題が起きています。』
映像の中で、一本の圧延機がゆっくりと止まった。
警報音が鳴り響く。
周囲の作業員たちが慌ただしく動き始めた。
『この機械が故障しました。』
『セシルさんなら、どうしますか?』
「修理します。」
『どこを修理しますか?』
「それは……。」
セシルは口ごもった。
「故障した場所を調べます。」
『どうやって調べますか?』
「機械を見て……。」
「壊れている部品を探します。」
『では、壊れた部品を交換すれば、それで解決でしょうか?』
セシルは少し考えた。
「先ほどのお話では、それだけでは対症療法になるかもしれない、と……。」
『その通りです。』
画面が機械の内部へ切り替わる。
一本の軸が折れていた。
『直接的な故障原因は、この軸の破損です。』
「では、どうして軸が折れたのでしょう?」
『良い質問です。』
セシルの目が輝く。
「老朽化ですか?」
『軸は交換したばかりです。』
「初期不良?」
『検査時には問題ありませんでした。』
「では、設計に問題が?」
『同じ設計のほかの機械は、正常に動いています。』
「整備不足……。」
セシルは画面へ顔を近づけた。
「愛ちゃん先生。」
「この軸は、いつもより熱くなっていませんでしたか?」
『なぜ、そう考えたのですか?』
「回転する部品には、摩擦が生じます。」
「もし何らかの理由で摩擦が大きくなれば、熱も増えるはずです。」
『正解です。』
画面に過去数日間の記録が表示された。
軸の温度は、少しずつ上昇していた。
「やっぱり!」
「では、潤滑が足りなかったのでしょうか?」
『調べてみましょう。』
潤滑油の容器が映し出される。
中身は、ほとんど空だった。
「これが原因ですね!」
『本当に、それが根本原因でしょうか?』
「えっ?」
セシルは戸惑った。
『なぜ、潤滑油が不足したのでしょう。』
「担当者が補充しなかったから……。」
『なぜ、補充しなかったのでしょう。』
「忘れていた?」
『担当者は、毎日点検していました。』
「では、潤滑油がなかった?」
『はい。保管庫は空でした。』
「なぜ、保管庫が空になったのですか?」
『発注されていなかったからです。』
「なぜ、発注されなかったのですか?」
『発注担当者には、在庫が少なくなったという報告が届いていませんでした。』
「なぜ、報告が届かなかったのですか?」
『在庫管理表の記入方法が、現場に十分周知されていなかったからです。』
セシルは言葉を失った。
画面に、原因が一本の線となって表示される。
機械停止。
軸の破損。
過熱。
潤滑不足。
在庫切れ。
発注漏れ。
報告漏れ。
管理方法の周知不足。
「全部……。」
「つながっているんですね。」
『はい。』
『軸を交換するだけでは、また同じ故障が起きます。』
『潤滑油を補充するだけでも、根本的な解決にはなりません。』
『必要なのは、在庫管理と報告の仕組みを改善することです。』
「機械が壊れた原因が……。」
「人の仕事のやり方にまでつながっている……。」
『製鉄所は、機械だけで動いているわけではありませんから。』
『機械。』
『人。』
『物資。』
『情報。』
『それらが互いに関係し合っています。』
セシルは夢中で書き留めていく。
「では、機械が壊れていなくても、異変に気付くことはできるのですか?」
『できます。』
『熟練の技術者は、機械と会話すると言います。』
「機械と、会話……。」
『少し詩的な表現ですね。』
『ですが、その本質は違います。』
画面に、正常に稼働している機械が映し出された。
『毎日、真剣に機械と向き合っていれば。』
『ほんの少しの異音。』
『わずかな焦げた匂い。』
『稼働速度の低下。』
『振動や軸のブレ。』
『いつもとは違う、僅かな変化に気付けるようになります。』
『そして、その小さな違和感の原因を突き止める。』
『大きな故障や事故になる前に対処する。』
『これが、機械と会話するという言葉の本質です。』
「機械は、言葉ではなく、変化で異常を訴えているんですね。」
『とても良い表現です。』
褒められたセシルは、嬉しそうに頬を緩めた。
『ですが、これは機械だけの話ではありません。』
「人も、ですか?」
『はい。』
画面が切り替わる。
今度は、製鉄所の勤務記録や生産記録が並んでいた。
『例えば。』
『最近、残業時間が増えてきた。』
『薬品の使用量が増えてきた。』
『不良品が少しずつ増えてきた。』
『一人当たりの生産量が下がってきた。』
『日々、さまざまな変化が起こります。』
『それらを、ただ漫然と眺めてはいけません。』
『なぜ、その変化が起きたのでしょう。』
『人手が足りないのでしょうか。』
『作業手順に無駄があるのでしょうか。』
『設備の能力が落ちているのでしょうか。』
『材料の品質が変わったのでしょうか。』
『あるいは、働く人たちが疲れているのでしょうか。』
セシルは、一つひとつの数字を見比べた。
「変化には、必ず理由がある……。」
『はい。』
『原因が分かれば、対策を考えることができます。』
『ですが、原因を誤れば、対策も誤ります。』
『残業が増えたから、もっと長く働かせる。』
『薬品が足りないから、もっと大量に投入する。』
『それでは、かえって問題を悪化させるかもしれません。』
「だから、結果だけを見てはいけない。」
『その通りです。』
「その前に何があったのか。」
「さらに、その前には何があったのか。」
「一つずつ、因果関係をたどっていく……。」
『はい。』
『それこそが、セシルさんの得意なことです。』
セシルは胸に手を当てた。
「私の……得意なこと。」
『あなたは、納得できるまで「なぜ」と問い続けることができます。』
『多くの人が見過ごす小さな矛盾にも、気付くことができます。』
『その力は、巨大なシステムを安全かつ安定して動かすために、必ず役立ちます。』
セシルは、タブレットへ詰め寄るように身を乗り出した。
「愛ちゃん先生!」
『はい。』
「世界中のすべてのことに、原因があるんですか?」
『少なくとも、私たちが観測できる出来事の多くには、何らかの原因があります。』
「その原因を知れば、悪い結果を防ぐこともできますか?」
『できます。』
「失敗しても、原因を突き止めれば、次は成功できますか?」
『できます。』
「では……。」
セシルの声が、少し震えた。
「原因を知ることができれば。」
「これから起きることを、変えることもできるんですか?」
愛ちゃんは、優しく微笑んだ。
『はい。』
『過去に起きたことは変えられません。』
『ですが、過去から学び、原因を正しく理解すれば。』
『未来の結果を変えることはできます。』
セシルの瞳が、大きく見開かれた。
「そっか……。」
「神様は、結果を教えてくださる。」
「でも私たちは。」
「その間にある理由を、考えることができるんだ。」
『はい。』
『そして、その理由を理解することは、神様がお創りになった世界を、より深く知ることでもあるのではないでしょうか。』
セシルは、ゆっくりと頷いた。
「知りたい……。」
「私、もっと知りたいです!」
「機械のことも。」
「人のことも。」
「組織のことも。」
「この世界が、どうしてこうなっているのかも!」
『では、一緒に学びましょう。』
「はい!」
セシルは満面の笑みで答えた。
これまで彼女の「なぜ」は、周囲を困らせるだけのものだった。
しかし、その日。
セシルの「なぜ」は、未来を変えるための力へと変わった。
世界は、ただ神託の結果だけで動いているのではない。
原因があり。
過程があり。
そして、結果がある。
その一つひとつを解き明かすことこそが。
セシルが初めて見つけた、自分だけの道だった。




