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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第160話 力だけじゃない

 カンッ!


 木剣同士が激しくぶつかり合う。


「はあっ!」


 リリスは鋭く踏み込み、一気に間合いを詰めた。


 右、左。


 流れるような連撃に、相手は防戦一方となる。


「速い……!」


「さすがロクローマル教官の弟子だ!」


 見学していた近衛隊員たちから感嘆の声が漏れた。


 しかし。


 相手は不敵に笑った。


「剣の腕は、本物だ。」


 ユージア国近衛隊訓練生、ライアン。


 近衛隊入隊を目指し、日々厳しい鍛錬を積んでいる青年だった。


 ライアンは木剣を受け流すと、一気に間合いを潰した。


「なっ!?」


 木剣を絡め取り、そのまま体を密着させる。


 次の瞬間。


 ぐいっ。


 リリスの体が宙に浮いた。


「しまっ──!」


 ドサッ!


 背中から地面へ叩きつけられる。


「そこまで!」


 審判役の教官が右手を上げた。


「勝者、ライアン!」


 周囲から拍手が起こる。


 ライアンは木剣を収めると、苦笑しながら手を差し出した。


「悪かったな。」


「剣だけなら、俺が負けてたかもしれねぇ。」


「でも、組み合いになっちまえば、男が有利だからさ。」


 リリスは悔しそうにその手を見つめた。


 やがて、小さく息を吐いて手を取る。


「ありがとうございました。」


 ライアンは照れくさそうに笑った。


「また胸を貸すよ。」


「次は俺が負けるかもしれねぇ。」


 リリスは笑顔を作ろうとしたが、うまく笑えなかった。



 昼休み。


 リリスは校舎裏の木陰に一人座り込んでいた。


「やっぱり……。」


 ぽつりと呟く。


「力じゃ、男には敵わないんだ……。」


 ロクローマル教官のような豪将。


 誰よりも強く。


 誰よりも前に立ち。


 皆を勝利へ導く英雄。


 そんな将になりたかった。


 でも。


 今日の演習ではっきりと思い知らされた。


 剣の腕では互角に渡り合えても。


 最後は、腕力の差で押し切られてしまう。


「やっぱり。」


「あたしには無理なのかな……。」


「こんなところにおったか。」


 聞き慣れた声に振り向く。


 神楽耶だった。


「神楽耶先生……。」


 神楽耶はリリスの隣に腰を下ろす。


「そう落ち込むでない。」


「個人の戦闘力だけであれば、妾もユージ殿もタケシトには到底及ばぬ。」


 リリスは思わず目を丸くした。


「えっ?」


「ユージさんも?」


「もちろんじゃ。」


「リシュンやアルノルトなどは、論外じゃな。」


 思わず吹き出す。


 神楽耶も楽しそうに笑った。


「じゃがの。」


「そんな皆が、それぞれの役割を果たしておるが故に、ユージア国は強いのじゃ。」


 リリスは黙って耳を傾ける。


「おぬしには、おぬしにしかできぬことがあろうて。」


「それを探すのも、この学校の目的の一つじゃ。」


 神楽耶は立ち上がり、校舎へ向かって歩き始めた。


「ささ。」


「午後の授業が始まるぞよ。」


 リリスは空を見上げ、小さく息を吐く。


(あたしにしか、できないこと……。)


(本当に、そんなものがあるのかな。)


◇ ◇ ◇


 午後の授業が始まった。


 教室の照明がゆっくりと落とされる。


 愛ちゃんの穏やかな声が響いた。


『本日のテーマは、兵站です。』


 次の瞬間。


 タブレットの上に光が集まり、教室の中央へ立体映像が浮かび上がる。


「わぁ……。」


 山脈。


 河川。


 街道。


 都市。


 補給拠点。


 そして、赤と青の駒が配置された巨大な砂盤。


 まるで本物の戦場を見下ろいているかのようだった。


『なお、本日の教材は、ユージさんが元の世界で学ばれた歴史を基に再現したものです。』


『この世界とは歴史も地理も異なります。』


『ですが、人が集団で戦う以上、その本質は変わりません。』


『皆さんは、この歴史から「戦争とは何か」を学んでください。』


 愛ちゃんが砂盤へ手をかざす。


 赤い駒が、一斉に進軍を始めた。


『ある時代。』


『史上最強と呼ばれた名将は、六十万を超える大軍を率いて、大陸の奥深くへ侵攻しました。』


 街が次々と占領される。


「すごい!」


「圧勝じゃない!」


 しかし。


 青い駒は決戦を避けるように後退を続ける。


 街を捨て。


 食料を運び去り。


 倉庫へ火を放つ。


「逃げてるだけじゃん。」


 リリスが首を傾げる。


 やがて季節が変わる。


 砂盤に雪が降り積もった。


 すると。


 赤い駒が、一つ、また一つと消えていく。


「えっ?」


「なんで!?」


『寒さ。』


『飢え。』


『疫病。』


『そして、長く伸び過ぎた補給線。』


『名将は敵軍に敗れたのではありません。』


『補給に敗れたのです。』


 教室は静まり返った。


『続いて、二つ目の事例です。』


 砂盤は大海原へ姿を変える。


 東方の小さな島国。


 そして、圧倒的な国力を誇る巨大国家。


『ある島国は、国力差を覆すため奇襲攻撃を選択しました。』


 奇襲は成功する。


 敵艦隊が次々と撃破される。


「すごい!」


「これなら勝てる!」


 しかし。


 戦線は少しずつ広がっていく。


 一つの島。


 また一つの島。


 さらに遠くの島へ。


 補給船は長い航路を往復し続けた。


 やがて。


 一隻。


 また一隻と、その姿が消えていく。


『輸送船を失いました。』


『石油を失いました。』


『補給線を失いました。』


「つまりは、詰んだということ?」


『そうですね。』


『本来、この国に勝機があるとすれば。』


『奇襲によって短期間で敵中枢へ迫り、講和へ持ち込むことでした。』


『しかし、戦線を広げ過ぎました。』


『その結果、自ら補給能力の限界を超えてしまったのです。』


 砂盤の上に、一隻の巨大な戦艦が現れる。


『そして最後には。』


『その国が世界に誇った巨大戦艦でさえ、帰還する燃料を積むことができず、片道分の燃料だけを積んで出撃することになります。』


 リリスは思わず声を上げた。


「だって……。」


「片道分じゃ、帰れないじゃん!」


 愛ちゃんは静かに頷いた。


『はい。』


『皆、それは当然分かっていました。』


『それでも出撃せざるを得なかったのです。』


『帰ることができないと分かっていながら、出撃せざるを得ない。』


『その兵士たちの気持ちを考えると、いたたまれませんね。』


 教室が静まり返る。


 誰一人、言葉を発しない。


 愛ちゃんは砂盤へ視線を戻した。


『では、リリスさん。』


『もし、あなたが一万の軍を率い、敵が十万だったら、どう戦いますか。』


リリスは迷うことなく答えた。


「正面突破!」


 愛ちゃんは優しく微笑んだ。


『とても勇ましいですね。』


『その一本気なところが、リリスさんの長所でもあり、弱さでもあります。』


 リリスは少し照れくさそうに頭を掻いた。


『では、先ほどの二つの事例を思い出してください。』


『やはり戦争は、数が物を言います。』


『同じ条件で戦えば、大軍が有利です。』


『しかし、歴史を振り返ると、少数が大軍に勝利した例も数多く存在します。』


『さて。』


『どうすれば、そのような戦いが可能になるのでしょうか。』


『少し考えてみてください。』


 教室が静まり返る。


 リリスは砂盤を見つめた。


 大軍。


 長く伸びた補給線。


 街道。


 補給拠点。


 輸送船。


 そして、帰ることのできなかった巨大戦艦。


 ふと、神楽耶の言葉が頭をよぎる。


――おぬしには、おぬしにしかできぬことがあろうて。


 リリスは砂盤へ歩み寄った。


「……ここ。」


 街道を指差す。


「もし、この道を使えなくしたら?」


『はい。』


 愛ちゃんは静かに頷く。


 リリスはさらに考える。


「こっちの食料庫を焼いたら?」


『その軍は補給能力を失います。』


「橋を落としたら?」


『進軍速度は大幅に低下します。』


「港を押さえたら?」


『海上からの補給は止まります。』


 リリスはハッと顔を上げた。


「そうか!」


「兵隊を倒すんじゃない!」


「戦えなくすればいいんだ!」


 愛ちゃんは穏やかに微笑んだ。


『その通りです。』


『兵士は食べなければ戦えません。』


『武器が届かなければ戦えません。』


『薬がなければ傷を癒やせません。』


『馬がいなければ進軍できません。』


『燃料がなければ船も動きません。』


『どれほど勇敢な兵士も。』


『どれほど優れた将軍も。』


『兵站なくして勝利はありません。』


 リリスは食い入るように砂盤を見つめていた。


「戦争って……。」


「前で戦う人だけじゃないんだ。」


『はい。』


『戦争とは巨大な組織活動です。』


『前線だけでは勝てません。』


『前線を支える無数の人々がいて、初めて勝利があります。』


 ロクローマルの姿が脳裏に浮かぶ。


 戦場を駆ける豪将。


 その後ろには、数え切れないほど多くの人々がいたはずだ。


「あたし……。」


「戦いには、力こそが一番大切なんだって思ってた。」


 静かに目を閉じる。


 そして、小さく笑った。


「ロクローマル教官みたいな豪将には、なれないかもしれない。」


 ゆっくりと顔を上げる。


「でも。」


「仲間を支えることなら。」


「あたしにも、できるかもしれない。」


 愛ちゃんは優しく頷いた。


『その考え方こそが、兵站の第一歩です。』


 教室は静まり返っていた。


 誰も言葉を発しない。


 砂盤の上では、片道分の燃料だけを積んだ巨大戦艦が、静かに港を離れていく。


 その姿を見つめながら、リリスは胸の中で固く誓った。


(仲間を……。)


(あんな目には、絶対に遭わせたくない。)


(そうだ!)


(あたしは一生懸命兵站を学ぼう!)


(そしていつの日かーー)


(これが、あたしにしかできないことなんだって、胸を張って言えるようになるんだ!)


 その日、リリスは初めて知った。


 戦いを支える者こそが、勝利を支える者なのだということを。

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