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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第159話 蒸気の力

 翌日。


 ガイルは、教室の窓際の席に座っていた。


 目の前には、愛ちゃん先生が映し出されたタブレット。


 しかし、その視線は窓の外へ向いている。


 ボォォォーーッ!


 遠くで汽笛が鳴った。


 白い蒸気を勢いよく吹き上げながら、一台の蒸気機関車が駅を出発する。


 煙突からは黒い煙がモクモクと立ち上り、何十両もの貨車を引き連れて、ゆっくりと加速していく。


 貨車には鉄鉱石や石炭が山積みだった。


「ユージア国って、すげぇなぁ……。」


 ガイルは思わず呟いた。


「あんなでっけぇ汽車が。」


「馬も繋がずに走ってるんだからな。」


 目で追いかけているうちに、ふと疑問が浮かぶ。


「……あれ?」


「中って、どうなってるんだ?」


 その瞬間だった。


『良い質問です。』


 愛ちゃんの声が響く。


 ガイルは慌ててタブレットへ向き直った。


『今日は、その疑問について勉強しましょう。』


 画面には、一つの鍋が映し出された。


 火にかけられた鍋。


 しばらくすると、蓋がガタガタと震え始める。


「おっ。」


「これ知ってる。」


「おふくろによく怒られた。」


『どうして蓋が動くのでしょう?』


「え?」


「湯気じゃねぇの?」


『はい。』


『正確には、水が水蒸気へ変わり、体積が大きくなるためです。』


 画面には、水の粒が膨張していく様子が映し出される。


『水は水蒸気になると、体積がおよそ千七百倍になります。』


 ガイルは目を丸くした。


「せ、千七百倍!?」


「そんなに!」


『はい。』


『この力を利用したのが蒸気機関です。』


 画面が切り替わる。


 透明な機械の模型。


『ここで水を沸騰させます。』


 ボイラーへ火が入る。


 やがて水蒸気が発生し、一本の筒へ送り込まれた。


『この筒をシリンダーと言います。』


『蒸気は、中にあるピストンを押します。』


 押されたピストンが前へ動く。


 今度は反対側へ蒸気が送られ、押し返される。


 往復運動。


「なるほど!」


 ガイルは思わず身を乗り出した。


『この往復運動を回転運動へ変えると──。』


 画面の中で歯車が回る。


 さらに車輪へ伝わる。


 ガタン。


 ゴトン。


 模型の汽車が走り始めた。


「マジか!」


「そういう仕組みだったのか!」


 ガイルは夢中になって画面を見つめる。


「でもさ。」


「これ。」


「蒸気がなくなったら止まっちまうんじゃねぇの?」


『その通りです。』


『ですから、機関士は常に石炭をくべ、水を沸かし続けます。』


「なるほど!」


「だから汽車には、あんなに石炭積んでるんだ!」


 愛ちゃんは嬉しそうに頷いた。


『正解です。』


 ガイルは腕を組んだ。


「でも。」


「蒸気って、そんなに力あるのか?」


 画面が切り替わる。


 巨大な蒸気ハンマー。


 ガン!


 ガン!


 真っ赤に焼けた鉄が、一撃ごとに形を変えていく。


 さらに巨大な圧延機。


 何人もの大人でも動かせない鉄の塊が、まるで粘土のように延ばされていく。


「うわぁ……。」


 ガイルは息を呑んだ。


『蒸気の力は、人間の何十倍、何百倍もの力を生み出します。』


『だから、人は重い荷物を運び。』


『鉄を加工し。』


『大きな機械を動かせるようになりました。』


 ガイルは、しばらく言葉を失っていた。


「すげぇ……。」


「これ考えた奴。」


「天才だな……。」


 愛ちゃんは、優しく微笑む。


『まだまだ驚くのは早いですよ。』


『これから、ユージア国初の蒸気機関車が、どのように誕生したのかをご覧いただきます。』


 画面が暗転した。


 やがて映し出されたのは、まだ若かりし頃のユージと、リシュン、アルノルトの三人だった。


 ユージの話に、二人は真剣な眼差しを向けている。


「えっ?」


「これって……。」


『ユージア国初の蒸気機関車が開発される、まさにその瞬間の記録映像です』


 ユージは腕を組みながら、思い出すように話し始めた。


「昔いた世界にはさ。」


「馬を使わずに走る汽車ってのがあったんだよ。」


「確か、汽車の中で石炭を炊いてさ。」


「煙突から黒い煙をモクモク出しながら。」


「時々、ボーッて白い煙も吹いて。」


「線路の上を走るんだ。」


 リシュンとアルノルトは顔を見合わせる。


 やがて、リシュンがゆっくりと口を開いた。


「……とんでもないことを思いつくな。」


「さすがリーダーだ。」


 アルノルトも深く頷いた。


「全くの盲点でした。」


「水蒸気に、そのような利用方法があるとは。」


「ユージさまの知見には、心底恐れ入ります。」


 ユージは苦笑した。


「いや。」


「思いついたのは俺じゃないけど。」


 しかし。


 その言葉は、もう二人の耳には届いていなかった。


「蒸気圧を動力へ変換する方法は……。」


「耐圧構造が問題ですね。」


「安全弁も必要だ。」


「車輪への伝達機構はどうする?」


「いや、それより線路との摩擦係数を……。」


 二人は猛烈な勢いで図面を描き始める。


 ユージはその様子を眺めながら笑った。


「始まった。」


「こうなると、飯食うのも忘れるんだよな。」



 映像が切り替わる。


 ボォォォーーッ!


 力強い汽笛が鳴り響く。


 完成した蒸気機関車が、黒い煙を噴き上げながら走り出した。


 機関士が石炭をくべるたびに勢いを増し、白い蒸気を吹き出しながら、大量の貨車を力強く牽引していく。


『これが、ユージア国初の蒸気機関車です。』


『リシュンさん、アルノルトさんを中心とした開発チームによって完成しました。』


 ガイルは思わず立ち上がった。


「すげぇ……。」


「マジか!」


「あんなでっけぇ汽車が、本当に水蒸気だけで走ってる!」


『正確には、石炭で水を加熱し、その蒸気の圧力を利用しています。』


「でも!」


「最初に考えたのは、ユージさんなんだろ!」


『きっかけは、ユージさんの一言でした。』


『しかし、それを形にしたのは、多くの技術者たちです。』


 画面には、徹夜で図面を描くリシュン。


 巨大な鉄材を削るアルノルト。


 汗まみれで線路を敷く職人たち。


 何度も失敗を繰り返しながら試験運転を続ける開発チーム。


『技術は、一人では生まれません。』


『一人の発想を。』


『仲間が理論へ変え。』


『仲間が形にし。』


『さらに別の仲間が改良を重ねる。』


『そうして初めて、新しい技術は生まれるのです。』


 ガイルは、蒸気機関車から目を離せなかった。


「すげぇ……。」


「みんなで作ったんだな。」


『はい。』


『そして、次は皆さんの番です。』


「俺たちの?」


『はい。』


『皆さんには、これから製鉄所の建設に携わっていただきます。』


『その中で、新しい技術を生み出していくことになるでしょう。』


 ガイルは驚いた顔をした。


「俺なんかに、そんなことができるのか?」


 愛ちゃんは優しく微笑む。


『できます。』


『だから、ここへ来ていただいたのです。』


 しばらく沈黙が流れた。


 やがてガイルは、もう一度窓の外を見た。


 ちょうど蒸気機関車が、大量の鉄鉱石を積んで製鉄所へ向かって走っていく。


 ボォォォーーッ!


 汽笛が青空へ響く。


 ガイルは思わず笑みを浮かべた。


「俺……。」


「勉強って、こんなに面白いもんだったんだな。」


 そして拳を握る。


「よし!」


「いつか。」


「俺も、みんなが驚くような機械を作ってみせる!」


 タブレットの向こうで、愛ちゃんは満足そうに頷いた。


『その意気です。』


『それでは次回は、蒸気機関の設計について、一緒に勉強しましょう。』


「よろしく!」


 ガイルは笑顔で答えた。


 この日からガイルは、誰よりも熱心に機械工学を学ぶようになる。


 そして数年後。


 彼の一つの着想が、世界の製鉄技術を大きく変えることになるのだが──。


 それは、まだ少し先のお話である。

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