第152話 聖王国の少女 セシル 前編
聖王国神学校。
静まり返った教室では、神学の授業が行われていた。
「――以上が、神託の在り方です。」
教師の説明が終わる。
生徒たちは一斉に頷いた。
ただ一人を除いて。
「先生。」
教室の後方で、一人の少女が静かに手を挙げた。
教師は心の中でため息をつく。
(またセシルか……。)
「なんですか。」
「少し前のミサで、巫女様の神託のお言葉が空に映し出されましたよね?」
教師の表情が一瞬だけ強張った。
「……あれは単なる事故です。」
「二度と起こることはありません。」
セシルは首を傾げる。
「でも。」
「私、ちゃんと見たんです。」
「神託のお言葉が、巫女様のお口から出る前に空へ映し出されていました。」
「事故だとしても、おかしくありませんか?」
教室が静まり返る。
教師は咳払いを一つした。
「その件については、これ以上の詮索を禁じています。」
「はい。」
セシルは素直に頷いた。
教師は安堵の息をつく。
――終わった。
そう思った。
「先生。」
「……まだ何か。」
「どうして禁止されているんですか?」
「話してはいけないことだからです。」
「でも。」
「どうして話してはいけないんですか?」
教師の額に汗が浮かぶ。
「禁止事項を守れない者は、神のご加護をいただくことはできません。」
セシルは真剣な表情で頷いた。
「だから。」
「なんで禁止されているのかが知りたいんです。」
教師は言葉を失った。
教室は重苦しい沈黙に包まれる。
やがて教師は静かに目を閉じた。
「……セシル。」
「はい。」
「今日は一日、懲罰房で頭を冷やしてきなさい。」
「え?」
「でも先生。」
「まだ質問に答えていただいてません。」
「だからです!」
教師の悲鳴が教室中に響き渡った。
◇
「またセシルですか。」
教師は疲れ切った表情で、枢機卿へ報告していた。
枢機卿は湯飲みに口をつけながら微笑む。
「今日は何を質問したのだよ。」
教師は肩を落とした。
「少し前の神託の一件です。」
「『なぜ禁止されているのですか』と。」
枢機卿は小さく吹き出した。
「なるほど。」
「実に、セシルらしいのだよ。」
「笑い事ではありません!」
「あの娘は納得するまで質問をやめません!」
「他の生徒にも影響します!」
枢機卿は静かに頷く。
「そうなのだよ。」
「それが、あの娘の長所でもあり、短所でもあるのだよ。」
その時。
一人の司祭が、一通の書簡を手に入室した。
「枢機卿様。」
「ユージア国より書簡が届いております。」
「ほう。」
枢機卿は封を切る。
ゆっくりと読み進めるうちに、その口元がわずかに緩んだ。
「なるほど。」
「教育、なのだよ。」
司祭たちは顔を見合わせる。
「では、首席の神学生を派遣いたしましょうか。」
枢機卿は静かに首を横へ振った。
「いや。」
「それでは面白くないのだよ。」
部屋が静まり返る。
「優秀な者は、どこへ行っても優秀なのだよ。」
「ユージ殿が求めているのは、そのような人材ではあるまい。」
「では、どなたを……?」
枢機卿は、いたずらを思いついた子供のように笑った。
「神学校一番の問題児を送り込むのだよ。」
一同が息を呑む。
「……セシルですか。」
「そうなのだよ。」
枢機卿は書簡を机へ置いた。
「セシルの問題点は、自分で考え過ぎることなのだよ。」
「他の生徒は教義や教師を尊び、その教えを受け入れる。」
「だが、あの娘は違う。」
「疑問に思ったことは、納得するまで問い続ける。」
「教団から見れば、一言で言えば面倒くさい存在なのだよ。」
教師は苦笑するしかなかった。
「しかし。」
枢機卿は静かに続けた。
「重大な問題が起きた時。」
「従順な者ばかりでは、乗り越えられないこともあるのだよ。」
「我々は神託という仕組みが、あまりにも上手く回り過ぎた。」
「だから、自ら考える者を育てられなくなってしまったのだよ。」
誰も反論しなかった。
「どうせ我々には育てられないのだよ。」
「ならば。」
「ユージ殿に任せ、お手並み拝見といこうではないか。」
そして、少年のように目を輝かせて笑った。
「さて。」
「今度はこちらから、一手打たせてもらうのだよ。」




