第150話 魔王国の少女 リリス 中編
数日後――
魔王軍第三訓練隊は、王都近郊の森で実地訓練を行っていた。
引率するのは、豪将ロクローマル。
訓練内容は索敵、行軍、魔獣との実戦。
本物の戦場を経験することもまた、見習い兵にとって大切な訓練だった。
「気を抜くな!」
「森では、一瞬の油断が命取りだ!」
「「はい!」」
見習いたちの返事が森に響く。
その時だった。
前方へ出していた斥候が、血相を変えて駆け戻ってきた。
「隊長!」
「予定区域にいないはずの上位種です!」
「こちらへ向かっています!」
ロクローマルの表情が一変する。
「なんだと……。」
想定していたのは、見習いでも対処できる下位種。
上位種が現れるなど、完全に想定外だった。
直後。
森の奥から、大木をなぎ倒しながら巨大な魔獣が姿を現した。
見習いたちの顔から血の気が引く。
「総員、撤退!」
「足の速い者は王都へ走れ!」
「援軍を呼べ!」
「残りは負傷者を連れて退避!」
「急げ!」
見習いたちは一斉に駆け出した。
だが。
「うわぁっ!」
一人の少年兵が木の根につまずき、派手に転倒した。
足をひねったのか、立ち上がれない。
魔獣は真っ直ぐ少年へ向かって突進してくる。
「しまった!」
ロクローマルは剣を抜いた。
「あいつは俺が食い止める!」
「総員、そのまま撤退しろ!」
誰も逆らわない。
そのはずだった。
「ここは私がなんとかします!」
聞き覚えのある言葉だった。
ロクローマルの心臓が大きく脈打つ。
その瞬間だった。
脳裏に。
遠い昔の光景が蘇る。
若き日の戦場。
撤退命令。
取り残された一人の見習い兵。
そして。
一人の男が駆け出した。
『隊長!』
『ここは俺が何とかします!』
『先に行ってください!』
『馬鹿野郎!!』
ロクローマルは怒鳴った。
『戻れ!!』
だが。
あの男は振り返らない。
少年をかばい。
笑いながら剣を構えた。
『隊長。』
『俺ぁ、目の前で助けを求める奴を見捨てられるほど、立派な軍人じゃありませんから。』
そして――
二度と帰って来なかった。
「……っ!」
ロクローマルは我に返る。
目の前では。
今度は。
あの男によく似た少女が。
同じように魔獣へ飛び込んでいく。
「リリスーーーーーー!!」
リリスは一直線に少年の前へ躍り出た。
「伏せて!」
少年を突き飛ばす。
直後。
魔獣の鋭い爪が振り下ろされた。
避けきれない。
肩口を切り裂かれ、鮮血が舞う。
「くっ!」
それでも。
リリスは一歩も退かなかった。
「そこっ!」
魔獣の懐へ潜り込み。
ロクローマルから叩き込まれた一撃を放つ。
肩を犠牲にして生まれた一瞬の隙。
その急所を、寸分違わず斬り裂いた。
魔獣は断末魔を上げる間もなく崩れ落ちる。
森に静寂が戻った。
ロクローマルは思わず息を呑んだ。
「……見事だ。」
思わず漏れた本音だった。
リリスは少年を抱き起こす。
「ケガしてない?」
少年は何度も頷いた。
リリスは安心したように笑った。
「よかった。」
「じゃあ。」
「次からは転ばないで。」
「ちゃんと逃げるんだよ。」
少年は何か言おうと口を開く。
その瞬間――
「リリスーーーーーー!!」
森中にロクローマルの怒号が響き渡る。
リリスは思わず肩をすくめた。
「は、はい!」
ロクローマルは大股で歩み寄る。
「命令違反だ!」
「はい!」
「誰が飛び出せと言った!」
「誰も言ってません!」
「分かっているなら何故飛び出した!」
リリスは首を傾げる。
「わかりません」
「……何?」
「だって。」
リリスは少し困ったように笑った。
「気が付いたら飛び出してたんで。」
ロクローマルは額を押さえた。
「馬鹿野郎!」
「戦場で命を懸けるのは隊長の役目だ!」
「部下の役目は、生きて帰ることだ!」
リリスは少しだけ考えた。
「でも。」
「師匠だって。」
「私が危なかったら助けてくれますよね?」
「当たり前だ!」
ロクローマルは即答した。
リリスは、にこっと笑う。
「だから私も。」
「同じです。」
一瞬。
ロクローマルの表情が止まった。
その言葉も。
その笑顔も。
あまりにも、あいつに似ていた。
リリスは肩の傷を押さえながら、得意げに胸を張る。
「へへっ。」
「ロクローマル師匠直伝!」
「肉を切らせて骨を断つ作戦、大成功!」
「あいてててて」
「思い出したら痛くなってきちゃった」
リリスは肩を抑えて、その場にしゃがみ込んだ。
ロクローマルは目を見開く。
そして。
「誰がぁぁぁぁぁ!!」
「そんな場面で使えと教えたぁぁぁぁぁ!!」
ゴツン。
「いたたたっ!」
頭を押さえてしゃがみ込むリリス。
「誰か!」
「このアホにポーションをかけてやれ!」
周囲の見習いたちは顔を見合わせた。
「また始まった……。」
そんな声が漏れる。
だが。
誰もが笑っていた。
厳しい隊長。
お転婆な見習い。
それが、この第三訓練隊のいつもの光景だった。
その日の夕暮れ。
ロクローマルは、一通の辞令を手に、リリスの家へ向かっていた。




