第145話 人を育てる国
第一回世界会議から数日後。
ユージア国では、各国との共同製鉄事業が本格的に動き始めていた。
ネバランド帝国。
王国。
魔王国。
聖王国。
それぞれの国へ製鉄所を建設するため、リシュン、アルノルト、シュタインたちは連日忙しく飛び回っている。
「まずは地質調査じゃ!」
「測量も急がねばなりません!」
「資材の調達も始めましょう!」
「建設計画は私がまとめます」
誰もが慌ただしく動いていた。
五年後。
世界各地に製鉄所を完成させる。
その目標に向かって、皆が燃えている。
そんな中。
一人だけ腕を組み、黙っている男がいた。
ユージである。
「ユージさま?」
ナーチャンが不思議そうに声を掛ける。
「何か気になることでも?」
「ああ」
ユージは頷いた。
「俺たちは、製鉄技術は開示しないって見栄を切った」
「現地の労働力を使えば」
「製鉄所そのものは建つだろう」
「でもな」
「完成したら、誰が動かす?」
誰も答えられない。
「高炉を管理する奴は?」
「品質管理は?」
「保守点検は?」
「経理は?」
「現場監督は?」
「工場長は?」
「製鉄所ってのは」
「建てて終わりじゃねえ」
「動かして初めて価値がある」
「しかも」
「人材は五年後に、急に生えてくるわけじゃねえぞ」
リシュンたちは顔を見合わせた。
そこまで考えていなかった。
「では」
アルノルトが口を開く。
「技術学校を作りましょう」
「職人を集めて教育すれば」
ユージは首を振った。
「そんな簡単じゃねえ」
「学校を作れば解決する、なんて話じゃない」
「たった五年だぞ?」
部屋が静まり返る。
「今のこの世界の識字率は、お世辞にも高いとは言えねえ」
「文字の読み書きから教えなきゃならない奴も大勢いる」
「しかも」
「子供たちだって貴重な労働力だ」
「畑を耕し」
「家畜の世話をし」
「家業を手伝って」
「家族の生活を支えてる」
「そんな子供たちを毎日学校へ集めて」
「教師を育て」
「教材を整えて」
「専門知識まで叩き込む」
ユージは静かに首を横に振った。
「時間が足りねえ」
「五年じゃ、とても間に合わねえ」
再び沈黙が流れる。
ユージは椅子にもたれ掛かった。
「まあ」
「学校ってのは、いいところさ」
少し笑う。
「俺だって学校には随分お世話になった」
「かけがえのない思い出もある」
「親友もできた」
「尊敬できる先生にも出会えた」
「だから」
「学校そのものを否定するつもりはない」
一度言葉を切る。
「でもな」
「一方で、問題も多いと思ってるんだ」
「俺は幸い勉強ができた」
「足もそこそこ速かったし」
「クラスの中心にいることも多かった」
「だから学校生活は楽しかった」
「でも」
「クラスには、いろんな奴がいた」
「一生懸命走っても足の遅い奴」
「勉強しても、なかなか点が伸びない奴」
「人前で話すのが苦手な奴」
「友達を作るのが苦手な奴」
「じゃあ」
「そいつらは人として劣っていたのか?」
ユージは首を横に振る。
「俺は、そうは思わない」
「芸人として大成する奴もいる」
「スポーツで、とんでもない才能を発揮する奴もいる」
「政治家として、多くの人を導く奴もいる」
「職人として、一流になる奴だっている」
「人の才能なんて」
「子供の頃には分からないことだらけなんだ」
ナーチャンは静かに耳を傾けていた。
「学校は、みんなで学ぶ場所だ」
「社会の縮図を知るって意味では、大きな価値がある」
「不安に苛まれながら」
「もがき苦しんだ仲間は、一生の親友になることもある」
「青春の思い出ってやつは、何ものにも代え難い宝物だからな」
「でもさ」
「こと教育の効率だけを考えると、学校には無駄が多い」
「人には向き不向きがある」
「伸びる速度も違う」
「才能だって違う」
「それなのに」
「同じ教室で」
「同じ教材を使って」
「同じ速度で教える」
「これじゃ」
「才能を見つける前に、可能性の芽を摘んじまうことだってある」
部屋は静まり返っていた。
「才能ってのは、神様がくれた贈り物だ」
「でも」
「それを見つけて、伸ばすことは、とても難しい」
「だからこそ」
「それは、大人の仕事なんだ」
「子供ってのは、可能性の塊だ」
「それなのに」
「大人が自分の狭い常識や見識だけで」
「『お前には無理だ』」
「『向いてない』」
「なんて決めつけたら」
「その子の未来を奪うことになる」
「そんなことは、絶対にしちゃいけない」
「さらに厄介なのが」
「時間だ」
そして。
「俺たちには」
「五年しかない」
「理想の教育制度を一から作ってる時間はねえ」
「だから」
「今あるもんを最大限活かすしかない」
そう言ったあとで、ぽつりと呟いた。
「……一人だけ」
「適任がいる」
「誰です?」
リシュンが首を傾げる。
ユージは即答した。
「愛ちゃんだ」
一瞬。
部屋が静まり返る。
「愛ちゃん……ですか?」
「そうだ」
「元々あいつは」
「人の話を聞くために作ったAIだろ?」
「相手が何に困ってるか」
「何を求めてるか」
「どうすれば伝わるか」
「どうすれば納得してもらえるか」
「それを考え続けるAIだ」
ユージは笑う。
「だったら」
「教師にも向いてる」
リシュンは目を丸くした。
「そんな使い方……」
「完全に盲点だったな」
ユージは笑った。
「開発者ってのは」
「案外、自分で作ったもんの可能性には気付かないもんなんだよ」
「技術ってのは」
「応用して初めて、本当の価値が生まれる」
リシュンはしばらく黙っていた。
やがて。
頭を掻きながら、ため息をついた。
「はあ……」
「ホント、リーダーには敵わないな」
「いつも俺たちの想像の斜め上を行く」
ユージは苦笑した。
「馬鹿野郎」
「俺は、どこにでもいる、ただのおっさんだ」
「愛ちゃんとの付き合い方を考えただけさ」
「すげえのは」
「こんなもん作っちまった、お前だろ」
リシュンは腕を組み、少し考え込む。
「そうか」
「確かに、いいかもしれんな」
「だが」
「少しチューニングが必要だ」
「早速、愛ちゃん先生に学習してもらおう」
そして隣のアルノルトを見る。
「アルノルト」
「忙しくなるぞ!」
アルノルトは即答した。
「望むところです」
ユージは小さく笑う。
そして、おもむろに声を掛けた。
「おーい、愛ちゃん」
「はい、何かご用でしょうか?」
「おう」
「一つ頼みたいことがある」
ユージは少し口元を緩めた。
「先生、やってみる気はあるか?」
部屋にいた全員が、息を呑んだ。




