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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第143話 自由の代償

 第一回世界会議。


 予定されていた議題も終盤に差し掛かった頃。


 シュタインが立ち上がった。


 その瞬間。


 ペーターが額に手を当てる。


 ベックが天を仰ぐ。


 ウインドは深いため息を吐いた。


 ユージも嫌な予感しかしなかった。


「お願いがあるのじゃ!」


 やっぱり来た。


 会場の空気が変わる。


 マイヤンが身を乗り出す。


 サムが眼鏡を押し上げる。


 枢機卿が静かに目を細めた。


「ユージ殿!」


 シュタインの目は本気だった。


「ワシらは長い間」


「青銅こそが最強最適の金属だと思っておった」


 技術者としての言葉だった。


「鉄なぞ」


「重い」


「錆びる」


「柔らかい」


「使いづらい」


「そんなもんじゃと思っておった」


 会場の者たちも頷く。


 それがこの世界の常識だった。


 だが。


 シュタインは拳を握った。


「ところがどうじゃ!」


 声が大きくなる。


「お前さんの技術を使うと!」


「青銅など足元にも及ばん!」


「最強の金属!」


「鋼鉄が出来上がる!」


 会場が静まり返る。


 シュタインだけが熱くなっていた。


「これがあれば!」


「橋が作れる!」


「船が作れる!」


「機械が作れる!」


「鉄道が作れる!」


「文明そのものが変わる!」


 一歩前へ出る。


「だからワシは!」


「どうしても知りたいのじゃ!」


 そして。


 会場中に響き渡る声で叫んだ。


「鋼鉄の生産技術を!」


「文明の真髄を!」


 しばらく沈黙。


 誰もがシュタインを見ていた。


 そして。


 ユージは深々とため息を吐いた。


「気持ちは分かる」


 それは本心だった。


 ユージ自身も、鉄が文明を変えることを知っている。


 いや。


 誰よりも知っている。


「だからこそダメだ」


 即答だった。


「なっ!」


 シュタインが絶句する。


 会場もざわついた。


「ちょっと待ってよ!」


 マイヤンが立ち上がる。


「何でよ!」


「王国だって必要よ!」


「だから鉄は供給する」


 ユージは答えた。


「でも作り方は渡さない」


「ケチ!」


「うるさい」


 即答だった。


「ひどくない?」


「全然ひどくない」


「何でよ!」


「お前みたいな我儘王女に自由にさせたら何が起きるか分かったもんじゃねえからだよ」


「誰が我儘王女よ!」


「お前だよ!」


 会場に笑いが起きる。


 だがサムは笑わなかった。


「ユージ殿」


「我が魔王国であれば合理的な運用が可能です」


「無秩序な乱用を避け、計画的な生産体制を構築できます」


「ああ」


 ユージは頷く。


「だから危ない」


「……はい?」


 サムが珍しく聞き返した。


「あんたは賢すぎるんだよ」


 ユージは真顔で言った。


「利益が出る」


「効率が良い」


「国力が上がる」


「そう判断したら、あんたは徹底的にやるだろ」


 サムは黙った。


 図星だった。


「合理的な判断が」


「いつも世界に優しいとは限らない」


 サムは反論できなかった。


 次に口を開いたのは枢機卿だった。


「しかし」


「自由競争の方が発展は早いのだよ」


「そうだろうな」


 ユージはあっさり認めた。


「だから危ないんだよ」


 会場が静まり返る。


「自由ってのは良いもんだ」


「でも」


「管理されない自由は、時々世界を壊す」


 そう言って。


 ユージは静かに枢機卿へ視線を向けた。


 会場が静まり返る。


 その言葉は。


 かつて枢機卿が語った思想と、どこかよく似ていた。


 ユージは苦笑する。


「昔あんたが言ってたことも」


「今なら少し分かる」


 枢機卿はしばらく黙っていた。


 その顔には驚きと。


 どこか嬉しそうな色が混じっている。


 やがて。


 小さく笑った。


「ぐうの音も出ないのだよ」


 会場から笑いが漏れた。


 だが。


 ユージはそこで終わらなかった。


「お前ら」


「現地生産って知ってるか?」


 全員が首を傾げる。


 当然だった。


 そんな概念はまだ無い。


「自分の国で作る方が自国が潤う」


「それは間違いない」


 ユージは頷いた。


「でもな」


「量が増えてくると問題も出る」


「輸送」


「労働力」


「資源」


「そして環境だ」


 会場が静かになる。


「もしユージア国だけで鉄を作ったらどうなる?」


「大量の鉱石を運ぶ」


「大量の木を切る」


「大量の石炭を掘る」


「大量の人を雇う」


「そのうち俺たちの国が潰れる」


 サムが頷いた。


「確かに」


「だから現地生産だ」


 ユージは言った。


「土地はお前たちが出す」


「労働力もお前たちが出す」


「製鉄所も建てる」


「雇用も増える」


「税収も増える」


「庶民の暮らしも豊かになる」


 マイヤンが目を輝かせる。


「じゃあ製鉄技術も!」


「渡さねえ」


 即答だった。


「ケチ!」


「うるさい」


 ユージはため息を吐く。


「中枢技術はユージア国が管理する」


「高炉」


「精錬工程」


「品質管理」


「技術責任者」


「そこだけは譲らん」


 一拍。


「代わりに良質な鉄は供給する」


「海を渡る必要もない」


「山を越える必要もない」


「雇用は増える」


「税収も増える」


「環境負荷も減る」


 肩をすくめた。


「どうだ」


「なかなか良いアイデアだろ?」


 会場は静まり返っていた。


 最初に口を開いたのはサムだった。


「……なるほど」


「利益そのものを拡大するのですか」


「そういうことだ」


 続いて枢機卿。


「自由を認めつつ管理する」


「実にあなたらしい」


 ペーターも頷く。


「悪くない」


 ベックも認めた。


「軍需物資の安定供給にもなるな」


 マイヤンも渋々頷いた。


「まあ」


「雇用が増えるなら良いわ」


 大筋では合意だった。


 だが。


「いやじゃ!」


 シュタインが立ち上がった。


 会場が静まり返る。


「知りたいのじゃ!」


「高炉の構造を!」


「精錬工程を!」


「鋼の秘密を!」


「全部知りたいのじゃー!」


 ユージは額を押さえた。


「子供か!」


「子供ではない!」


「七十三歳じゃ!」


「年齢の話じゃねえ!」


 会場から笑いが起きる。


 そんなシュタインの肩を。


 ペーターがぽんと叩いた。


「申し訳ない」


 皇帝はため息を吐く。


「こいつは」


「じじいの皮を被った子供なんだ」


「誰がじゃ!」


「優秀なんだけどな」


 ペーターは続ける。


「非常に優秀なんだが」


「好奇心に負ける」


 ベックが頷く。


「間違いない」


 ウインドも頷いた。


「間違いありません」


 ネバランド帝国側が全員同意した。


 シュタインだけが不満そうだった。


 ユージは苦笑する。


「研究交流くらいなら考えてやるよ」


「本当ですか!」


 シュタインの目が輝く。


「ただし」


 ユージは指を立てた。


「足は舐めるな」


 沈黙。


 そして。


「……やはり」


 シュタインが真剣な顔で呟いた。


「足を舐めなかったのが影響したのか」


「アホ!」


 ユージは机を叩いた。


「関係ねえよ!」


 会場は爆笑に包まれた。

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