第141話 祭りのあと
ネバランド帝国との友好条約締結。
それはユージア国にとっても、世界にとっても歴史的な出来事だった。
そして。
歴史的な出来事の後にやることと言えば――。
「肉だー!」
「酒だー!」
「宴じゃー!」
いつものバーベキューである。
発案者はもちろんタケシトだ。
「細かい話は後だ!」
「まずは飲め!」
リシュンがジョッキを掲げる。
神楽耶も負けじと叫ぶ。
気付けばペーターたちネバランド帝国の面々まで巻き込まれていた。
ベック将軍は豪快に肉を頬張り。
ウインドは苦笑しながら酒を飲み。
シュタインは酔った勢いで蒸気機関の改良案を語っている。
「いやだから、その圧力比をだな――」
「じいさん、少しは休め」
「休めるか!」
そんな調子で宴は夜遅くまで続いた。
そして。
皆が寝静まった頃。
祭りの後の静寂だけが残る。
会場の片隅。
焚き火が静かに揺れていた。
ぱちり。
薪が爆ぜる。
ユージは一人、火を眺めながら酒を飲んでいた。
「隣、よろしいですか?」
振り向く。
ナーチャンだった。
手には温かい飲み物が二つ。
「おう」
ユージは頷く。
ナーチャンは隣へ腰を下ろした。
しばらく無言。
焚き火だけが静かに揺れる。
やがて。
「しかしユージさま」
ナーチャンが口を開いた。
「何故、製鉄技術を教えることを拒まれたのですか?」
「あなたなら気前よく教えて、その代わり目が飛び出るほどの金額を請求するものだと思っていました」
「どういうイメージだよ、それ」
ユージは苦笑した。
「まあ、間違ってないけど」
「否定しないのですね」
「しないな」
即答だった。
ナーチャンは呆れたようにため息を吐く。
「それで?」
「何故ですか?」
ユージは焚き火へ視線を戻した。
少しだけ考える。
そして静かに口を開いた。
「鉄ってのはさ」
「すごく便利なんだよ」
「圧倒的にな」
ナーチャンは頷く。
それは嫌というほど見てきた。
鉄道。
工作機械。
蒸気機関。
飛行戦艦ヤマット。
どれも鉄なくして成立しない。
「でもな」
ユージは続ける。
「便利な反面、危険過ぎる」
「危険ですか?」
「ああ」
薪を一本放り込む。
火の粉が夜空へ舞った。
「皆が鉄を欲しがる」
「するとどうなる?」
ナーチャンは少し考えた。
「生産量を増やそうとするでしょうね」
「そうだ」
ユージは頷く。
「木を切る」
「山を削る」
「水を使う」
「石炭を掘る」
「もっと鉄を作れって騒ぎ出す」
一拍。
「そして、確実にこの星の自然を蝕んでいくんだ」
ナーチャンは黙った。
言われてみれば当然だった。
鉄は便利だ。
だからこそ皆が欲しがる。
欲しがれば欲しがるほど、資源は消費されていく。
「なるほど」
「便利さと危険は表裏一体ということですか」
「ああ」
ユージは頷いた。
「もちろん、ユージア国だけで製鉄したら今度は俺たちの国が壊れる」
「だから現地生産の形を取る」
「土地と労働力は出してもらう」
「働き口も増えるし、庶民も喜ぶだろう」
「ですが」
「中枢技術だけは渡さない」
ナーチャンが続きを言った。
「そういうことだ」
ユージは苦笑した。
「鉄は便利だ」
「だからこそ危ない」
ぱちり。
薪が爆ぜる。
「だからこそ」
「神楽耶の親父は製鉄技術を明確には残さなかったんだと思う」
「え?」
ナーチャンが目を見開く。
「あの謎解きだよ」
「普通に残そうと思えば残せたはずだ」
「でもそうしなかった」
ユージは焚き火を見つめる。
「たぶん」
「鉄の価値だけじゃなく」
「鉄の危うさまで理解できる奴にしか渡したくなかったんだろうな」
「なるほど……」
ナーチャンは感心したように頷く。
「たまにはユージさまも真面目に考えておられるのですね」
「見直しました」
「たまにはってどういうことだよ!」
ユージの抗議が夜空へ響いた。
ナーチャンはくすりと笑う。
そして。
しばらく二人で焚き火を見つめていた。
やがて。
ユージがぽつりと言った。
「人って現金なもんでさ」
「一度便利な生活を覚えると」
「もう昔には戻れなくなっちゃうんだよ」
ナーチャンは黙って聞く。
「馬車より鉄道」
「帆船より蒸気船」
「手作業より機械」
「みんなそうだ」
「俺だってそうだしな」
苦笑する。
「便利になるのは良いことだ」
「豊かになるのも良いことだ」
一拍。
「でもさ」
「ここまで文明が発展したら」
「もう晴耕雨読の世界は」
「おとぎ話になるってことさ」
ぱちり。
薪が爆ぜる。
そして。
ユージは少しだけ遠くを見るような目をした。
「知ってるか?」
「人生ってさ」
「失って初めて、大切さを理解できることも、たくさんあるんだぜ」
ナーチャンはハッとした。
思い当たることがあったからだ。
ユージが失ったもの。
そして。
取り戻そうとしたもの。
その時、自分たちが取った行動。
胸の奥が少しだけ痛む。
だが。
ユージはあっさりと笑った。
「まあ」
「ただのおっさんの感傷だ」
肩をすくめる。
「歳を取ると説教臭くなっちまってかなわんな」
「あはは」
「ユージさま……」
「おーい!」
大声が響いた。
振り向く。
タケシトだった。
「リーダー!」
「なんだ」
「わかってるんだろうな!」
嫌な予感がした。
「何がだ」
「リコちゃんの店!」
「予約しといたからな!」
ユージは額を押さえた。
「お前なあ……」
「条約締結祝いだぞ!」
「理屈が雑なんだよ」
「ペーターも来るってさ!」
タケシトはニヤリと笑った。
「相当気に入ったみたいだぞ」
「マジかよ……」
ユージは頭を抱えた。
昼間は威厳たっぷりの皇帝だったくせに。
夜になると妙にノリが良い。
あの男、絶対に酒が好きだ。
「お前ら絶対ロクなことしないだろ」
「安心しろ」
タケシトは胸を張った。
「俺もそう思う」
「ダメじゃねえか!」
ナーチャンが思わず吹き出した。
先ほどまでの重い空気が嘘のように消えていく。
そして苦笑した。
「ほどほどになさってくださいね」
「もちろんだ」
ユージは即答した。
「ゲンサンだ」
「ゲンサン?」
タケシトが首を傾げる。
「厳に三十分」
「厳守だ」
「ああ」
タケシトは真顔で頷いた。
「了解だ」
「絶対分かってねえだろ、お前」
ユージは盛大にため息を吐く。
だが。
立ち上がった。
「まあ、仕方ない」
「付き合ってやるよ」
「よっしゃあ!」
タケシトが拳を突き上げる。
二人は並んで歩き出した。
夜の街へ。
その背中を見送りながら。
ナーチャンは小さく微笑む。
少なくとも。
今夜だけは。
難しいことを考えずに楽しめばいい。
なお。
三十分で終わるはずもなく。
翌朝。
ユージとタケシトが二人揃って頭を抱えることになるのだが。
それはまた別の話である。




