第140話 求道者たち
「ユージ殿!」
来た。
ユージは確信した。
嫌な予感は当たる。
昔からそうだった。
「なんだ?」
警戒しながら答える。
シュタインは真っ直ぐユージを見つめていた。
その目は。
研究者の目だった。
新たな発見を前にした学者の目。
未知の真理へ手を伸ばす求道者の目。
だが。
ユージには。
完全に危ない人にしか見えなかった。
「お願いがあります」
「嫌だ」
「まだ何も言っておりません」
「絶対ろくでもないから嫌だ」
即答だった。
だが。
シュタインは止まらない。
「希望のイージス」
「飛行戦艦ヤマット」
「主砲」
「鉄鋼技術」
「動力機関」
「魔力制御」
ぶつぶつと呟く。
そして。
深々と頭を下げた。
「どうか」
「どうか私に教えて頂きたい」
「その文明の神髄を」
ペーターも黙って見守っていた。
ウインドも。
ベックも。
シュタインが本気なのは誰の目にも明らかだった。
「まあ」
ユージは頭を掻く。
「教えられる範囲なら別に――」
その瞬間だった。
シュタインが膝をついた。
「え?」
ユージが固まる。
さらに。
シュタインはもう片方の膝もついた。
「おい」
嫌な予感が加速した。
猛烈な勢いで加速した。
「ユージ殿!」
シュタインが叫ぶ。
「貴殿が足を舐めろと言うなら!」
一瞬の沈黙。
「私は喜んで舐めよう!」
「はぁ!?」
ユージが飛び退いた。
ペーターが固まる。
ベックが固まる。
ウインドだけが。
「ああ……」
と天を仰いだ。
予想通りだった。
完全に予想通りだった。
「どうか!」
シュタインが迫る。
「文明の真理を!」
「来るな!」
ユージが後退する。
「鉄の神秘を!」
「来るなって!」
「一舐めだけ!」
「ジジイに足舐められるなんて、どんな罰ゲームだよ!」
周囲の反応は概ね二つに分かれていた。
呆れる者と、腹を抱えて笑う者。
ペーターは額に手を当てて天を仰いでいる。
ウインドは諦めたようにため息を吐いた。
だが。
シュタインだけは本気だった。
本当に本気だった。
だから余計に怖かった。
「ユージ殿!」
「嫌だ!」
「お願いします!」
「嫌だ!」
「そこをなんとか!」
「嫌だって言ってるだろ!」
海上では、技術文明の頂点に立つ国王と、技術の求道者が全力で追いかけっこをしていた。
◇◇◇
「おい!」
ユージが叫んだ。
「おっさん!」
突然指を差されたベックが固まる。
「私か?」
「お前だ!」
ユージは即答した。
「このじいさん止めろ!」
「今すぐ!」
「今すぐ止めろ!」
「お前の失礼な行為は水に流してやるから!」
ベックが固まる。
「……今、何と?」
「だから!」
ユージは叫ぶ。
「その件はもういいから!」
「早くこいつを何とかしろ!」
シュタインが迫る。
「ユージ殿ぉぉぉ!」
「来るなぁぁぁ!」
ベックは呆然とユージを見た。
自分が何をしたのか。
理解している。
友好条約締結直前。
皇帝の意向にも逆らい。
相手国へ軍事的威圧を行った。
本来なら。
命で償ってもおかしくない失態だった。
それを。
この男は。
たった今。
水に流すと言った。
「なんと……」
思わず呟く。
「それだけで、この私を許すと?」
信じられなかった。
「場合によっては命を取られてもおかしくない行為だったのだぞ……」
ユージは叫ぶ。
「感動してる場合じゃねぇ!」
「止めろ!」
「ってか止めて!」
「お願いだから!」
ベックは我に返った。
「あっ」
そして慌てて飛び出す。
「シュタイン殿!」
「離せ!」
「文明の真理が!」
「落ち着け!」
がっしりと羽交い絞めにした。
「ユージ殿ー!」
「嫌だー!」
今日一番平和な悲鳴が海上へ響き渡った。
◇◇◇
しばらくして。
ようやくシュタインが拘束された。
なお本人はまだ何かぶつぶつ言っている。
「ユージ殿」
ペーターが深々と頭を下げた。
「改めて謝罪しよう」
「我が帝国の将が失礼を働いた」
「いやいや」
ユージは手を振った。
「軍人なんだから気になるのは当然だろ」
「だが――」
「それより問題はこっちだ」
ユージはヤマットを指差した。
「問題?」
「主砲なんだけどさ」
「うむ」
「一発撃つのにめちゃくちゃ金が掛かるんだよ」
沈黙。
「……は?」
ペーターが固まる。
「歓迎サービスのつもりだったんだけど」
ユージは頭を掻く。
「やっぱ高いんだよ」
「どのくらいだ?」
ユージが金額を告げる。
全員が固まった。
「馬鹿な!」
シュタインが叫ぶ。
「国家予算ではないか!」
「俺もそう思う」
ユージは真顔だった。
「誰だよこんなの作った奴」
「お前だ」
全員の声が綺麗に揃った。
「なので」
ユージがニヤリと笑う。
「今回の条約の中に主砲代も盛り込んで欲しいなぁ、なんて」
一瞬の沈黙。
そして。
「ぶふっ!」
ペーターが盛大に吹き出した。
「もちろんだ!」
皇帝は大笑いした。
「失礼を働いた上に、これほどのものを見せてもらったのだ!」
「喜んで支払おう!」
「本当か!」
ユージの顔が輝いた。
「ありがたい!」
「いやはや」
ペーターは笑いながら肩を竦める。
「こんな条約締結前の軍事演習は史上初だろうな」
「俺もそう思う」
こうして。
ネバランド帝国とユージア国の友好条約は締結されることになった。
後に歴史家たちは語る。
この条約こそが。
大陸史を大きく変える転換点だったと。
なお。
正式な条文とは別に。
『主砲実演費用』
という謎の請求項目が存在していたことは、あまり知られていない。




