第139話 文明の衝撃
「目がぁぁぁぁぁ!」
世界が白く染まった直後。
最初に響いたのは、シュタインの悲鳴だった。
「目が!」
「目があぁぁぁ!」
「だから着けろと言ったでしょう」
ナーチャンが淡々と言う。
「観測機会がぁぁぁ!」
シュタインはその場で転げ回っていた。
対閃光ゴーグルを着けたペーター達は無事だった。
ウインドも。
ベックも。
ネバランド帝国の将校達も。
皆、強烈な光から目を守ることができていた。
ただ一人。
技術者の矜持を優先した老人だけが、地面を転がっている。
「自業自得ですね」
ウインドが呟いた。
「見えん!」
「何も見えん!」
「世界が真っ白だ!」
「だから言ったのに」
ユージも呆れた顔で言った。
だが。
すぐに誰も笑えなくなった。
遅れて轟音が届いた。
海が鳴った。
空が震えた。
遥か彼方の海面に、巨大な水柱が立ち上る。
それは爆発というより、海そのものが天へ向かって突き上げられたように見えた。
「な……」
ペーターが言葉を失う。
「なんだ、あれは……」
水柱は高く、高く伸びていく。
船団から遥か遠く。
それでもなお、その巨大さがはっきりと分かる。
やがて。
水柱が崩れ落ちる。
だが。
終わらなかった。
水蒸気。
爆煙。
上昇気流。
それらが絡み合いながら空へ昇っていく。
そして。
巨大なキノコ雲が形成された。
「冗談だろ……」
ペーターが呟いた。
その声には、先程までの陽気さは無かった。
皇帝として。
一人の男として。
生まれて初めて、自分の常識が音を立てて崩れるのを感じていた。
「これが……」
ベックが震える声で言う。
「飛行戦艦ヤマット……」
軍人として、数々の戦場を見てきた。
巨大な魔獣。
伝説級の魔物。
国家同士の戦争。
だが。
こんなものは知らない。
こんな兵器は存在してはならない。
存在できるはずがない。
「なるほど……」
ウインドが静かに呟いた。
「これならば、王国も聖王国も逆らえませんね」
一拍置く。
そして。
「禁断のメギドの火というのも納得です」
その言葉に、誰も反論できなかった。
むしろ。
今までユージア国が驚くほど穏健だったことの方が恐ろしく感じられた。
これだけの力を持ちながら。
何故、侵略しないのか。
何故、支配しないのか。
その疑問が自然と浮かぶほどだった。
ベックは拳を握り締める。
防御は希望のイージス。
攻撃は飛行戦艦ヤマット。
帝国艦隊がどれほど誇り高くとも。
この二つを前にして、勝利の道筋など描けるはずがない。
完全な敗北。
軍人として、そう認めざるを得なかった。
◇◇◇
その頃。
当のユージは。
頭を抱えていた。
「……もうやだ」
本音だった。
「素晴らしい!」
ペーターが興奮気味に言う。
「あの口上は何なのだ!?」
「聞くな」
即答だった。
「いやしかし!」
「星を滅ぼす力!」
「禁断のメギドの火!」
「実に良い!」
「良くない!」
ユージは顔を覆った。
「思い出しただけで死にたくなる」
「後で全文教えてくれ」
ペーターは真顔だった。
「帝国へ帰ったら演説で使う」
「もっとやめろ!」
ユージは叫んだ。
「俺の黒歴史を輸出するな!」
タケシトが笑う。
「いや、でもリーダー」
「かなり決まってたぞ」
「やめろ」
「両国の諸君、心して聞いて欲しい」
「やめろ!」
神楽耶も頷いた。
「わらわも良いと思うぞ」
「星さえ滅ぼしかねない力……」
「やめろって!」
「格好良いです」
ナーチャンまで頷いた。
「国威発揚として極めて優秀でした」
「お前まで何言ってるんだ!」
ユージは本気で泣きそうだった。
味方しかいない。
なのに。
誰一人として味方ではなかった。
その時だった。
「……」
場が静かになった。
いや。
正確には。
ようやくシュタインが転げ回るのをやめたのだった。
老人はゆっくりと立ち上がる。
まだ目元を押さえている。
「シュタイン殿?」
ペーターが声を掛ける。
「見えるのか?」
「まだ少し白いです」
シュタインは震える声で答えた。
「ですが」
「ですが?」
「見えました」
全員が振り返る。
シュタインの肩が震えていた。
「一瞬だけ」
「私は見ました」
「主砲の収束」
「発射直前の魔力反応」
「艦首部に走る光」
「そして」
「海を持ち上げるあの力を」
ウインドが顔を引き攣らせた。
「あ」
「どうした?」
ペーターが聞く。
ウインドは嫌なものを見る目でシュタインを見た。
「まずいですね」
「何がだ?」
「長い付き合いですので分かります」
ウインドは断言した。
「今から壊れます」
「何?」
その直後だった。
「……素晴らしい」
小さな声が響いた。
シュタインだった。
老人はゆっくり顔を上げる。
その目はまだ少し涙目だった。
だが。
その奥には、技術者が理性を失う直前の光が宿っていた。
「実に素晴らしい」
一歩前へ出る。
「我々の青銅文化では到底到達できない境地」
さらに一歩。
「希望のイージス」
「飛行戦艦ヤマット」
「主砲」
「動力機構」
「鉄の加工技術」
「魔力収束」
「全てだ」
ぶつぶつと独り言を始める。
「なるほど」
「なるほどなるほどなるほど」
ウインドが額を押さえた。
「始まりましたね」
「始まったな……」
ペーターも遠い目をした。
もう止まらない。
「欲しい」
シュタインが言った。
全員が固まる。
「欲しい」
今度ははっきりと。
「欲しい!」
叫んだ。
「どうしても欲しい!」
その声は海へ響き渡った。
「希望のイージス!」
「飛行戦艦!」
「主砲!」
「鉄の加工技術!」
「動力機関!」
「全てだ!」
老人の目は完全に据わっていた。
「我々の技術では!」
「このように鉄を扱うことすら出来ない!」
「だが!」
「だからこそ!」
「欲しい!」
シュタインは両手を広げた。
「この技術の神髄を知れるのであれば!」
「私はどんなものでも差し出そう!」
沈黙。
シュタインの目は本気だった。
本気過ぎた。
ユージはそんな老人を見つめる。
そして。
(このじじい、絶対やばいやつだ)
嫌な予感しかしなかった。




