第132話 皇帝、海を渡る
ネバランド帝国皇城。
朝の定例会議。
ネバランド帝国皇帝ペーター三世は、大きなあくびをしていた。
「ふわぁぁ……」
帝国宰相ウインドが眉をひそめる。
「陛下」
「何だ?」
「寝不足ですか」
「うむ」
悪びれる様子もなく頷く。
「何故です?」
「楽しみで眠れなかった」
会議室が静まり返った。
「何がです?」
ウインドが聞く。
「ユージア国」
即答だった。
ウインドは額を押さえた。
「陛下は子供ですか」
「違う」
ペーターは胸を張る。
「皇帝だ」
「なお悪いです」
即座に返された。
だがペーターは全く気にしない。
「だって考えてみろ」
「空飛ぶ鉄の船だぞ?」
「音より速い飛行艇だぞ?」
「お前だって見てみたいだろ?」
ウインドは少し考えた。
「……見たくないと言えば嘘になります」
「だろう!」
ペーターが机を叩く。
その瞬間。
会議室の扉が勢いよく開いた。
「私も眠れん!」
シュタインだった。
「お前もか!」
ペーターが立ち上がる。
「当然だ!」
シュタインは真顔だった。
「空飛ぶ鉄の船だぞ!」
「音より速い飛行艇だぞ!」
「眠れる訳がない!」
「だよな!」
二人は固く握手した。
ウインドは頭を抱えた。
「仕事をしてください」
◇◇◇
会議終了後。
ペーターは執務机に突っ伏していた。
「あと何日だ?」
「出航まで十三日です」
ウインドが淡々と答える。
「長い」
心の底から残念そうだった。
しばらく沈黙。
そして。
「もう行っちゃダメか?」
ウインドは目を閉じた。
頭痛がした。
「何をおっしゃっているのですか」
「百隻を超える船団ですよ?」
「準備が間に合う訳がないでしょう」
「でもさぁ」
「でもではありません」
即座に切り捨てる。
「外交使節団の選定」
「護衛艦隊の編成」
「補給物資の積み込み」
「贈答品の準備」
「各港への通達」
「航路の安全確認」
「これでも超特急で進めているのです」
ウインドは深いため息を吐いた。
「これ以上の短縮は無理です」
ペーターは不満そうに唇を尖らせた。
「ちぇっ」
そして窓の外を見た。
「早く行きたいなぁ」
その様子は。
とても一国の皇帝には見えなかった。
◇◇◇
一方その頃。
ユージア国。
執務室へ呼び出されたユージは嫌な予感がしていた。
大抵の場合。
ナーチャンに呼ばれる時は面倒事だからだ。
「ネバランド帝国との会談日程が決まりました」
ナーチャンが書類を差し出す。
「一か月後です」
「へぇ」
ユージは軽く頷いた。
「思ったより早いな」
「早いですね」
「まあいいか」
そう言った瞬間。
ナーチャンが次の書類を差し出した。
「それと」
「何だ?」
「正装を着てください」
ユージは固まった。
「嫌だ」
「着てください」
「暑い」
「着てください」
「動きにくい」
「着てください」
「面倒臭い」
「着てください」
「話聞けよ」
「もちろん聞いています」
「ですが、今回は譲れません」
「前回の件をもうお忘れですか?」
「学習効果という言葉をご存知でしょうか?」
取りつくしまは一切無かった。
「まじか……」
ユージは盛大なため息をついたのだった。
◇◇◇
三十分後。
ユージは鏡の前で固まっていた。
豪華な正装。
金糸の刺繍。
長いマント。
磨き上げられた革靴。
どう見ても国王だったが、どうにもしっくり来ない。
「落ち着かねぇ……」
思わず本音が漏れる。
その時。
部屋の扉が開いた。
タケシトだった。
そして。
ユージを見た瞬間。
「ぶっ!」
盛大に吹き出した。
「おい」
ユージが睨む。
「笑うな」
「無理だろ!」
タケシトは腹を抱えた。
「なんだよそれ!」
「似合わねぇ!」
「夢の国の王様かよ!」
そこへリシュンも入ってきた。
ユージを見る。
数秒固まる。
そして。
「確かに!」
吹き出した。
「お前もか」
ユージは頭を抱える。
さらに神楽耶まで現れた。
「うむ」
「夢の国の王様なのじゃ」
「褒めてないだろ」
「いい意味で言っておるのじゃ、ぷぷっ」
「笑ってるじゃないか!」
そんなユージの抗議をスルーしたタケシトが突然言った。
「そうだ!」
「何だ?」
「会談場所はユージアランドがいいんじゃねぇか」
「は?」
「ユージア城の謁見の間とか最高だろ」
リシュンが即座に食いつく。
「確かに!」
「それいいな!」
神楽耶も頷く。
「映えるのじゃ」
「映えなんかいらんだろ!」
ユージは必死に抵抗した。
だが誰も聞いていない。
「皇帝も喜ぶぞ」
「絶対喜ぶ」
「記念撮影も出来るな」
「やめろ」
ユージが言う。
「勝手に話を進めるな」
その時だった。
「悪くありませんね」
ナーチャンだった。
全員が振り返る。
「お前まで!?」
ユージが叫ぶ。
ナーチャンは平然としていた。
「相手は海洋帝国の皇帝です」
「国力を示す演出も外交の一つ」
「ユージアランドは我が国最大の観光施設です」
「ユージア城も国の象徴の一つ」
「外交的にも理にかなっています」
「絶対後付けだろ」
「気のせいです」
即答だった。
こうして。
歴史的会談の会場は。
ユージアランド内にあるユージア城謁見の間に決定したのであった。
◇◇◇
その日の夜。
ユージは再び鏡の前に立っていた。
豪華な正装姿の自分を見る。
「あと何日だ?」
「会談まで二十九日です」
ナーチャンが答える。
「短い」
ユージは本気で嫌そうだった。
「諦めてください」
ナーチャンは微笑んだ。
海の向こうでは。
会談を待ち焦がれる皇帝がいた。
そしてこちらには。
会談を面倒臭がる国王がいる。
こうして正反対の気持ちのまま。
歴史的会談の日は少しずつ近づいていくのだった。




