第130話 作業着の国王
上陸用の小舟が、静かに砂浜へと到着した。
クラウスは先頭に立って船を降りる。
その後ろには副官と航海長。
三人だけの使節団である。
背後の海には、百隻を超えるネバランド帝国艦隊。
そして前方には数名の男女が立っていた。
出迎えだろう。
先頭に立つのは中年の男だった。
だが。
作業着である。
どう見ても作業着だった。
少し油汚れまで付いている。
クラウスが戸惑っていると、その男が気さくに手を上げた。
「良く来たな」
「遠路はるばるご苦労さん」
あまりにも気安い口調だった。
案内役にしては偉そうである。
クラウスは眉をひそめた。
「貴様」
男が首を傾げる。
「ん?」
「何者だ?」
「何者って?」
「いやだから」
クラウスは少し苛立ちながら言った。
「貴様ごとき作業員とする話などない」
「早く国王ユージ殿のところへ案内しろ」
沈黙。
波の音だけが聞こえる。
やがて。
一人の女性が静かに額を押さえた。
「だから申し上げているのです」
深いため息。
「もう少しちゃんとした格好をするべきだと」
そこで初めて、クラウスはその女性をまじまじと見た。
上品なスーツを着こなした、いかにも有能な秘書といった女性だった。
整った顔立ち。
清楚な美人。
だが、その横顔に笑顔は無い。
まさにクールビューティーという言葉がしっくり来る。
作業着の男へ向ける視線も冷静そのものだ。
スタイルはスレンダー。
というか、まあ発展途上ということにしておこう。
そんな失礼なことを考えていたクラウスへ、女性が不意に視線を向けた。
冷たい視線。
まるで心を読まれたような錯覚を覚える。
「何か?」
静かな声だった。
だが妙な威圧感がある。
「いえ、何もありません」
クラウスは即座に答えた。
女性は小さく頷いた。
そして再び作業着の男へ向き直る。
「ほら見なさい」
「また勘違いされたではありませんか」
「でもなぁ」
男が頭を掻く。
「これが一番楽なんだよ」
「だからそういう問題ではありません」
冷たい一言だった。
クラウス達は顔を見合わせた。
嫌な予感がする。
非常に嫌な予感がする。
そして。
女性は諦めたようにこちらへ向き直った。
「紹介します」
「こちらがユージア国代表」
「ユージ陛下です」
沈黙。
クラウスは固まった。
副官も固まった。
航海長も固まった。
「……は?」
副官が呟く。
「え?」
航海長も呟く。
「え?」
クラウスも呟いた。
作業着の男――ユージは、気まずそうに頭を掻いた。
「まあ」
「そういうことだ」
三人は顔を見合わせた。
そして同時に思った。
やってしまった。
盛大にやってしまった。
副官が青い顔で囁く。
「司令官」
「何だ」
「我々、もしかして」
「言うな」
「特大の地雷を踏みましたよね」
「言うなと言っている」
クラウスは覚悟を決めた。
深く頭を下げる。
「これは大変失礼いたしました」
「まさかご本人とは思わず――」
「気にすんな」
ユージは笑った。
「よくあることだから」
「よくあるのです」
女性が即座に補足した。
「だから私は普段から申し上げているのです」
「ちゃんとした服を着ろと」
「いやいや」
ユージは首を振る。
「服なんてどうでもいいだろ」
「よくありません」
「重要です」
「第一印象です」
「国威です」
「威厳です」
「面倒臭いなぁ……」
ユージはぼやいた。
その様子を見ていたクラウスは、ますます混乱していた。
目の前にいるのは。
飛行戦艦ヤマットを擁する国家の代表。
ホワイトタイガーを運用する国家の国王。
少なくともそう聞いている。
だが。
どう見ても普通のおっさんだった。
その時だった。
一人の男が前へ出る。
和装。
刀。
そして妙に堂々とした態度。
男は深々と一礼した。
「改めまして」
「拙者、サトータ・ケルと申す」
「この度、ユージア国において外交および折衝業務を担当することとなった者でござる」
クラウスは内心で安堵した。
ようやくまともそうな人物が出て来た。
その瞬間。
ユージが言った。
「おうサトータ」
「後は任せた」
サトータが固まる。
「……はい?」
「外交担当だろ?」
「ここから先はお前の仕事だ」
数秒の沈黙。
そして。
「いや、ちょっと待つでござる!」
サトータが叫んだ。
「聞いてないでござる!」
「拙者、本日が実戦投入初日でござるよ!?」
「いきなり国際交渉の最前線とか聞いてないでござる!」
「大丈夫だって」
ユージは軽く手を振った。
「お前なら何とかなる」
「何を根拠に!?」
ござる口調が完全に消えていた。
ユージはニヤリと笑う。
「お前」
「普通に喋れるじゃん」
サトータがハッとした。
「しまっ――」
「ござるどこ行った?」
周囲からクスクスと笑いが漏れる。
サトータは顔を真っ赤にした。
「うるさい!」
「誰のせいだ!」
ユージは満足そうに頷いた。
「うん」
「やっぱそっちの方が親しみやすいな」
「全然嬉しくないでござる!」
慌てて口調を戻したサトータを見て、クラウスは思わず苦笑した。
飛行戦艦ヤマット。
ホワイトタイガー。
超文明国家。
その代表団。
想像していたものと何もかも違う。
だが。
不思議と嫌な感じはしなかった。
むしろ。
この国とは上手くやれそうな気がする。
そんな予感がしていた。




