第128話 未知との遭遇
ネバランド帝国第一探査艦隊司令クラウスは、艦橋で腕を組んでいた。
帝国史上最大規模の探査計画。
その先鋒を任されたのだ。
緊張しないはずがない。
第一探査艦隊とは名ばかりである。
実際には補給艦、漁業調査船、測量船まで含めた百隻を超える大船団だった。
新たな漁場。
新たな補給基地。
未知の資源。
帝国の未来を左右する国家事業である。
「前方異常なし!」
「各艦隊、予定航路を維持しています!」
「補給状況良好!」
次々と報告が上がる。
クラウスは満足そうに頷いた。
「よし」
探査は順調だった。
帝国の歴史に名を刻む。
そんな予感すらしている。
「司令」
副官が苦笑する。
「少し気合いが入り過ぎでは?」
「当然だ」
クラウスも笑った。
「歴史に名を残すかもしれんのだぞ」
「うだつの上がらない平民出に、ようやく回って来た一世一代のチャンスだ」
「気合いも入るさ」
「それは確かに」
副官が真顔で頷く。
「おい」
クラウスが即座にツッコんだ。
「誰がうだつの上がらない平民出だ」
「そこは否定しろ」
「平民出は事実ですので」
「そっちじゃない!」
艦橋に小さな笑いが広がった。
その時だった。
「前方に陸影!」
見張りの声が響いた。
艦橋の空気が一変する。
「何だと!?」
クラウスは即座に望遠鏡を掴んだ。
水平線の彼方。
確かに陸地が見える。
「発見したぞ……」
誰かが呟いた。
未知の土地。
未知の文明。
帝国史に残る発見かもしれない。
「港らしき施設を確認!」
「船舶多数!」
「人の活動も確認できます!」
「文明圏です!」
歓声が上がる。
クラウスも思わず拳を握った。
やった。
本当に見つけた。
だが。
「……?」
見張りが首を傾げた。
「どうした」
「いえ……」
見張りは再び望遠鏡を覗く。
「空に何かいます」
「鳥か?」
「違います」
「なら何だ」
見張りは少し黙った。
そして言った。
「船です」
艦橋が静まり返った。
「……は?」
「船です」
「海に浮かんでいるのか?」
「いいえ」
「ならどこだ」
「空です」
クラウスは無言で望遠鏡を奪った。
そして見た。
巨大な船体。
砲塔らしき構造。
帆は無い。
煙を吐いている。
どう見ても船だった。
問題は。
それが空を飛んでいることだった。
「なんじゃありゃああああっ!?」
艦橋に絶叫が響く。
「船だぞ!?」
「船ですね!」
「なんで飛んでるんだ!?」
「分かりません!」
「私だって分からん!」
艦橋は軽い混乱状態になった。
「報告!」
クラウスが叫ぶ。
「本国へ緊急報告だ!」
「何と報告しますか!?」
通信士が叫び返す。
クラウスは空飛ぶ巨大船を見た。
「正直に書け」
「はい!」
「巨大な船が空を飛んでいます」
通信士の筆が止まった。
「司令」
「何だ」
「正気を疑われるかと」
クラウスは遠い目をした。
「まあ、そりゃそうだな、ちょっと考えるか」
その時。
ゴオオオオオオオオオッ!!
轟音が海を震わせた。
「なっ!?」
白い影が空の彼方から飛来する。
小さい。
だが速い。
異様なほど速い。
「新たな飛行物体!」
「今度は何だ!?」
白い機体は一瞬で艦隊上空へ到達した。
そして。
轟音だけを残して消えていく。
「速い!」
「速すぎる!」
「見失いました!」
クラウスは呆然と空を見上げた。
「今のは鳥か?」
「鳥ではありません」
「では何だ」
「分かりません」
「今日はそればっかりだな!」
艦橋の誰も反論できなかった。
巨大な空飛ぶ船。
音を轟かせる白い飛行獣。
未知の文明。
未知の国家。
探査開始から数日。
彼の常識は音を立てて崩れ始めていた。
「……嫌な予感がする」
副官が静かに頷く。
「奇遇ですな」
「私もです」
ネバランド帝国とユージア国。
その歴史的な遭遇は。
クラウスの悲鳴から始まった。
⸻
その頃。
ユージア国西方監視所。
一人の女性が双眼鏡を覗いていた。
カセーフハミータ。
月影の宴旅団が誇る情報収集担当である。
彼女は静かに双眼鏡を下ろした。
「……あらあら」
水平線の彼方。
百隻を超える巨大船団。
その先頭では、慌てふためく男達の姿が小さく見える。
「これはまた」
ハミータは穏やかに微笑んだ。
近くにいた見張りが首を傾げる。
「ハミータさん?」
「ナーチャンさんへ伝えてくださいな」
「何をです?」
ハミータは再び双眼鏡を覗いた。
「お客様が来られました」
「しかも大勢」
「船が百隻以上です」
見張りの顔色が変わる。
だがハミータだけは落ち着いていた。
まるで夕飯の献立でも考えているかのように。
「さてさて」
彼女は小さく笑う。
そして。
「慌てていますねぇ」
「何を見たのでしょうねぇ」
その視線は遥か西の海を見据えていた。




