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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第125話 天の沼矛は海をかき混ぜる

 夕暮れの焚き火を囲みながら、一同は最後の紙を見つめていた。



 結びの書


 天の沼矛は海をかき混ぜる


 神々は矛で海をかき回した


 雫は島となった


 鉄もまた同じ


 動かぬ炉は死ぬ



「また意味が分からんのう」


 神楽耶が頭を抱える。


「ここまで来ると父上はわざとやっておる気がするのじゃ」


「それは俺も思う」


 ユージが苦笑した。


 しばらく考え込んでいたリシュンが口を開く。


「海をかき混ぜる、か」


「鍛錬じゃないか?」


 ユージが頷く。


「ああ、多分そうだ」


「鍛錬?」


 神楽耶が首を傾げた。


「鉄は作っただけじゃ駄目なんだ」


「叩かなきゃならない」


「叩く?」


「ああ」


 ユージは頷く。


「何度も叩く」


「鍛える」


「そうすると中の不純物が抜ける」


 リシュンの目が見開かれた。


「なるほど」


「鍛錬か」


「そういうことだ」


 ユージは頷いた。


「動かぬ炉は死ぬ」


「海をかき混ぜる」


「どっちも同じだ」


「動かし続けろって意味なんだろうな」


 アルノルトも納得したように頷く。


「なるほど」


「ですが、それだけでは鋼にはなりません」


「ああ」


 ユージは笑った。


「そこなんだよ」


「叩いて不純物を抜いた鉄は確かに良い鉄になる」


「でも、それでもまだ足りない」


「何故だ?」


「柔らかいんだよ」


 一同は首を傾げる。


「口で言っても実感が湧かないよな」


 ユージは立ち上がった。


「折角道具も揃ってるんだ」


「少しやってみないか」


 リシュンの目が輝く。


「もちろん簡易版だけどな」


 そこから即席の実験が始まった。


 小型の炉に火を入れる。


 炭をくべる。


 風を送る。


 やがて鉄が赤く染まり始めた。


「まずは鍛える」


 何度も打つ。


 火花が散る。


 形が整う。


「次に炭と一緒に熱する」


 アルノルトが頷いた。


「浸炭ですね」


「ああ」


 ユージは頷く。


「鉄だけじゃ駄目なんだ」


「炭の力を借りる」


 さらに火を強くする。


 鉄は真っ赤に輝いた。


「そして」


 ユージは鉄を掴み上げる。


「焼き入れだ」


 ジュワァァァッ!


 大量の蒸気が立ち上った。


「おおっ!」


 神楽耶が歓声を上げる。


「これで完成か?」


「いや」


 ユージは首を振った。


「まだ続きがある」


「タケシト」


「ちょっとそこの石を叩いてみてくれ」


「俺か?」


「頼む」


 タケシトが出来上がったばかりの鉄棒を受け取る。


 そして近くに転がっていた大きな石を思い切り叩いた。


 ガンッ!


 キィィィン……


 澄んだ金属音が響く。


 そして。


 パキン。


 嫌な音がした。


「お?」


 タケシトが手元を見る。


 鉄棒は見事に真っ二つに折れていた。


「折れたぞ」


「ほらな」


 ユージが言う。


「焼き入れだけだと硬すぎるんだ」


「硬いのに駄目なのか?」


 神楽耶が驚く。


「ああ」


「硬いだけじゃ使えない」


「粘りが必要なんだ」


「では、どうすれば良いのじゃ?」


「焼き戻しだな」


 ユージは答えた。


「もう一度火を入れて、ゆっくり冷ます」


「それだけか?」


「それだけ」


 神楽耶が感心したように頷く。


「なるほどのう」


「よくそんなことまで知っておる」


 リシュンも腕を組む。


「確かに」


「鍛冶職人でもなければ知らん知識だ」


 するとユージは頭を掻いた。


「いや」


「俺も詳しくは知らんぞ」


「え?」


「昔、観光地の製鉄体験で教えてもらっただけだからな」


 沈黙。


 神楽耶が固まる。


 アルノルトも固まる。


 リシュンも固まる。


「……は?」


「だから」


 ユージは笑った。


「見学コースのおじさんが説明してたんだよ」


 神楽耶が天を仰ぐ。


「父上が命懸けで隠した秘伝が……」


「観光地で説明されておる……」


 ユージは肩をすくめる。


「まあ、知識なんてそんなもんだろ」


 だがリシュンは真顔だった。


「いや」


「知識より大事なのは、その価値に気付くことだ」


 アルノルトも頷く。


「そして実際に再現することですね」


 しばらくして。


 完成した鋼材を見ながら、リシュンが満足そうに息を吐いた。


「なるほどな」


「全部繋がった」


「これが失われた製鉄技術か」


 アルノルトも頷く。


「長かったですね」


「ああ」


 ユージは満足そうに頷いた。


 そして。


 少しだけ得意げな顔でリシュンを見る。


 正直なところ。


 天才技術者相手に、自分の知識が役に立ったのが嬉しかった。


 だから少し自慢したかった。


 ただ、それだけだった。


 だが。


 リシュンはそんなユージの表情を見て、ニヤリと笑った。


「分かってるぜ、リーダー」


「ん?」


「あとは量産体制だってことだろ?」


 ユージは一瞬きょとんとした。


 そこまで言うつもりはなかった。


 だが。


 なんとなく格好がつかなくなる気がして頷く。


「あ、ああ」


「そういうことだ」


「やっぱりな」


 リシュンは立ち上がった。


「ホント人使いの荒いリーダーだぜ」


 そう言ってアルノルトを見る。


「アルノルト」


「分かってるな?」


 アルノルトが即座に頷く。


「もちろんです」


「まずは炉の設計変更ですね」


「採掘量も増やさないといけないな」


「輸送路も整備が必要です」


 気付けば二人の世界だった。


 地面に図面を描き始める。


 炉の改良。


 送風設備。


 採掘計画。


 輸送路。


 生産量。


 次々と話が進んでいく。


「始まったのう」


 神楽耶が呆れたように言った。


「始まりましたね」


 ナーチャンも苦笑する。


 ユージは肩をすくめた。


「まあ、後は任せておけば大丈夫だろ」


 その時だった。


「ユージ様」


 ナーチャンの声が響く。


 だが、その表情は硬かった。


 ユージはすぐに気付く。


「どうした?」


「偵察飛行中のホワイトタイガーより緊急連絡です」


 一瞬で場の空気が変わる。


「緊急連絡?」


「はい」


 ナーチャンは小さく息を吐いた。


「西の海上に、未確認船隊が接近しています」


 沈黙。


「未確認船隊?」


 ユージが眉をひそめた。


「なんだそりゃ?」


「恐らく――」


 ナーチャンの表情は険しい。


「新たな敵だと思われます」


 ユージは天を仰いだ。


 せっかく製鉄問題が片付いたというのに。


「おいおい……」


 思わずため息が漏れる。


「勘弁してくれ」


 だが。


 その願いが聞き届けられることはなかった。


 海の向こうから、新たな脅威が迫ろうとしていたのである。


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