第125話 天の沼矛は海をかき混ぜる
夕暮れの焚き火を囲みながら、一同は最後の紙を見つめていた。
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結びの書
天の沼矛は海をかき混ぜる
神々は矛で海をかき回した
雫は島となった
鉄もまた同じ
動かぬ炉は死ぬ
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「また意味が分からんのう」
神楽耶が頭を抱える。
「ここまで来ると父上はわざとやっておる気がするのじゃ」
「それは俺も思う」
ユージが苦笑した。
しばらく考え込んでいたリシュンが口を開く。
「海をかき混ぜる、か」
「鍛錬じゃないか?」
ユージが頷く。
「ああ、多分そうだ」
「鍛錬?」
神楽耶が首を傾げた。
「鉄は作っただけじゃ駄目なんだ」
「叩かなきゃならない」
「叩く?」
「ああ」
ユージは頷く。
「何度も叩く」
「鍛える」
「そうすると中の不純物が抜ける」
リシュンの目が見開かれた。
「なるほど」
「鍛錬か」
「そういうことだ」
ユージは頷いた。
「動かぬ炉は死ぬ」
「海をかき混ぜる」
「どっちも同じだ」
「動かし続けろって意味なんだろうな」
アルノルトも納得したように頷く。
「なるほど」
「ですが、それだけでは鋼にはなりません」
「ああ」
ユージは笑った。
「そこなんだよ」
「叩いて不純物を抜いた鉄は確かに良い鉄になる」
「でも、それでもまだ足りない」
「何故だ?」
「柔らかいんだよ」
一同は首を傾げる。
「口で言っても実感が湧かないよな」
ユージは立ち上がった。
「折角道具も揃ってるんだ」
「少しやってみないか」
リシュンの目が輝く。
「もちろん簡易版だけどな」
そこから即席の実験が始まった。
小型の炉に火を入れる。
炭をくべる。
風を送る。
やがて鉄が赤く染まり始めた。
「まずは鍛える」
何度も打つ。
火花が散る。
形が整う。
「次に炭と一緒に熱する」
アルノルトが頷いた。
「浸炭ですね」
「ああ」
ユージは頷く。
「鉄だけじゃ駄目なんだ」
「炭の力を借りる」
さらに火を強くする。
鉄は真っ赤に輝いた。
「そして」
ユージは鉄を掴み上げる。
「焼き入れだ」
ジュワァァァッ!
大量の蒸気が立ち上った。
「おおっ!」
神楽耶が歓声を上げる。
「これで完成か?」
「いや」
ユージは首を振った。
「まだ続きがある」
「タケシト」
「ちょっとそこの石を叩いてみてくれ」
「俺か?」
「頼む」
タケシトが出来上がったばかりの鉄棒を受け取る。
そして近くに転がっていた大きな石を思い切り叩いた。
ガンッ!
キィィィン……
澄んだ金属音が響く。
そして。
パキン。
嫌な音がした。
「お?」
タケシトが手元を見る。
鉄棒は見事に真っ二つに折れていた。
「折れたぞ」
「ほらな」
ユージが言う。
「焼き入れだけだと硬すぎるんだ」
「硬いのに駄目なのか?」
神楽耶が驚く。
「ああ」
「硬いだけじゃ使えない」
「粘りが必要なんだ」
「では、どうすれば良いのじゃ?」
「焼き戻しだな」
ユージは答えた。
「もう一度火を入れて、ゆっくり冷ます」
「それだけか?」
「それだけ」
神楽耶が感心したように頷く。
「なるほどのう」
「よくそんなことまで知っておる」
リシュンも腕を組む。
「確かに」
「鍛冶職人でもなければ知らん知識だ」
するとユージは頭を掻いた。
「いや」
「俺も詳しくは知らんぞ」
「え?」
「昔、観光地の製鉄体験で教えてもらっただけだからな」
沈黙。
神楽耶が固まる。
アルノルトも固まる。
リシュンも固まる。
「……は?」
「だから」
ユージは笑った。
「見学コースのおじさんが説明してたんだよ」
神楽耶が天を仰ぐ。
「父上が命懸けで隠した秘伝が……」
「観光地で説明されておる……」
ユージは肩をすくめる。
「まあ、知識なんてそんなもんだろ」
だがリシュンは真顔だった。
「いや」
「知識より大事なのは、その価値に気付くことだ」
アルノルトも頷く。
「そして実際に再現することですね」
しばらくして。
完成した鋼材を見ながら、リシュンが満足そうに息を吐いた。
「なるほどな」
「全部繋がった」
「これが失われた製鉄技術か」
アルノルトも頷く。
「長かったですね」
「ああ」
ユージは満足そうに頷いた。
そして。
少しだけ得意げな顔でリシュンを見る。
正直なところ。
天才技術者相手に、自分の知識が役に立ったのが嬉しかった。
だから少し自慢したかった。
ただ、それだけだった。
だが。
リシュンはそんなユージの表情を見て、ニヤリと笑った。
「分かってるぜ、リーダー」
「ん?」
「あとは量産体制だってことだろ?」
ユージは一瞬きょとんとした。
そこまで言うつもりはなかった。
だが。
なんとなく格好がつかなくなる気がして頷く。
「あ、ああ」
「そういうことだ」
「やっぱりな」
リシュンは立ち上がった。
「ホント人使いの荒いリーダーだぜ」
そう言ってアルノルトを見る。
「アルノルト」
「分かってるな?」
アルノルトが即座に頷く。
「もちろんです」
「まずは炉の設計変更ですね」
「採掘量も増やさないといけないな」
「輸送路も整備が必要です」
気付けば二人の世界だった。
地面に図面を描き始める。
炉の改良。
送風設備。
採掘計画。
輸送路。
生産量。
次々と話が進んでいく。
「始まったのう」
神楽耶が呆れたように言った。
「始まりましたね」
ナーチャンも苦笑する。
ユージは肩をすくめた。
「まあ、後は任せておけば大丈夫だろ」
その時だった。
「ユージ様」
ナーチャンの声が響く。
だが、その表情は硬かった。
ユージはすぐに気付く。
「どうした?」
「偵察飛行中のホワイトタイガーより緊急連絡です」
一瞬で場の空気が変わる。
「緊急連絡?」
「はい」
ナーチャンは小さく息を吐いた。
「西の海上に、未確認船隊が接近しています」
沈黙。
「未確認船隊?」
ユージが眉をひそめた。
「なんだそりゃ?」
「恐らく――」
ナーチャンの表情は険しい。
「新たな敵だと思われます」
ユージは天を仰いだ。
せっかく製鉄問題が片付いたというのに。
「おいおい……」
思わずため息が漏れる。
「勘弁してくれ」
だが。
その願いが聞き届けられることはなかった。
海の向こうから、新たな脅威が迫ろうとしていたのである。




