第124話 八岐の蛇を一つにせよ
目を覚ました時には、太陽はすでに西へ傾いていた。
「……あちゃぁ」
ユージは頭を押さえながら起き上がる。
「寝過ごしたな」
周囲には転がる仲間たち。
空になった酒瓶。
食べ散らかされたつまみ。
消えかけた焚き火。
見事な惨状だった。
「うぅ……」
神楽耶が唸る。
「頭が割れそうじゃ……」
「自業自得だ」
リシュンが言った。
「お前も飲んでただろ」
「覚えていない」
「飲み過ぎだな」
そんなやり取りをしていると、後ろから呆れた声が聞こえた。
「寝過ごしたどころの騒ぎではありません」
ナーチャンだった。
腕を組みながら、冷ややかな目で一同を見ている。
「今から出発しても、明るいうちに街へ戻ることはできません」
ユージは空を見上げた。
確かに微妙な時間だった。
「だな」
「仕方ない」
「もう一泊か」
「賛成じゃ」
神楽耶が即答した。
「反省してください」
「はい」
神楽耶は素直に頭を下げた。
昨日の記憶があるらしい。
ナーチャンの絡み酒は、それなりに効果があったようだ。
結局、その日の移動は諦めることになった。
焚き火を起こし。
湯を沸かし。
簡単な食事を作る。
昨日の宴会とは違い、今日は妙に静かだった。
全員、二日酔いなのである。
「さて」
ユージが秘伝書を取り出した。
「残るは一つだな」
神楽耶が頷く。
「第五の書じゃ」
ページを開く。
⸻
第五の書
八岐の蛇を一つにせよ
八つに分かれた流れは弱い。
一つに束ねよ。
蛇はその時、
初めて牙を持つ。
⸻
「八岐大蛇か」
ユージが呟いた。
「知っておるのか?」
神楽耶が聞く。
「ああ」
「俺の世界の神話だ」
神楽耶が身を乗り出した。
「どんな話なのじゃ?」
「簡単に言えば、大蛇退治だな」
「英雄スサノオが、八つの頭を持つ怪物を倒す話だ」
アルノルトが興味深そうに聞く。
「それが製鉄と関係あるのですか?」
「あるって説がある」
ユージは焚き火の向こうの山並みを見た。
「例えば暴れ川だ」
「暴れ川?」
「ああ」
「大量に木を切れば、山は保水できなくなる」
「自然破壊のなれの果てだな」
ユージは周囲の山々を見回した。
「雨が降ると、一気に水が流れ出す」
「すると川は暴れる」
「流れは何本にも枝分かれして、洪水を起こす」
神楽耶が周囲を見渡す。
「なるほどのう」
「確かに、この辺りの地形ならそうなりそうじゃ」
「だろ?」
ユージは頷いた。
「だからヤマタノオロチは、そんな暴れ川を表しているんじゃないかって説があるんだ」
「八つの頭を持つ蛇というのも、枝分かれした川の流れを表しているのかもしれないな」
リシュンが頷く。
「なるほど」
「砂鉄も川が運ぶ」
「製鉄と関係していても不思議じゃないな」
「そういうことだ」
ユージは続けた。
「他にも、製鉄所そのものを表しているって説もある」
「製鉄所?」
神楽耶が首を傾げる。
「赤く燃える炉」
「立ち上る煙」
「削られる山」
「切り倒される木」
「大量の炭」
ユージは周囲を見回した。
「昔の製鉄って、自然への負担も大きかったからな」
神楽耶も鉱山跡を見渡す。
「確かにのう」
「おどろおどろしいと言われても納得じゃ」
「だろ?」
ユージは頷いた。
「だからヤマタノオロチは、暴れ川だったり、製鉄施設だったり、自然の脅威そのものを表していたんだと思う」
一同は秘伝書を見つめた。
なるほど。
そう考えれば納得できる。
だが。
ユージは首を傾げた。
「でもな」
全員が振り向く。
「俺は、それだけじゃないと思うんだ」
「どういうことじゃ?」
神楽耶が聞く。
ユージは地面に枝で線を引いた。
鉱山。
川。
炭焼き。
炉。
送風。
職人。
順番に書き並べる。
「全部別々だ」
さらに一本の線で繋ぐ。
「でも製鉄ってのは全部繋がってる」
リシュンが目を細めた。
「工程か」
「ああ」
ユージは頷く。
「鉱石だけあっても駄目」
「炉だけあっても駄目」
「風だけあっても駄目」
「職人だけでも駄目」
「全部が繋がった時」
最後の線を引く。
「初めて鉄になる」
アルノルトが頷いた。
「八つの流れを一つに束ねる」
「なるほど」
「製鉄全体の管理ですね」
「そういうことだろうな」
ユージは笑った。
「神楽耶の親父さんは、技術だけじゃなく仕組みを残そうとしたんだ」
神楽耶も納得したように頷く。
「父上らしいのう」
「それともう一つ」
ユージは続けた。
「まだあるのか?」
リシュンが聞く。
「ああ」
ユージは焚き火を見つめた。
「ヤマタノオロチって、酒で酔わせて退治しただろ?」
「そうじゃな」
「そこが一番大事なんじゃないかと思う」
神楽耶が首を傾げる。
「酒がか?」
「たぶんな」
ユージは頷いた。
「暴れ川もそうだ」
「炉もそうだ」
「火もそうだ」
「放っておけば暴走する」
「人間じゃ手に負えない」
一同は黙って聞いている。
「でもな」
ユージは笑った。
「酒を飲ませて退治したって話は、本当に酒を飲ませたって意味じゃない気がするんだ」
「ほう」
リシュンが興味深そうに聞く。
「暴走する自然や技術を」
「人間の知恵でコントロールする」
「そういう意味なんじゃないかな」
アルノルトが目を見開いた。
「なるほど」
「酔わせるとは鎮めることですか」
「たぶんな」
ユージは肩をすくめる。
「川を治める」
「火を治める」
「炉を治める」
「全部同じだろ?」
神楽耶が静かに呟いた。
「自然と戦うのではなく」
「折り合いをつける……か」
「ああ」
ユージは頷く。
「鉄を作るってのは、結局そういうことなんだろうな」
しばらく沈黙が続いた。
焚き火がぱちりと音を立てる。
やがて神楽耶が小さく笑った。
「父上らしいのう」
「だろ?」
ユージも笑う。
「この話を最後に持ってきたってことはさ」
「これが一番大事だと思ってたんじゃないかな」
「鉄を作ることじゃない」
「鉄を生み出す力と、どう付き合うかだ」
山を吹き抜ける風が木々を揺らした。
長かった製鉄の謎も、ついに最後まで辿り着いた。
――そう思った、その時だった。
ぱらり。
一枚の紙が秘伝書の間から落ちた。
「ん?」
ユージが拾い上げる。
そこに書かれていた文字を見て、一同は固まった。
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結びの書
天の沼矛は海をかき混ぜる
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「……まだあるのかよ」




