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【新装版】枯れたおっさん、何もしないで異世界を救う  作者: アズマユージ
第三部 文明発展編

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第123話 おかめは笑う

 鉱山跡の調査は、その後もしばらく続いた。


 リシュンとアルノルトは露出した鉱脈を確認し、鉄鉱石の品質や埋蔵量を調べている。


 神楽耶は崖の上に立ち、かつての採掘跡を見下ろしていた。


「父上は、本当にこんな場所まで来ておったのじゃな……」


 その時だった。


「こちらに何かあります」


 ハミータの声が響く。


 気付けば、少し離れた場所に立っている。


「だからお前はいつも突然現れるな!」


 ユージが思わずツッコんだ。


「最初からおりました」


「嘘つけ」


 一行が向かった先には、半ば森に飲み込まれた古い小屋があった。


 屋根は崩れかけているが、形は辛うじて残っている。


「作業小屋か?」


 ユージが扉を押す。


 ぎい、と軋んだ音を立てて扉が開いた。


 中には古びた机。


 朽ちた棚。


 錆びた工具。


 そして壁には、何かを書き残した跡があった。


 神楽耶が近づく。


 しばらく見つめた後、静かに呟いた。


「父上の字じゃ」


 壁には乱雑な文字が刻まれていた。


『鉄は人が作る』


『炉が作るんじゃない』


『焦るな』


『温度を見ろ』


『鉄を見ろ』


 リシュンが腕を組む。


「職人への教訓か」


「そんな感じだろうな」


 ユージは頷いた。


 するとアルノルトが棚の奥から一冊のノートを見つけた。


「こちらにも何かあります」


 ページを開く。


 そこには秘伝書と同じ印が描かれていた。


 そして。



 第三の書


 おかめは笑う


 おかめは火の前で笑う。


 火男が怒れば鉄は割れる。


 おかめが笑えば鉄は歌う。


 鉄は人の顔を映す。



「意味が分からんのう」


 神楽耶が首を傾げる。


「精神論か?」


 リシュンも眉をひそめた。


 アルノルトが考え込む。


「職人の心得のようにも見えますね」


 ユージは壁の文字を見た。


 焦るな。


 温度を見ろ。


 鉄を見ろ。


 そして秘伝書。


 おかめは笑う。


「なるほどな」


 ユージは頷いた。


「分かったのか?」


 神楽耶が聞く。


「ああ」


 ユージは笑った。


「おかめってのは職人だ」


「職人?」


「結局な」


 ユージは壁を指差した。


「どんなに良い炉があっても、どんなに良い材料があっても、最後は人なんだよ」


「焦れば失敗する」


「怒れば雑になる」


「だから鉄は人の顔を映す」


 リシュンが静かに頷く。


「なるほど」


「良い鉄は良い職人から生まれるということか」


「たぶんそういうことだろ」


 ユージは肩をすくめた。


「技術だけじゃなく、人を残したかったんじゃないか?」


 神楽耶は少しだけ嬉しそうに笑った。


「父上らしいのう」


 その時だった。


「そういえば」


 ユージが思い出したように言う。


「さっき、この小屋の地下室に樽が眠っているのを見つけたんだが」


「なんじゃと?」


 神楽耶の目が輝く。


 ユージは小脇に抱えていた小さな樽を地面に置いた。


 そして栓を抜く。


 ふわり。


 芳醇な香りが広がった。


 リシュンの鼻がぴくりと動く。


 神楽耶は完全に目を見開いていた。


「酒じゃ!」


「酒だな」


 ユージが頷く。


「しかもかなり上等だ」


 アルノルトも香りを確かめる。


「蒸留酒でしょうか」


「たぶんウイスキーだ」


 ユージは懐かしそうに言った。


「少なくとも俺の世界のウイスキーによく似てる」


「父上ぇぇぇぇ!」


 神楽耶が天を仰ぐ。


「こんなものまで隠しておったのか!」


「むしろこっちが本命じゃないか?」


 リシュンが真顔で言った。


「確かに」


 アルノルトも頷く。


「秘伝書より丁寧に保管されています」


「それは言わない約束じゃ」


 神楽耶が肩を落とした。


 ユージは笑いながら荷物を下ろす。


「どうせ時間がかかると思ってな」


「野営の準備はしてきたんだ」


 袋を開く。


 燻製肉。


 チーズ。


 干し肉。


 干した果実。


 そして香辛料。


「ほら」


「つまみも持ってきてるぜ」


「さすがユージじゃ!」


 神楽耶が叫ぶ。


「分かっておるではないか!」


「最初からそのつもりだったな?」


 リシュンが呆れたように言う。


「まあな」


 ユージは笑った。


「職人をもてなすのに酒は欠かせないからな」


「神楽耶の親父さんは、よく分かってる人だぜ」


「そうじゃろう!そうじゃろう!」


 神楽耶が上機嫌で頷く。


「そもそもだ」


 ユージは秘伝書を軽く叩く。


「次は八岐大蛇だろ?」


「ああ」


 リシュンが頷く。


「それがどうした?」


「八岐大蛇と言えば酒だ」


「酒?」


 アルノルトが首を傾げる。


「俺の世界じゃ、酒で酔わせて退治するんだよ」


「なるほど」


 アルノルトは感心したように頷いた。


「つまり酒が出てくる可能性を予想していたと」


「そういうこと」


 ユージは笑う。


「だから絶対あると思ったんだ」


「実際にあったのう」


 神楽耶も笑う。


「父上らしいわい」


 結局。


 その夜は盛大な宴会になった。


 最初は止めていたナーチャンも。


 気付けば杯を持っていた。


 そして案の定。


「だいたいですね!」


 絡み酒が始まった。


「ユージ様は危機感が足りません!」


「………」


「それにぃ、鈍感にもほどがあります!」


「いや、なんのことかさっぱりわからんのだが」


ナーチャンは、そんなユージの反論には全く耳を傾けない。


「神楽耶さんはぁ、適当すぎます!」


「わらわもか?」


「ユージ様の暴走を止めてもらわないと困ります」


「いいですかぁ。一緒にはしゃいでる場合じゃないですよぉ」


「それから、リシュンさんは寝てください!」


「いや、寝てはいるが」


「一時間は寝てるうちに入りません!」


「そもそも、あなたは天才でしょ?」


「なのに、ユージ様の思いつきに付き合って才能を無駄遣いし過ぎぃ!」


「いや、無駄遣いなんかしていないが…」


 全員が次々にターゲットにされる。


 もはや誰も逆らずに苦笑している。


 焚き火がぱちりと音を立てる。


 笑い声が森に響く。


 秘伝書の謎はまだ残っている。


 やるべきことも山ほどある。


 それでも今だけは。


 皆が肩の力を抜いていた。


 最後は皆、おかめのように楽しげな笑みを浮かべながら。


 夜は静かに更けていった。


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